第3話

私にはもう時間はない、それは分かっていた。

それが分かっていても言葉にされると、怖かった、まだ生きたい、誰かにすがりたいと思った。

けどそんな顔をしたらパパやママが悲しんじゃう。

私は生んでくれた人たちに何も返せないままこの世から居なくなる。

なら…せめて私の前では悲しい想いをさせない。そんな時だった。

天の口から思いがけない言葉を聞き背筋が凍った。それはなっちゃんの事。

その話をしている時、天は悲しく苦しいはずなのに、私の事を思って…必死にこらえていた。まだ天も受け入れられていないはずなのに。

だから私は笑って嘘をつく、誰も悲しまない嘘を。

私は決めたもうこれ以上天を悲しませたくない。

そのために余命の事を言わずに残りの人生を過ごすことを。

「天、私やりたいことがあるの」

「ん?何がしたいんだ?」

体が思うように動かなくなっていく日々、何も考えずにふと言葉を発した。

それは私の考えたことのないことで、なぜそんな言葉が出たのか分からない。

「あのねー学校に行ってみたい。私が通う前にちょっと下見にね」

どんどんと言葉が考えてもいないのに出てくる。

「ああ、いいよ」天はりんごの皮をむきながらやさしく微笑む。

「それじゃあ…案内役はかな、できるか?」「うん、分かった」

かなちゃんは迷わず答える。少し心配だけど…。

「和、私に任して」「任せたよ!かなちゃん」

「夏休みが始まってから、でいい?明日からだから」「うん!」


そこら中でセミが精一杯鳴いている。私は自分一人で歩けることに安心していた。「ここ」かなちゃんは指をさし私に呼び掛ける。

さしている方を見ると、そこには『漆丘高校』と書かれた正門がそびえ立っていた。「大きいー。かなちゃん早く入ろ!」

私は彼女の手を掴み走り出した。天は少し後ろで笑って私たちを見守っている。

私はそれから1-2、私のクラスやコウちゃんがいる演劇部えんげきぶなどいろんな場所を案内してもらった。

最後に屋上に着くとそこから見る景色は私には輝いて見えた。

グラウンドで練習する運動部、時折聞こえる吹奏楽部の音色、何一つとってもそこには幸せが満ち溢れていた。日常のありがたさが今にして込み上げてくる。

しばらく私が浸っていると、かなちゃんが肩を叩いてきた。

「和、ほかにやりたいことは?」

「んーここにはもう何もないかな。そろそろ帰ろっか」

長居してはいけない私の直感がそう叫ぶ。

ここにいると自分が何を考え、言いだすか分からない。学校を後にし、帰路に着く。「な、なぁ和。今度の夏祭り皆で行ってみないか?」

天が頭をき、目線はおどろおどろしながら私に話しかけてきた。

どこまでも天は優しい…私はそんな人に嘘を…。けどこれでいいんだきっと。

胸の奥がキュウっと締め付けられる感覚になった。

「いいよ!楽しそうだね!」

「うん いいと思う」かなちゃんも同意をする。

「そうか!なら絶対三人で行こうな!約束だ」

天は小指を私たちに突き出す。

「天、何?それ」かなちゃんはキョトンとした顔で言う。

その顔は女子の私から見ても、とても可愛らしくそれと同時に羨ましかった。

「これはなー」二人の会話を少し後ろで見つめる。ほんとに懐かしい昔は毎日こんな感じだったな。夕日は沈みかけている。

私は二人に話しかけようとした。「二人とも…」二人は同時に振り返る。

瞬間、気づくと地面が私の視界に飛び込んできた。意識を失う最中、聞こえたのは大きな声で私を呼ぶ二人の声だった。


和が倒れた時、何が起きたのか分からなかった。

かなはずっと和を呼びながら、俺にどうすればよいのか聞いてくる。

今でも頭に残っている。結局異変に気付き近くにいた人が救急車を呼んだ。

和は病院に搬送され、その日の夜の内に意識を取り戻した。

「天、和の意識が戻った」「ホントか!?かな」「うん」

俺はゆっくりと病室に向かった。

「あ、私確か…倒れたんだっけ」

「ああ、倒れたんだよ。けど本当に…本当に良かった」

溜まっていた色々な感情が一度に出てくる。反射的に下を向いて、顔を隠す形をとる。

「ごめんね。熱中症かな。久しぶりに外出たし」

和は笑って答える。だが笑顔にはいつもの張りがない。

彼女は自分では分かっているはずなのにそれを決して口に出さず表情にも出さない。「ああ、本当だよ。心配かけさせんな」

和は疲れが出たのか俺たちと話している最中に眠りについてしまった。

その日、和は無事だったということもあり、かなに家に帰るよう提案したのだが一言で「残る」と言われ断られた。

確かに俺は和の事を知っているがかなは知らないはずだ。夏休みということもあり俺たちは次の日の朝を病室で過ごした。

夜に夏祭りを控えた日、俺とかなは和の親御おやごさんの屋台の手伝いに来ていた。

「ありがとう!二人とも、助かったよ!」元気に和のお母さんが話しかけてくる。「今日、和と夏祭り行ってくれるんでしょ?あの子の事よろしく頼むわね」

今、目の前にいる人は必死に我が子のことを考えているのだろう。

そんな時、和の母の携帯から着信音がした。携帯の画面を見つめ、彼女はこわばった顔をした。

「はい、もしもし」電話の向こうの相手と会話をしており時々相槌を打っている。

電話が終わり、俺たちの方を見る。

その顔は青ざめており、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

そんな顔を見て、俺は何も質問をすることができずその場を後にした。

