お母さまへ

白川津 中々

  前略お母さま。

お元気でございますでしょうか。私は元気です。


 東京はまだまだ汗ばむ陽気ですが、風に木々の乾いた香りが混ざりはじめています。じきにやって来る秋雨が過ぎれば銀杏いちょうも柔い承和色へと染まっていくでしょう。今から公園を散歩するのが楽しみです。


 散歩といえば、先日井之頭公園を歩いていますと泣く子をあやす母親が目に入り、ふと、昔を思い出しました。僕も子供のころは幾度もお母さまにご迷惑をおかけしたなと申し訳ない気持ちとなり、未だ親孝行をしていない自分が、情けなくなりました。


 早くにご病気でお父様を亡くされ、さぞご苦労をした事でしょう。

親戚もおらず、文字通り身一つで僕を育てていただいた事、感謝の念に絶えず、こうしてお手紙を綴っている時でも、もっと聞き分けがいい子供だったらなと悔やんでおります。


覚えておいででしょうか。僕の十歳の誕生日に、万年筆を贈ってくれたのを。

あの時お母さまはお稲荷さんと卵焼きと、それからふかし芋を作ってくださって、大変美味しかったと記憶しています。

そして、夢中で料理を頬張る僕の机の前に、ポン と、百貨店の包みを置いてくれましたね。僕が小説家になりたいと言ったのを忘れずに、一所懸命に働き、お金を貯めて買っていただいた万年筆は今でも僕の宝物で、大切に仕舞ってあります。


お母さま。僕はお母さまを想わなかった日はありません。三百六十五日、お母さまの事ばかり考えています。

どうしたら親孝行できるか。どうしたら喜んでもらえるか。そればかりを考えては、知り合いに聞いたり、本を読んで調べたりしました。

その中で、幾つか有用なものがありましたので、細やかで申し訳ないのですが、次回の帰郷の際に実践し、それでお母さまへの恩返しとさせていただきたいと思います。


まず第一に、孫の顔を見せるというのがありました。

確かに、自分の子が子を産むという行為は、遺伝子に組み込まれている子孫繁栄の目的に合致しており、真っ当な幸福を感じる事ができるように思えます。

しがし、残念ながら僕には番となるような人間の雌の知り合いはいません。どうしたものかと考えると、名案を思い付きました。お母さまと子作りに励めばいいのです。

親孝行の方法を調べている最中に読んだ、『母さんだって女なんです』という書物によると、男根の味を忘れて久しい人妻は肉欲に溺れるとの記述がございました。

性欲は三大欲求の一つとされ、人間の本日的な生活目的の一つでありますから、その文言を読んで得心いたしました。お母さまは、膣口に陰茎をぶち込まれたがっていると!


僕は今でもお母さまからいただいた万年筆に射精するほどお母さまを想っております。愛しているといってもいいでしょう。この気持ちをもってすれば、必ずやあらゆる困難を克服できるに違いありません。

よって、僕はお母さまを抱く決意をいたしました。もう向かっています。どうか逃げないでください。ずっと愛し、死ぬまで共に生きましょう。どうぞ、末永くよろしくお願い致します。


母こと冨江へ。


息子こと春明より。


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