答え

凌田大堀

第1話

「あのな、努力ってのは万能じゃねーんだよ。」

 俺は一つ後ろを歩く祐奈にそう言い切った。放課後、人通りが極端に減った廊下にはしっかりと響いていた。

「またそんな事言ってー。私そういうの好きじゃないなー。」

「好き嫌いの話じゃねぇ。」というクソみたいなツッコミを頭の中で済ませ、

「ですよね。」

とだけ返すと、会話は止まってしまった。グラウンドで練習する野球部の掛け声、管弦楽部だったか吹奏楽部だったかが奏でる聴いたことだけはある音楽、そして二人の鳴らす足音でさえも、遠くから聞こえてくる様に感じた。

 気まずい空気が流れる。祐奈は今、どんな顔をしているだろうか。あの発言は間違いだったのか。じゃあなんて言えば良かったか。今は俺が話す番か。いや、今の俺には「良い天気だね。」てアニメみたいな台詞しか出てこない。本当は、言いたいことが言葉に出来ないだけの様にも思える。

 頭の中はそんな堂々巡りでいっぱいになっていたにも関わらず、体は目的地の場所に到着しようとしていた。そこは空き教室。丁度、名札を忘れたガキの様に、並ぶ教室の中でこの教室のプレートだけが、真っ白であるのが目立っていた。

 一つ手前の教室で、俺は別れの挨拶をするタイミングを見計らっていた。その時だった。

「本当にこれで良いの?」

 突然投げかけれてた質問に心臓が収縮した。しかし、俺は「突然」と言っておきながらも、祐奈にもう一度何か言ってもらえるのを待っていた様な気がする。

「ずっと一生懸命やってきたじゃん。高校で辞めるって聞いて今度は何するのかと思ったら、こんな空き教室でゲームだの小説だのって、小学生みたい。」

 祐奈の声は本人でも気付かないうちに真剣さを帯びており、さっきより声も張っていた。

「小学生って。俺らはダラダラ娯楽に耽ってるわけじゃねーよ。」

 正直、意味のある返しではない事は言いながら気付いていた。

「あんなにバスケ好きだったじゃん家の前でいっつもドリブルして、プロの凄いプレーの動画とか見せてくれて、」

「なんで辞めちゃうの?」

 人にこんなにも思いを込められて話をするのは久々だった。俺は中途半端に祐奈に向けていた体をもう少し祐奈に向けた。

「秀でた選手になれるかは元ある才能をどれだけ磨けるかだ。出来る選手はその才能がある。俺にはなかったんだ。それは俺自身が一番分かってる。良いだろ高校生になったんだ。こんな青春もありだろ。」

 言っていて恥ずかしくなる。余裕あり気に笑った顔は引きつっていたに違いない。偉そうに語った事も、自分を正しく見せようとしてるだけで余計にダサかった。

「ああそう。なんか、ごめんね。じゃあ私、帰るから。」

 祐奈はさっきまでの力を一気に抜いた様に力無くそういうと踵を返し、来た道を早歩きで歩いていった。

 俺は暫く、その背中を見つめた後、一度深呼吸をして教室のドアを開けた。

「悪い、遅くなった。」

 そう言いながら中に入ると、教室には似合わない長机が二台くっついて真ん中に置いてある。俺は入って右側にある、黒板に背を向けた椅子を左寄りにして腰掛けた。向かい側には既に大翔が座って読書していた。

