天使に逢えますように

ななな

天使に逢えますように



性別女、高校生にも関わらず髪に白髪が混じっている、年中長袖を着ている、まあまあ変な子だけど笑い方や仕草がかわいい、本当に天使みたい、それが、落合天使の世間から見た一般的な評価である。

そう、世間から見た。

やつは紛れもなく悪魔である。それは、恐らく幼なじみである俺、相川正しか知らない。

そしてこれからも、俺しか知らない事なのだろう。

♢ ♢ ♢

幼なじみである俺たちは、以前と比べて頻度は減ったものの相も変わらず互いの家を行き来していた。ちなみに交通手段は窓である。

学校では変だけど可愛い!のポジションの天使は、俺の前ではすぐ手を出すゴリラ女に変貌する。そんなことで、欠片も可愛くなどないこの女なのだが、雪の降り始めたこの頃変なことを言うようになった。

「あのねただしぃ、わたし悪魔に会ってみたいな」

鏡を見てみろすぐ会えるぞ、というと強烈な肘鉄をかまされた。こういう所が悪魔なのだ。

「悪魔は対価を差し出せばなんでも叶えてくれるらしいよ」

「へぇ、何だよ、大学進学でも叶えてもらうのか」

「……ないしょ」

そう言いながらコテン、と首を傾げる姿に何か、言いようのない違和感を抱く。

「どうかした?」

「いや、なんか……」

結局、自分が何に違和感を覚えたのかわからず。結局その日は俺の家の方で晩御飯を食べ、いつもより幾分か奇妙な天使は窓から帰っていった。

その次の日も次の日も、天使は飽きることなく俺の家に侵入してきた。おかしい、今までこんなに頻繁に来たことは無かった。......悩みでもあるのか?

「なあ天使、なんか悩みでもあるのか」

「あるよーわたしにもそれくらい」

質問したのは俺だが少し驚いた。悪魔にも悩みはあるらしい。まぁ、JKだもんな

「死んだらどうなるんだろうとか、ね」

「……死ぬなよ?」

想定と違う方向の悩みだったので、それしか返せずにいると、ふわりと天使が笑ったのを覚えている。学校で見せる笑みとは違う、少しの寂しさを乗せたそれは、

悪魔が俺に初めて見せた、天使の笑みだった。

この時、気づけばよかったのだ。まだ少しの違和感を伴って曲げられる彼女の首に。


その死んだらどうなる事件からだんだんと天使は学校に来なくなった。

天使は死体で発見された。

死因は親の虐待による衰弱死と聞いて、俺は酷く動揺した。隣、隣なのに気づかなかったのか?俺は、だって怒鳴り声なんて聴こえなかった。ものを投げる音も。

しかも、天使はそんなこと一言も、

“「あのねただしぃ、わたし、悪魔に会ってみたいな」“

“「死んだらどうなるんだろうとか、ね」”

まさか。あれが天使のSOSだったのか?いつも横暴なくせに、そんな分かりずらい言葉で気づけるわけないだろ、何で、

気づくと俺は泣いていた。もっと親身になって聞いてやればよかった、だって、ほんとうは大切だったんだ、悪魔でも、天使でもどちらでも良かった。俺はただ落合天使が好きだった。

悪魔に会いたいと言ったのは、対価を差し出してでも地獄から抜け出したかったから。

首を曲げる時に違和感があったのは、卑劣な暴力によって首を打撲していたから。

死んだらどうなるのか悩んだのは、自分はいつか殺されると悟っていたから。

ほんとうの悪魔は、落合天使の親と、あいつの苦しみに気づかなかった俺だ。

俺は落合天使を喪ったことによって、暗く沈みこんだ心の痛みをただ抱きしめながら、延々と泣いていた。

♢ ♢ ♢

春、まだ上着が必要な肌寒い季節。花の芽吹きと共にこの街の若者達も新しい世界へ足を踏み入れようとしていた。

花は、芽吹いて、枯れて終わりではない。取りに運ばれ、花粉を飛ばし、次へと命を繋ぐのだ。

ちらちらと桜の花びらがふる木の下、慣れないスーツを着た俺は、大学の入学式に行くためにバスを待っていた。

俺は、天使が死んだ後に進路を大幅に変更した。変更先は国立大学の教育学部。親と教師は急な変更に怒ったが、それでも俺は意志を曲げなかった。

俺は教師になりたい。できれば自分の通っていた高校の教師に。天使が死んでから、散々考えた。何が俺の償いになるのか。誰かを同じ目に遭わせないためにはどうすればいいのか。

些細な変化にも気づくことの出来る、何でも相談できるような、古木のようなせんせい、俺はそれになりたいと思った。

……ひとは死んだらどうなるのだろう。魂は、心は、何処へ行くのか。

天使は、何処へ行ったのか。

天国だろうか。悪魔みたいなやつだけど、きっと天国に行っているはずだ。だって、名前が“天使”なのだから、天使みたいに笑うやつだから。

神様、これから精一杯償います、何でも、頑張ります。次は何としてでも大切なのものを守るから。だからどうか、

何時か、天使に逢えますように。

新しい1歩を踏み出した男を祝福するように、雪解けの春、今は誰も住んで居ないはずの落合家の庭に、1輪の小さなネモフィラが咲いていた。

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