鍋楽器の吟遊詩人
和泉秋水
鍋楽器の吟遊詩人
「お婆ちゃん! 絵本読んで!」
「はいはい、どの絵本を読むんだい」
「これ!」
「またこれかい。好きだねぇ」
「うん!」
とある家庭の微笑ましい日常。
お婆ちゃんは孫娘にせがまれて絵本を手に、暖炉の前の椅子に座る。そしてお婆ちゃんの膝の上に座り準備万端な孫娘。
「これを読み終わったらちゃんと寝るんだよ?」
「うん、わかった!」
「じゃ読もうかね」
お婆ちゃんは本のタイトルを口にして、懐かしむように朗読する。
「『幸せな吟遊詩人』――」
これはリュメルという売れない吟遊詩人の人生の物語である。
◇◇◇
俺はリュメル。吟遊詩人のリュメルだ。皆んなは吟遊詩人といえば楽器を演奏して歌って、それだけで稼げる楽な商売だと思っているだろう。全然そんなことはない。
俺は売れない吟遊詩人だ。売れない吟遊詩人は本当に大変だ。演奏して歌っても一銭も稼げないは当たり前にある。
俺は革袋の中の小銭を数える。
銅貨十枚。
今日と明日、頑張れば明後日もいけるだろうがその分の食費しかない。困った。非常に困った。
「お、猫だ。いいよなぁお前たちは、毎日楽してそうで」
俺は猫を撫でながらそう愚痴る。猫に愚痴っても仕方のないのだが猫しか口を聞いてくれる奴がいない。
「はぁ、もう次の街に行くか」
俺は立ち上がって次の街へ向かうことを決意する。この街では売れない、そう分かったらさっさと次の街に行くことが俺の決まり事だ。そうすればどこか俺と相性のいい街も見つかるはずだ。
俺は乗合馬車に乗らず(というか乗る金がない)、歩いて次の街へ向かう。次の町の名前は……エルカリオンという名前だそうだ。ここで売れるといいが……。
ダメだった。銀貨五枚しか稼げなかった。銀貨五枚もあれば十何日は暮らせるが全然ダメだ。俺と相性のいい街ではない。
そんなわけで早速次の街に歩いて向かって行っている。
「はぁ、どうしよっかなぁ。実家の家業、継げばよかったかなぁ。でもなぁ、あれつまらんからなぁ。やっぱ人生楽しんでなんぼだろ」
俺は何か歌のネタになるようなものを探しながら、次の街イヨンを目指す。
さてイヨンに着いたわけだが、吟遊詩人がすることはまず、歌う場所を探す。人通りが多く、かつ歌を聞いてくれる人が多そうな場所。つまりは広場に近いところが良い。
「ここにするか」
俺は弦楽器を特製の鞄から取り出し音の調整を始める。鞄はお金を入れてもらうために開けておく。
「よしっ」
音の調整も終わったとこで早速一曲披露する。俺の持ち歌のお気に入りのやつだ。
「さまよう精霊は美しく——」
俺は売れることを祈って詩を歌う。
「——おお、其方は美しい!」
サビに入ると次第に歩みを止めて歌を聞いてくれる人が増えてくる。今までで一番の好感触だ。
「——さまよえる精霊は、今もまた湖の底で、旅人を待っている……」
演奏を終えるとちらほらと拍手が沸き、鞄にお金が入れられる。おおこんなに!
「良かったぞ」「もう一曲歌ってくれ」とありがたい言葉を貰う。これは当たりの街かもしれない。
俺はリクエストに応えて、もう一曲披露する。
俺は久しぶりの宿のベッドに身を預けていた。
「いやぁ今日だけで金貨二枚分かぁ。いいぞぉ」
俺はこの街と相性がいいのかもしれない。いやいいのだ。でもなければあんなに稼げない!
久しぶりのベッドは硬いが今までの野宿に比べれば格段に良い。
明日も歌って、明後日も歌って、それから贅沢をするとしよう。贅沢といえばやっぱ肉だよなぁ。
俺はこれからのことに思いを馳せ、宿で眠りにつく。
俺がイヨンの街に来てから一ヶ月が経った。皆んなも飽きて来たのか客足は少しずづ落ちて来ている。理由はそれだけではないお思うが。というのも新しい吟遊詩人が来たのだ。皆んなは新しい物珍しさにそっちに行っている。そろそろ潮時かもしれないな。
「さて、と」
俺は今日も一曲歌う予定で今、音の調整を行なっている。
すると一人の男が話しかけて来た。
「おい」
「はい? なんでしょう」
話しかけて来たのは新しく街に来た吟遊詩人の人だった。
「お前、いつ街を出る」
「来週か、再来週には出ようかと」
「ちっ」
なんだあの人。聞くだけ聞いて舌打ちをして何処かへ去っていった。
俺はそんなことを気にせずに一曲を披露する。
少々やばいことになった。吟遊詩人の男に舌打ちされてから三日ほど経ったが俺の悪い噂が流れている。おそらくはあの吟遊詩人の男かもしれない。確固たる証拠はないが俺に何かの因縁があって悪い噂を流しているのだろう。悪い噂というのは俺が「裏の組織とつながっている」だとか、「性格が非常に悪く人を殺したことがある」とかそういうものだ。そのせいで客足は今まで以上に減っている。なぜこのようなことをするのか、謎だ。
ドンドン!!
