第13話 Seven years after





 三月二十日。

 その日は母・さやかの二十七回忌だった。

 抜けるような青空の下、緩やかに吹く風はまだ肌寒かった。

(間に合ったようだ…)

 朝一番の飛行機で帰ってきた慎司は、寺の墓地にある母の墓石の前で手を合わせる良助と愛理の背中を見止めた。

「あっ、お兄ちゃん。間に合ったね」

 背後から声を掛けられた。

 振り返ると、妹の詩音が慎司の娘・リサと手を繋いでいた。

「お父さん、お帰りなさい。お母さんはお寺の住職さんと話しているわ」

 リサとは半月ぶりだった。

 リサの名前は、理子の『リ』と、さやかの『サ』から取った。

「慎司さん。ごめんなさいね、お忙しいのに。お元気でしたか?」

 愛理が笑顔を向けた。

「ええ、問題ありませんよ。それに毎年お世話かけて申し訳ありません」

「いいえ。とんでもないわ」

 愛理の笑顔のしわを見て、少し老けたと感じた。

 苦労したのだろう。

「慎司。あまり無理はするなよ」

 その苦労の元凶である父の言葉に、慎司は「ああ」とだけ答えた。

 最近父は変わった。

 体を壊してしばらく入院していたのだ。

 その間、愛理が詩音と交代で献身的に父の看病にあたっていた。

 浮気ばかりしていた父も、愛理の思いやりに触れ、心を入れ替えたのかもしれない。

 余暇は家族と過ごすようになっていた。

 それでも慎司は、父・良助へのわだかまりを完全に消すことは出来ないでいた。

 慎司はそんな父を余所目に、母の墓前に進み出た。

 そして娘・リサを右隣に置いた。

「お母さん。リサは四月から小学生になるよ。おれの時のように、リサのことも見守ってくれよな」

 慎司が手を合わせると、リサもそれにならった。

 合掌を終えるとリサが手を振った。

「お母さん。お父さん来たよ」

 本堂の方から美穂がきた。

「今から本堂の方でお経をあげてもらうわ。お父さんたちも移動をお願いしますね」

「ありがとう、美穂」

 と慎司は言った。

「お坊さんの準備は少しかかるようよ」

 美穂はそう言いながら笑みを浮かべ、墓地の奥に視線をやった。

 理子の墓石もこの墓地の奥にあった。

「すまないな、後から行くよ」

 慎司は美穂たちとは一人離れて、墓地の奥へ移動した。

「お父さん」

 とリサが手を繋いで付いてきた。

 振り返ると、美穂が頷いて見せた。

(気のせいだろうか?)

 美穂とリサの間に、以心伝心いしんでんしんめいたものを感じた。



 理子の命日は三月十九日。

 昨日だ。

 幼馴染とはいえ家族でもない慎司が、毎年その日に参列するわけにもいかず、母の命日のついでと言う形で、理子の墓を弔うようしていた。

 丁度、春の彼岸の時期でもあるのだが……。


 慎司は理子の墓前に立つといつも思う事があった。

(本当に、これでいいんだろうか)

 具体的な不安や不満がをあるわけではない。

 理子が死んで、一度は美穂とは破談となった。

 だが、美穂が妊娠していた事実を知り、話し合った上で、寄りを戻したというわけだ。

 もちろん、美穂は嫌いではなかった。

 理子がいなくなった以上、この世で一番好きな女性であることに間違いはなかった。

 だけど複雑な思いもあった。

(こんな馴れ初めでいいのだろうか)

 そう思いつつも、結婚生活に何の不満もないのも事実だった。


「リサは初めてだったね。この人に手を合わせるの」

 リサは小さく頷いた。

 慎司は膝を落として両手を合わせた。

 リサと目線を同じくするためだ。

 母・さやかは幸せだと言ってくれた。多分それは本当のことだろう。

 でも、もう一つの、理子の魂はどう答えてくれるだろう。

 慎司と接していたのは、大部分において、母・さやかだったと思う。

(理子は本当にこれでよかったのかな?)

 ここに来ると、「結婚してくれ」と理子を抱きしめた、あの夜の事を思い出さずにはいられなかった。

 その時の理子は、母・さやかではなく、理子自身ではなかったのだろうか。

 何故か、慎司にはそう思えて仕方なかった。


 愛しく、切なく、悲しい思いが、慎司の胸を一杯にしてしまう。

(リサがいるのに、何だよ…)

 唇が震え、瞳が潤んできた。

 すると、隣りに居たリサが、そっと慎司の頭に両手を回した。

「………?!」

「大丈夫よ。心配ないわ。みんな幸せだから」

 リサは自分の胸に慎司の顔を抱き寄せた。

「泣かないで、お父さん」

 そう言いながら、リサは慎司の髪に指を絡ませてきた。

「リ、リサ…?」

 慎司は息を飲んでリサを見つめた。 

 何処までも続く真っ青な空を背景に、リサの優しい笑顔が、理子の笑顔と重なって見えた。

「泣かないで、慎ちゃん」

「理子……!」

 慎司は思わずその名前を呼んでいた。

 リサを抱きしめながら、やっぱり慎司は、泣かずにはいられなかった。






                                fin

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