「幼馴染みちゃんかい?」

「流石に聞こえてたか。」

「まあね。」

 大翔はまた本に目を移した。あの会話を聞かれていたのはそこそこ恥ずかしかったのだが、大翔は何も言わなかった。

 俺はバックを開けると、中から昨日買った小説を取り出した。そして、挟んでおいた栞を手前にやって、読んでいた続きのページを開いた。

「自分、いつからバスケやってたんやっけ?」

 大翔は本に目を向けたまま聞いてきた。俺は本から目を離して

「小四」

と手短に答えた。そしてまだ二行も読んでいないのに、本を開いたまま机に伏せ、自分自身も机に突っ伏せた。

「曲がりなりにも頑張ったんだぜ俺。」

 質問と関係ない事まで言ってしまう。しかし、今の俺には今の一連の流れで心に溜まった何かを、吐き出すところが欲しかった。

「クラスの中で上位に入るぐらい足速くなったんだ。クラスで名前が出る事なんて無かったけど。」

 伏せていて、上手く声が出ない。俺は話す中で込み上げる感情を、逃す様に伸びをした。

 クラスでリレーなんかの話になると、俺より遅いムードメーカーが先に話題になる。まぁこんな事未だに覚えている様な奴が、スポーツマンの印象は持たれづらいだろう。

「努力しなきゃ成功しないから、みんな努力努力言うけど、そもそも才能も無いと意味ないんだよなぁ。」

 俺は両手を頭の後ろで組むと、体を後ろに仰け反った。

 本を読んでいた大翔がこっちを向く。

「アホやなぁ、自分。」

 大翔が呆れた様に笑った。

「何がだよ。」

そう訊くと、大翔は一度椅子に座り直した。

「別にクラスの奴らも幼馴染みちゃんも別にお前の頑張りとかそういうのどーでもえーねん。」

 俺には合っているのかどうか分からない、大翔の関西弁は続く。

「世間ちゅうのはテストやねん。自分がどう思っても答えは決まっとる。部分点なんてくれへん。今の自分で言うたら、幼馴染みちゃんに『バスケ続ける』言うのが正解やったな。」

「いや、そもそも体育館おらんとあかんのか。」と大翔は一人で呟いている。

「なんじゃそりゃ。じゃあ俺がここにいんのは間違いって事かよ。」

俺は嗤って言った。

「幼馴染みちゃんには、な。」

大翔は強調する。

「え?」

思わず訊き返す。

「自分、なんでここおんねん。」

「そりゃ、」

創作活動。高校生活に漠然としていた俺に、大翔が提案してきた。「高校生やし、なんか自由に大きい事したいやん。手伝ってーや。」これもまた漠然としていたが、大翔の熱が当時冷めていた自分まで熱くしてくれた。大翔曰くはもっと誘ってたらしいけど、結局大翔の元に集まったのは、俺だけだった。

「あんな、ここにおる時点で自分はあの子の関係テスト間違えとんねん。しゃーないやろ。努力って言葉は簡単に使われるけどムズいねん。認められる努力もあれば、認めれへん努力もある。」

 大翔の考えは、俺にはとても大人びていた。世渡り上手とはまさにこういう人を指すのではないか。一人で納得すると、俺はふかい溜息をついて、尻を椅子の手前にやって姿勢を崩した。

「だから、これが正解になるとこ探そーや。いや、正解にすんねん。自分そういうとこやぞ。」

 大翔はおちょくる様に、でも真面目にそう言った。力のなくなっていた体を引き締める。

「確かにあの子には間違いやった。でも世界は広いねんそれだけちゃうねん。これが正解になるとこも絶対あんねん。俺は高校にそれを探しに来た。」

 大翔の言葉には常に熱があった。俺はさっき、世渡り上手などと大翔を括ってしまった事を勝手に後悔した。

「演劇やろう。」

 次に大翔から出た言葉を俺はすぐに変換は出来なかった。

「エン、ゲキ?」

「いやな、色々調べててんけど学校によっては三年生になったら文化祭で演劇やるらしいねん。うちはないやん。」

 実際、うちの学校には演劇部もないし、そういったところにはあまり縁がなさそうである。

「だからやったろう思って。俺らが脚本書いて、頑張って演者集めて文化祭でやんねん。それでウケたら、ゆくゆく文化祭の恒例行事になんねん。」

 確かにそれは面白そうである。しかし俺には、それが現実的に思えない点があった。

「できたら良いけど、俺たちが呼びかけて演劇やりたいって人集まるか?集まったとしても、本当にガチでやれる人集めないとウケるどころか黒歴史だぞ。」

 また大翔は呆れた様にこっちを見る。

「何この期に及んで黒歴史とか気にしとんねん。黒歴史って覚悟出来とらん人が作んねん。」

「別に俺ら二人が出来てても同じ様な人が集まるとも限らないし、それこそ人様に見せんだから、頑張ったけど駄作でしたじゃダメじゃん。」

 大翔の言いたいこと、やりたい事は良く分かった。しかし、俺もただ何も考えず今まで生活していた訳ではない。俺なりにも、それなりの予想や感覚はあるのだ。

「確かにそれはあかん。だから、成功させる為に俺らが俺らのままじゃあかん。バリおもろい脚本書いて、土下座してでも演者頼んで、俺らが頑張んねん。今流行りの下克上や。まだ文化祭までめっちゃ時間あるから、ほんまにあかんそうやったらその時はやめよう。だから、頼む。付き合ってくれ。」

 やはり、大翔の熱には敵わない。いつの間にか、俺はさっきまでの悩みとか暗さだとかを忘れていた。

「分かった。やろう。」

 俺はハッキリとそう返事した。俺も、大翔の熱について行きたかった。

「よっしゃ。どんな内容にしよー。」

 大翔はそう言って立ち上がると、黒板に向かった。俺も黒板に体を向ける。その先には、何か俺だけでは見れない何かがあった。

 幼馴染みでも、共に目標を語る友人も、隣にいる様でいない様な孤独感。俺はそれと共に、足を一本前へ、進める事にした。

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