5

(……そろそろ、大丈夫かしら)


 襦袢じゅばんの上に瓶覗かめのぞきの羽織。見るからに寝間着といった格好で、桐花はきょろきょろと辺りを見回した。

 日はすっかり沈み、夜空にはきら星が瞬いている。いぬの刻を幾分か過ぎた頃合いであろうか。家人が皆寝付いた──とは断言出来ないが、ほとんどの者は床についたと考えて良い時間帯であった。

 普通なら、桐花も布団に入って就寝している時刻だが、今は良い子でなどいられない。家人に気取られないようにと細心の注意を払いながら、桐花はある場所を目指していた。


(篝さんと、今後についての作戦会議をしなくては。込み入った話は、夜更けにこっそり行うのが一番だわ)


 今日から預けられることとなった、美貌の青年──篝とは、お互いに協定を結んだ。あちらは半信半疑といった様子だったが、気長に接していればいずれ信用してもらえるだろう──と桐花は踏んでいる。

 金峰村から出る。そのために、悲劇の舞台となっていた村祭りを成功させる。それこそが、桐花の目的と使命である。

 村長である祖父を初め、この村の者たちは外界へ出ることを酷く厭っている。その理由は人それぞれなのだろうが、とにかく頭ごなしに外界を否定する風潮が桐花は好きではなかった。


(篝さんは、村の者たちとは比べ物にならないくらい賢くて聡明でいらっしゃるわ。多少お口は悪いけれど、村人たちをいっしょくたに憎むようなことはないし……。お祭りだって、何だかんだで協力してくれようとしている。きっと良い人なんだわ、素振りには出ないけれど)


 初めこそ、村長の孫娘という立場から逆恨みされるのではないか──と恐れていた桐花も、篝という青年には心を許しつつあった。

 美しすぎる見た目とは裏腹に、無愛想でぶっきらぼう、ついでにさらりと毒を吐く。しかし其処にへつらったりおもねったりする風は見受けられず、思ったことを包み隠さずに物申すその姿には小気味良ささえ感じる。桐花が今まで出会ったことのない人間だった。


(……篝さんになら、“あのこと”を話しても伝わるかしら)


 ぼう、と考えながら歩いていた矢先──桐花の鼻先に、温く程よい弾力のものが当たった。


 ──人の体だ。


 桐花の心臓が跳ねる。反射的に、彼女の足は後退を促す。

 まさかまだ起きていた者がいたとは。そういえば、篝の滞在に際して見張りも強化されているのだった。屋敷の周囲だけではなく、内部を警護していても可笑しくはない。


「──み、君。大丈夫か? 怪我はしていないか?」


 冷や汗が背中を伝う感覚に顔を青くさせていた桐花だったが、心配そうにかけられた声に思わず顔を上げた。

 見れば、其処には眉をハの字にした青年がいる。桐花のことを咎めるでも怪しむでもなく、純粋に案じるかのような──一種の慈愛さえ感じさせる眼差しをしていた。


「え、ええ、大丈夫。ぶつかってしまって、ごめんなさい」


 夜闇の中だというのに、青年の顔ははっきりと見えた。動揺しながらも、桐花は彼の顔を見上げて謝罪する。

 年の頃は、自分と同じ程度だろうか──と桐花は推測した。童顔だが、体つきが比較的逞しいので幼さというものはあまり感じられない。何処にでもいそうな、桐花のよく見ている村人たちと変わりない風采をしている。

 それゆえに、桐花は疑問を覚えた。どうしてこのような格好の青年が、手ぶらで此処にいるのだろう──と。


(泥棒──には見えないし、何よりも此方に危害を加えてくる様子がまるでないわ。第一声は私の心配だったし……。でも、この屋敷の使用人だったら見覚えがあるはずだけど、こんな方がいたなんて記憶にない……。この方、一体何者なのかしら)


 じっ、と青年を観察していると、彼は気恥ずかしそうにはにかんだ。


「そ、そんな風に見つめられると照れてしまうな。俺の顔に何か付いているかい?」

「いいえ、見かけない顔だと思って。でも泥棒には見えないし、何よりも良い人そうだし……。あなたが何者なのかって、考えていたの」

「君は素直だなあ」


 ──思ったことをはっきりと言えるなんて、簡単に出来ることじゃあないぞ。

 青年は、照れ臭そうに頬を掻きながらそう言った。あまり異性と接したことがないのだろうか。必死に顔を逸らしている。

 恥ずかしがり屋さんなのかしら──と思いつつ、桐花は青年に向き直った。いつまでも駄弁っている訳にはいかない。


「それよりも、あなたは此処で何をしようとしているの? 言っておくけれど、此処は村長の家よ。許可もなく勝手に侵入したことが露見したら、きっと村八分じゃ済まないわよ」

