第4話

俺は雨に打たれながら歩いている。何も分からない。

現状はもちろん自分の感情さえも。

雨が心地よかった、雨音以外何も聞こえない先もほとんど見えない。

そんな時雨に打たれる感覚が途切れる。ふと見上げるとそこには傘がさされていた。夏奈が追いかけてきたのだ。

「はぁ、はぁ、天風邪ひくよ」

息を切らしながら言う。

「ありがとう…」

「ほら、お風呂入らないと」

夏奈は俺の腕をつかみ、強引に歩く。

俺は反抗などせず、ただあるがままに体を預けた。

「天、大丈夫?」「ああ…」

俺は風呂から上がり、リビングで天井を見つめていた。

そんな時だった。俺の体に温かい感触が走った。

それは背中、頭、胸、様々な場所からだ。

俺は目線を天井から正面に移すとそこには俺を抱きしめている夏奈がいた。

「何にも言えずにいなくなってごめん。今の私はほとんど天の事思い出せないんだ。だからこれから一緒に作って行ってくれない?」

俺の着ていたシャツは夏奈の涙で濡れていく。

俺はその代わりと言わんばかりに夏奈の着ていたシャツを濡らしてやった。

二人とも泣き止み、これからどうしてゆくかを話し合った。

『夏奈』が俺に何かを伝えたいから、かなの人格を乗っ取り現れた。

だが何を伝えたいか思い出せないらしい。

そして『かな』の戻し方も分からないとのこと。

まぁ当分はいつも通りってことだな。

何日か夏奈と過ごしていると分かったことがあった。

それは記憶が本当になくなっていることだ。

俺の記憶から日常に必要な知識などが断片的に無い。


どうすればよいか考えていたある日、ポストにとある封筒が投函されていた。

俺宛のものであり裏を見ると【杉崎 和】と書かれていた。

俺はすぐさまリビングに行き、封筒の中身を確認する。

そこには多くの写真が入っていた。

俺たちが初めて会った時や三人での写真、喧嘩している時などが。

俺は1枚ずつ丁寧に見ていった。そしてある写真で俺の手が止まる。

それはあの3年前の夏祭りの写真だ。

そこには俺、和、夏奈の3人が写っていた。

そして夏奈が手に持っている花に注目した。

それは冬にしか咲くはずのない綺麗なピンク色をした花『ネリネ』だった。

俺は『かな』に嫌というほど花を覚えさせられた。

ネリネの花言葉は、【また逢う日を楽しみに】だ。

俺は理解した『夏奈』は俺や和にもう一度会いたかったのだ。

けど和はもう会うことはできない。どうすればいいんだ?

残り三枚となった写真には先程とは全く違うものが写っていた。

それは和の苦しみだ。

一枚目、歩くためのリハビリ。

二枚目、たくさんの錠剤の服用。

三枚目には病室で泣く和の姿を写した写真だった。

俺はひどい憤りを感じる。

何も和の気持ち、恐怖、それら全てを一人で背負わせてしまった。

今更、何もできないのは分かっている。

俺は悔しさ、ふがいなさ、情けなさ、様々な感情が込み上げ奥歯を噛み締め写真を額に当てる。

そんな時写真の裏に何か書かれているのが目に入った。

それは何かを示しているのかある地点に印がある地図だった。

俺は傘を差し印の示す場所に向かった。


「あ…」目的地は見覚えのある場所だった。夏奈がロシアに向かう当日に三人で10年後の自分たちに宛てたタイムカプセルを埋めようという事になり埋めた場所だった。

俺はうろ覚えの記憶を頼りに傘をたたみ、両手で土を掘る。

どれくらいの時間掘ったのだろうか、周りには掘った穴が数多くある。

それでも俺は必死に掘り続ける。そんな時、指に何か硬いものが当たった。

それは正真正銘、タイムカプセルであった。

俺はそれを抱え、急いで屋根があるところに移動する。

少し錆びてはいるが問題はない。蓋を開けるとそこには3つの手紙と三人が各々残しておきたいと言っていたものがあった。

3つの手紙には誰のものか分かるように名前が記されている。

俺は和と書かれた紙を手に取る。

和には悪いがあの地図は見てほしいから書いたのだろう。

「十年後の私へ」随分かしこまった書き方で始まっていた。

「十年後の私は何をしてるのかな?もしこれを読んでいるのなら今の私の夢は叶ったはず。そんなことよりやりたい夢を見つけてちゃんと叶えられた?いい旦那さん見つけられたかな?気になるなー」