その後、家に一度戻り祭りに行く準備をし、かなと一緒に和の病室へと向かった。「おーい和は準備できてるか?」

ノックをした後に病室に入る。そこには着物でもなくましてや病衣でもない私服の和がいた。

「和着物じゃないのか?」

「うん、って!それより可愛い!かなちゃん」

和はかなの近くにより話している。

暗くてよく見えないが和はいつもより肌が白いように感じた。

祭り会場に着き、俺たちは例年通り花火の場所取りをすることになった。

「和、大丈夫?」かなが心配そうに和に話しかけている。

人の圧に当てられたのか和が少し休みたいとのことで、俺が和をおぶり階段を上がっていた。

「あーごめんねせっかくの時に」

いつもの和らしくないのは一目瞭然だ。

「いい、健康が大事」かなは水を和に手渡す。だが一向に和の状態は優れない。

「二人ともごめんね、私行けそうにないや」

和は笑っている。

「二人に黙ってたことがあるの…」

和は重い口を開こうとした。

「和…いなくなっちゃうの?」

かなは和に向かってそう質問をした。和も俺も驚いた。

かなは知っていたのだ。いや知っていたというより気づいたのかもしれない。

しばらく沈黙が流れる。俺は何も言えない。

「…うん私はもうすぐ死ぬの」

和は笑顔で答えた。その言葉には言葉では言い表せない説得力があった。

「ならもう会えないの?」

「うん」

「それじゃあ話もできない?」

「うん」

静かに和はかなの質問に答える。

「そんなの…そんなのやだ…」

かなは和の服をつまむ、顔は下を向いている。

「ありがとう、私の事をそんなに思ってくれていて」

かなは顔を上げる。そこには涙が流れていた。

初めてかなのこんな表情の変化を見た。

「これが悲しい?」かなは戸惑いを隠せていない。感情の高ぶりのせいだ。

「和、いなくならないで。もっといろんなこと教えて」

かなの懇願こんがんに俺は鳥肌とりはだが立つ。

和は俺の服を強く握りしめてきた。

俺は力を振り絞り走り出した。

急なスピードアップに「いっけぇー!!」和が拳を上げながら大声叫ぶ。それと同時に花火が上がる。

そして俺たち三人はあの野原に着いた。和に話しかけようとしたその時、さっきまで力強く握られていた手は弱弱しく俺の肩に置いてあるだけのようになっていた。

俺は静かに和を下ろす。かなは和に駆け寄り、泣きながら和の手を握る。

和はその涙を拭きながら静かにこう言った。

「私幸せ。どんな時よりも今日が」

それと同時に俺を見つめた。

「天」

和は満面の笑みで俺の名を呼び、俺に何かを渡してきた。

それはだった。

すると和の手は静かにかなの手をすり抜け、地面についた。笑顔のまま瞳を閉じ和は息を引き取った。

「俺たちも幸せだったよ。和と会えて、こんなに俺たちを助けてくれて…本当にありがとう」

俺は泣いているかなの肩を持ち、微笑み夜空を見上げる。

そこに大量の流れ星が流れていた。まるで和をとむらうように。

2日後、和の葬式が行われた。そこには泣き崩れてるコウや多くの参列者がいた。

横のかなを見ると、あの時見せた表情の変化は無く。いつも通りだった。

帰り道、雨が降っており、二人で一つの傘を使い帰っていた。

「天、私おかしい」

かなは胸を抑えながら話しかけてきた。

かなの発する言葉に気持ちが入っているように思える。

「ここが、まるでないみたい」

「それは…どういう感じだ?」

「…何も感じられない?」

疑問形で答えを返してくる。かな自身も理解ができていないようだ。

それに比べ俺は落ち着いていた。

いや違う、もうどうでもよくなった…が正しいか。俺は大切な人を二人も失った。

俺にはもう横のかな以外はもういない…。

「天、今日何する?」

「一緒にご飯作ってみるか」

「うん!」

横で跳ね上がる声がする。俺はかなの顔を見ない。

家が見え始めた時、かなは雨に打たれながら俺の少し前に出て振り返った。

「天は私の事好き?」

「いきなり何言ってんだよ」

かなの顔はいつもより生き生きとしていた。

「天は優しい、誰に対しても。私は横でいつも見てきた。そんな天を見ていたら、私、どんどんおかしくなっていった。初めて涙を知った、楽しいことも知った、悲しいことも知った、天はいつも優しい嘘をつく。」

かなは微笑んだと思う。途端、家に向かって走って行ったからよく顔は見えなかった。

俺は急いでかなの後を追った。扉を開けるとかなは玄関で背を向けていた。

そしてかなは振り返る。

「久しぶり、天」

「お前…『夏奈』…か?」「ご名答」

俺の目の前に立つ『夏奈』はニカッと笑って見せた。

俺はその後、自分の部屋に鍵をかけ閉じこもった。

ベッドに寝転がり考える。喜ぶべきなのか悲しむべきなのかさえ分からない。

起きたことを整理すると『かな』が今は『夏奈』ということだ。

以前の俺なら喜んでいたのか?ドアの向こうからどちらの方か分からないが声がした。

「天、開けて」

俺は立ち上がり、ドアを開けた。

「天、久々の再会にそんな態度はないよ」

これは『夏奈』のままだ。

「悪い、ちょっと混乱してな」

「それはそうだね。誰だって混乱するよ」

夏奈は慰めのつもりなのか頭を撫でてきた。

俺は反射的にその手を振り払う。「天…」「少し一人にしてくれ」俺は傘を持たずに家を出た。

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