「しかし、君は告げ口をするつもりなんてなさそうだが」

「まあね。私、こう見えて悪い子だから。これから、逢い引きに行くのよ」


 ふふん、と桐花は胸を張る。本当のところは篝に会いに行くだけなのだが、たまには大人ぶってみたかったのだ。

 しかし、青年はなるほど、と手を打っただけだった。桐花としては、面白みのない反応である。


「それなら、俺も同じようなものだよ。俺にも会いたい者がいるんだ。たまたま昨日知り合ったんだが、何故だか放っておけなくてなあ。話によれば此処にいるというから、皆が寝静まったところを見計らって忍び込んだという訳だ」

「……ちょっと待って。それって」


 内緒だぞ、と口元で指を立てた青年に、桐花はさっと顔色を変える。

 ──確証はない。だが、辻褄つじつまは合う。

 不思議そうな顔をしている青年に、桐花は向き直る。そして、声を潜めて問いかけた。


「その知り合いって──もしかして、篝という名前じゃなくて?」


 窺うような桐花の問いかけを──青年は、破顔することで肯定の意を示した。


                ※※※


 季節は夏だが、山間部ということもあってか夜は涼しい。

 いそいそと布団を敷きながら、篝はふぅと息を吐いた。風呂に入って汗を流したからか、さっぱりとして快い。


(明日からどうなるかはわからんが、一先ず今日は至れり尽くせりだったな)


 間ノ瀬家での篝の待遇は、客人という枠を超えているようにも思えた。実際は客人ではなく身代わりの舞い手という立場ではあるが、それでも此処までの厚待遇とは予想外であった。

 桐花いわく、これから舞い手としてのいろはを学ぶことになるらしい。代々続く村の神事というから、軽々しい気持ちで受けて良いものではないだろう。

 篝は見目こそ抜きん出て麗しく整っているが、芸能の類いに通じたことはほとんどない。生まれてこの方一度も触れたことがない──というところまではいかないが、観客という枠組みの中にしか留まったことはなく、披露する側に立ったことは皆無だった。

 そんな自分が、名も知らぬ神のために舞を捧げることになろうとは。篝は思わず笑ってしまいそうになる。

 ──と、此処で襖が叩かれる。誰かやって来たらしい。

 篝は作業の手を止めて、す、と目を細める。このような夜分に来訪する──ということは、それなりの事情があると見て差し支えはなさそうだ。


「……誰だ。名を名乗れ」


 声を潜めて、篝は尋ねる。名乗れない者であれば決して開けまい、と思いながら。


「……篝さん、私よ。間ノ瀬桐花よ。お話ししたいことがあるのだけれど、入っても良いかしら? 苅安さんという方もいっしょにいるのだけれど」


 返答はすぐにやって来た。桐花の声である。

 しかし、何故彼女と苅安が行動を共にしているのだろう──と篝は疑問を覚えた。

 苅安には、座敷牢で拘束を解いてもらい、食事をいただいたという恩がある。この村の祭りに関して教えてくれたのも苅安だ。本名や土着の神に関しては口を閉ざしたままだが、一応は信用出来る人間といっても良いだろう。

 しかし、苅安はこの村では然程地位の高くない人間──と受け取るのが妥当である。集会場に彼の姿はなかったし、彼に似た面立ちをした人物もいなかった。苅安の家は、あの場に呼ばれていなかったのだろう。

 とにもかくにも、彼らをいつまでも外で待たせている訳にはいかない。篝は襖を開けると、来訪者を室内へと誘った。


「やあ。昨日ぶりだな、篝」


 桐花と共にいたのは、間違いなく苅安であった。人懐っこい微笑みを浮かべて、気さくに片手を上げる。

 彼の隣にいる桐花は、篝と苅安の顔を交互に見遣ってから、怪訝そうな顔で問いを投げ掛けた。


「篝さん、この方……苅安さんとはお知り合い、なのよね? あなたのお部屋に向かおうとする途中で鉢合わせたのだけれど……」

「……お前、他所様の──しかも村長の家に、よく忍び込もうと思ったな。良くて村八分、最悪消されるぞ」

「あ、あはは……。無理そうだったら諦めようと思ったんだが、案外上手くいってな。すれ違ったのも彼女で良かった」


 じっとりと白眼視する篝に、苅安は困ったように眉尻を下げる。出会ってからそう時間も経っていないが、すっかり見慣れた表情だ。

 もし鉢合わせたのが桐花でなかったらどうするつもりだったのだろう。他人のことだというのに、自分のことのように心労が募る。

 昨日は、苅安が座敷牢の見張りでもしたのだろうか、と考えていたが、この調子ではこっそりと侵入した線が濃厚になってきた。何処まで冒険するつもりなのだろうか、という不安感が篝の胸をざわめかせる。