そこからは十年後の和に対して質問ばかりを投げかけていた。

まぁこんなもんか普通。

だが和は何の為に地図でこの場所を記したのかよく分からない。

俺はタイムカプセルを持ち上げようとした。

その時手鏡と保存した状態の花がタイムカプセルから落ちた。

その鏡には天へと書かれており、随分と新しい白くきれいに咲いた花が保存されていた。

確かこの花ガマズミだったかな。

懐かしさに浸りながら夏奈の待つ家に俺は帰ろうとした。

その時、俺の横を夏奈は気づいていないのか、目を合わせることなく通り過ぎた。

俺は夏奈に声をかけることができず。


結局夏奈の後を追っているとあの野原にやって来た。

なんで夏奈は雨の中こんなとこに?俺は疑問を思いながら木の陰に身を潜める。

すると夏奈は傘を閉じ、静かに涙を流し始めた。

気づくと俺は夏奈の横に歩き出し、傘をさす。

夏奈は俺がいるのに驚いたのか急いで涙を拭いた。

「どうしてここに?」

「それはこっちのセリフだ」

雨音以外何も聞こえない。

「私…やっぱり戻るよ」

夏奈は前を見据え俺に伝える。

俺は夏奈にタイムカプセルの夏奈が書いたものを渡す。

中身を見ていないし見る気もない。

しばらく夏奈は手紙を見ていると崩れるように夏奈は地面に座り込む。

「天、ありがとう。これを見してくれて。お別れだよ」

もう帰ってこない。希望を抱いてもいなかったのに夏奈は帰ってきてしまった。

そして俺は間違った選択をした。『かな』は許してはくれないだろう。

「天、最後に伝えたいことがあるんだ」

「うん」

夏奈は体をこちらに向けた。

「あの時言ったはずだよ。天にもう一度会った時に伝えたいことがあるって」

夏奈の一語一句も聞き漏らさずに聞く。

「思い出した。全部…忘れたはずの天との大切な思い出も。私の宝物は戻ってきた良かった…良かったよ!けど…その代わりに私は『かな』の命を奪う行為と等しいことをしたんだよ。けど私は人の事より、自分の幸せを優先しちゃった」

「夏奈、もういい…」

俺は呼び掛ける。だが夏奈は話すことをやめようとしない。

「ついさっき、かなの部屋の中であるものを見つけたんだ。それは日記と花の本。私は思わず日記を見てしまった。日記の内容はね?かなが最初のページとかは本当に今日あったこと。例えばー何時何分これをした。とか全く気持ちが入ってなかった。けど天と和と接していくうちにだんだんかなの感情が出てき始めたんだよ。これが楽しかった!これは面白かった!とか。それを見て私思ったんだ『ああ…きっと幸せだったんだろうな』って。それで自分のした間違いの大きさにやっと気づけた。私の願いはもう叶う。天と過ごしたこの数日は私の夢のようだったよ。けど夢はいつか覚めるもの。だからこれで本当にお別れだよ。天」

夏奈は優しく俺に向かって笑った。

「分かってた、これが間違いだって。けどどうしても手放せなかった。夏奈最後に抱きしめてもいいか?」

俺も笑顔を夏奈に向ける。

「うん!もちろん!」

俺は夏奈を抱きしめた。夏奈の体は小さく、髪からは良い香りがする。

「夏奈、今まで本当にありがとうな。俺は夏奈と過ごした時間を絶対に忘れない」

雨のおかげで俺の涙は気づかれていない。

だが言葉を発するとどうしても泣いているのが気づかれる。

「そんなのずるいよ。天…」

夏奈は俺に顔に向かって唇を近づけてきた。同じような動きを俺もする。

「今度はお盆に会いに来いよ」

「ふふっ、何それ?行かなくちゃダメ?」

「もちろんだ」

俺と夏奈は二人そろって声を出し笑った。

「天、大好き」

夏奈はそう言ってキスをし、地面に倒れた。体全身が冷たい感覚に襲われる。


「か…かな…!」

誰かの声がする。意識がはっきりとし、目が覚める。

目が覚めた場所はあの野原だった。

「かな!良かった目が覚めたか!」

そこにいたのは天だった。

「天?私…確かッ!」

するといきなり天は力強く私を抱きしめてきた。

「ごめんな…かな。ほんとにごめん」

天の声、体は震えていた。どくんっ、鼓動が早くなり私の体はどんどん熱くなる。

「い、いいよ。天」

それでも天は私を離そうとはしない。

だから私も天を抱きしめると天の震えはゆっくり収まっていった。

二人で見つめ合う。

「天、なんで夏奈とキスしたの?」

「いや…それはだな、成り行きというか…」

天が言い訳を考えている最中に私は目を閉じる。

「かな!?」うめくような声が聞こえる中、唇に柔らかい感触がした。

「ありがと、嬉しい」

そこで私は自分が笑っていること初めて気づく。

笑顔はこんなにも嬉しくて楽しいものなのかな。

天はそんな私を見て泣きながら笑っていた。

その後私の頭を撫でてきた。

私は反抗もせず、ただ頭にある天の手の大きさ、温かさを感じていた。

「そろそろ行くか」

天は立ち上がり、私に手を伸ばしてきてくれる。

私はその手を掴み、立ち上がる。そしてもう一度、次は私から抱きついた。

「私も大好き」


本当に良かった。これで良かったんだ。俺は空を見上げる。

そこにはもう大きな入道雲にゅうどうぐもは、無く鱗雲うろこぐもがかかっていた。

俺の部屋には思い出が詰まっている。

和の写真、手鏡。

そして…和にもらった四葉のクローバ、アサガオ、保存されたガマズミの花が飾られている。

ある日、かなはその花を見てあることを言った。

「四葉のクローバーの花言葉は【私のものになって】アサガオの花言葉は【私はあなたに絡みつく】ガマズミの花言葉は【私を無視しないで】…天、これ


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