扉が強い力で叩かれる。扉が壊れてしまいそうな強さだ。
はいはい!と俺は扉を開ける。するとそこに立っていたのはいかつい男二人だった。
「な、何でしょう?」
悪の組織に入っていそうな男だった。
「お前、ボスを侮辱したよな」
「は? なんのことですか?」
「とぼけんなよ」
いきなり意味のわからないことを聴かれる。
「お前がヴァルキーノ様を馬鹿にしたって噂が流れてんだよ!!」
「はぁ!?」
そんなことは身に覚えがないし、まずそのヴァルキーノとやらを知らない。まさか! あの吟遊詩人か!?
「そんなこと言ってませんって!」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃないんですって!」
男一人と口論になる。言った、言ってない、言った、言ってない……。話は堂々巡り。そこでもう一人の男が口論をやめさせた。
「無駄な口論はやめなさい」
「ディーノ」
「ボスからこいつに制裁を加える要命令されているのです。言ったか言ってないかの事実は必要ありません」
「はぁ!? なんだそれh——うぐっ」
俺はいきなり頬を殴られる。
「とりあえず死ぬ間際まで殴りましょうか」
「おい、待っ——」
「待ちません」
「ぐあっ」
今度はお腹を蹴られる。そして次々と男二人に暴力を振るわれる。理不尽だ。何もしていないのに。いちゃもんをつけられ、こんな目に。
「そういえば貴方、吟遊詩人でしたね。それならこれは命に等しいのでは?」
「それは、やめ、ろっ」
男は鞄から弦楽器を取り出す。
這いずって奪い返そうとするも別の男に頭を足で押さえられ動けない。
「せっかくですし壊しましょうか」
「やめ、ろっ。このっ、足を、どけろっ」
足掻いても男の足はどかせず。
俺は、相棒ともいえる弦楽器が無惨にも、壊されるのを見ているだけだった。
「はははっ、良いですねその顔!」
男たちは俺が気絶するまで殴る蹴るを続けた。
目を覚ませば俺は宿屋の部屋ではなく人通りの少ない路地にいた。身体中が腫れていて痛い。俺は痛む体を我慢して壁に手を突きながら宿屋へ戻る。
「あんたの荷物はもうないよ」
「は? どういう、ことです?」
「あんたの荷物は全部、あいつらが持って行ったのさ」
「なっ……」
俺は絶句する。お金も、何もかも、持っていかれた?
「残されているのはこれだけさ」
女将はそう言って原型を留めていない弦楽器を見せる。
俺はカウンターで泣き崩れる。
無一文無荷物となってしまった俺は何も取り返すこともできずに街を出て、次向かう予定だった街へ向かっていた。食べるものもなければ飲むものもない。俺のファンだった人らは俺を蔑む目で見て避けていく。あの吟遊詩人には「可哀想に、どうぞこれを」と金貨一枚を渡された。だがあいつが原因だ。あいつから金貨をもらうのは屈辱だった。だから金貨を投げ返して逃げるように街を出たのだ。
「くそっ!」
あんなに売れていたのに、変なやつに目をつけられて、こんなに落ちぶれてしまった。
俺は次の街に着いてからも何もできずにただ路傍で物乞いをしていた。悔しい。また歌いたい。でも何もない。
「どうかこれを食べて元気になって」
俺は天使を見た。彼女は鍋にシチューを入れて俺に渡してくれたのだ。
「その鍋、もう古いものだし貴方にあげるわ」
彼女はそう言って走って去って行った。
俺は暖かいシチューをスプーンで掻き込む。美味しかった。久しぶりに温かいものを食べた。久しぶりにこんなにたくさん食べた。
俺は彼女に恩返しをしたい。でも今の俺にできることなんて。
カンッ
スプーンがてから落ち、鍋に落ちる。すると高い音を鳴らした。
「これだ!」
俺は天啓を得たのかもしれない。鍋とスプーンで演奏ができるじゃないか! 他にも捨てられたフライパンを拾ってっ。
そこから俺の行動は早かった。捨てられていた食器を集めて音を調べ、練習をした。
そうして俺は彼女へ感謝の気持ちを伝えるために演奏する。
「彼女は天使のようだった——」
次第に人も集まりだした。最初はおかしな奴、と思ったかもしれない。何せ捨てられた食器で演奏をしているのだから。しかし嘲笑う人はいなかった。みんながその音色と歌に耳を傾ける。
ニャーニャーニャー!
するとどこからかやって来た猫も歌いだす。その猫はとても楽しそうだ。それを見た客らは手拍子をやり出す。
そして——
「俺は彼女に伝えたい、ありがとうと!」
演奏を終える。
すると拍手喝采が起こる。次々と鍋にお金が入れらていく。猫も楽しかったと伝えるようにすり寄ってくる。
「皆さんありがとうございます!」
ニャーー!
猫もニャーと鳴く。それに笑いが起こる。
そしてその日を境に、俺は『鍋楽器の吟遊詩人』として有名になり、仕事が舞い込んできた。
悪いことをしていなければ、良いことがあるのだと俺は知った。
◇◇◇
「おしまい」
お婆ちゃんはそう締めくくる。
「お婆ちゃん、この人はこの後どうなったの?」
「あら、それは貴方が一番知っているはずよ」
「??」
「おやその絵本を読んでいたのか」
「お爺ちゃん! この絵本のこの人、どうなったのか知ってる?」
「ふふふっ、目の目にいるだろう」
「えぇ!? これお爺ちゃんなの!?」
これはとある一人の吟遊詩人の物語である。
鍋楽器の吟遊詩人 和泉秋水 @ShutaCarina
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