 とりあえず、桐花にはこの男のことも説明せねばなるまい。ごほん、と咳払いをしてから、篝は口を開く。


「こいつは、昨日座敷牢で知り合った男でな。俺にこの村の事情や、祭りについても教えてくれた。──こうも無茶をする阿呆だとは思ってもいなかったが」

「阿呆はないだろ、篝。上手くやっているんだから良いじゃないか」

「道理に敵っているなら俺も口喧しくは言わんが、くれぐれも周りに迷惑をかけてはくれるなよ。特に俺はこのような身の上だ。下手すれば山々に連なる木々と栄養分にされてしまいかねん」

「ううん、今の時点で十分口喧しいんだよなあ」


 くどくどと小言をぶつける篝を前にしても、苅安は全く動じない。むしろやんわり言い返してくる始末である。

 この青年にはある種の気味の悪さを感じていたが、それに加えて御しにくいことこの上ないことも判明した。詰まるところ、篝の苦手とする部類の人間だったのだ。

 悪事に手を染めている訳ではない。見ていて不快になるようなこともない。

 しかし、ただひたすらに危なっかしく、何処を見ているのかわからない。全くもってわからない。喜怒哀楽全てを笑顔で表現するこの青年のことが、篝には掴めない。


「ねえ、ちょっと。言い争いよりも先にするべしことがあると思うのだけれど」


 ぱぱん、と小気味良く手を叩く音が鳴る。篝の意識は、思案の内から現へと一気に引き戻された。

 見れば、置いてきぼりにされた桐花が頬を膨らませていた。仲間外れにされた、と感じたのだろうか。拗ねた子供のような、いとけない仕草である。

 そういえば、来訪の理由を聞いていなかった。気を取り直して、篝は桐花の方へと視線を向ける。


「──して、何故お前は俺のもとへ? 村祭りの打ち合わせならば、明日でも良いだろうに」

「たしかに、村祭りに関してもお話ししておかなければならないけれど、それよりも大事なことよ。私たちの“計画”に関しては、お日様の昇ってる間だとなかなか話し合えないでしょう?」

「──“計画”?」


 桐花の言葉を、苅安が不思議そうに反芻する。

 篝はおい、と思わず声を上げた。この箱入りじゃじゃ馬娘は、何処まで軽率なのだ──と。


「お前、それを軽々しく口にして良いのか? たしかにこいつは俺の恩人だが……」

「だって、苅安さんはあなたに村祭りでの悲劇について教えて差し上げたのでしょう? それってつまり、今の村の状況を憂いているということよね。それなら、利害は一致しているじゃない。味方は少ないより多い方が良いと思うの」

「だからと言ってもなあ……」


 ちら、と篝は苅安を横目で見る。

 刺々しい視線を向けられたことに、苅安は少なからず不満を抱いたのだろう。ふにゃり、と再び苦笑いが浮かぶ。


「嫌だなあ、そう警戒してくれるなよ。君たちの計画がどのようなものかはわからないが、詰まるところ犠牲を出さずに村祭りを終わらせる──といったところだろう? 其処の彼女が言う通り、俺も村祭りの現状はどうにかしなければならないと思っている。でなければ、わざわざ村長の屋敷に忍び込んでまで君と接触を図ろうとなどしないさ」

「それはそうだが……」

「それとも、篝は俺がいて何か都合の悪いことでもあるのか?」


 ずい、と苅安の顔が近付く。くりくりとした丸い瞳が、篝を射抜く。

 苅安に確固とした疑惑がある──という訳ではない。むしろ、彼は“此方側”の人間だろうと考えている。


(だが──こいつは、あまりにもわからん)


 苅安の思惑。己を助ける理由。それが、篝にはさっぱりわからない。

 いっそ苅安が合理的で、効率性を第一に考えて動くような人間であれば、此処まで頭を悩ませることもなかっただろう。

 しかし、彼は利害で動いているようには見えない。ただ、助けたいから助けた──とでも言うように、平気でその身を危険に晒したようにしか受け取ることが出来なかった。

 信用するに足る男ではある。だが、同じ目標のために協力し合う──となると、どうしても不安が拭いきれなかった。


「……いや、特にない。ただ、無謀なことを仕出かして自滅しないかという懸念があるだけだ」


 まさか内心をそのまま吐露する訳にもいかないので、篝は苦し紛れにそう伝えた。半ば誤魔化しきれていないが、気にしてはいられない。

 苅安は、なあんだ、と破顔する。


「篝はお人好しだなあ。そんなに心配しなくても、上手く立ち回れるよ」

「これから何が起こるかわからんだろう。どうしてそう呑気でいられる」

「もう、篝さん。そうつんけんとするものではなくてよ。“上手く立ち回る”ためにも、話し合いをすべきなのでしょう」


 私のこと仲間外れにしないで、と言わんばかりに桐花が割り込んでくる。


「私たちの目的は、犠牲者を出すことなく村祭りを終わらせること。そのためには、これまでの事件の謎を突き止めなくてはならないわ」

「神楽舞の舞い手が、揃いも揃って不審死するということか?」

「そう。死因は人それぞれだけれど、神楽舞を舞った者は必ず村祭りから一月もしないうちに亡くなっているの。自殺、と言ってしまえばそれで片付いてしまいそうだけど、舞い手たちが皆心を病んで……ということはなさそうでね。死ぬ前日まで、元気で健康だった娘も少なくはないと聞いているわ」


 死ぬかもしれないという恐怖はあったのでしょうけれど、と桐花は付け加える。


「そういった訳だから、私が物心ついた時には呪いだ何だと騒がれていたわ。村祭りも、お目出度いものというよりは恐ろしいものという印象があるし……。昔は、お祝い事だったらしいけれど」

「呪い、とは言うがな。舞い手たちは誰に呪われているというんだ?」


 此処で、篝が口を挟む。桐花、そして聞き役に徹していた苅安が顔を上げた。

 一気に注目されるのは居心地が悪い。篝は少し間を置いてから発言する。


「呪いというものは、呪う側と呪われる側があってこそ成り立つものだ。呪われるのが舞い手たちだというのなら、彼女らは誰に──いや、何に呪われている? 呪い、などと口にするからには、心当たりがあるんじゃあないか?」

「そ、それは──」

「ああ──もしかして、土着の神が呪詛を吐いているのではあるまいな」

「──それは、違う」


 揶揄からかうような色を帯びた篝の言葉に、真っ先に反論する声があった。

 篝はつ、と視線を上げる。その先には、珍しく顔をしかめた苅安がいる。


「多分──それは、違うと思う。確証はないが」

「ほう? 何故そう言える」

「この土地の神は──もともと、別のものだったんだ」


 話せば長くなるんだが、と苅安は申し訳なさそうな顔をした。

 篝は疑問をわかりやすく顔に出す。


「別のもの──とは。一体、どういうことだ?」

「俺は神事を執り行うような──偉い家の者ではないから、詳細なところまではわからない。だが、伝承によると、現在の神が祀られるようになったのは、百年程前からなんだ」

「百年……? それはまた、信仰としては新しいな。何か、転機となるようなことでもあったのか?」

「──鬼、だったのよ。かつてこの村で祀っていたのは」


 未だ疑問が解決しない、といった様子の篝に答えたのは桐花だった。

 先程まで明朗快活だった少女はなりを潜め、不安げに両手を組んでうつむいている。語ることそのものを、忌避すべきことと受け取っているかのような反応だ。


「かつてこの村の者たちは、不死の鬼を生き神として祀っていたらしいの。村祭りでは生贄を捧げる儀式もあったらしいけれど、それ以外で村人の命を狙うことはなかったようだし、神として崇められていたんですって」

「鬼を──ねえ」

「でも、百年くらい前に、村人の一人がその鬼の正体を看破して、後々に打ち倒したらしいの。それからというもの、その村人は鬼を倒した英雄として祀られているわ。詰まるところ、今の神は鬼を倒した村人という訳」


 あくまでも伝承だから、本当のところはわからないけれどね──と桐花は締め括った。

 英雄譚としては、そう珍しくもない話だと篝は思う。民を害する邪を、英雄が祓う。形は違えど、同じような伝承は幾つも存在するだろう。

 しかし──村祭りの現状と結びつけるには、どうにも不可解である。


「では、お前たちは──その呪いの正体は、現在の神に打ち倒された鬼である、と。そう言いたいのか?」


 腕を組み、篝は問いかける。納得した──という風には見えない。

 桐花はう、と唸ってから、心許なげに苅安を見た。彼女からの視線を受けた苅安は、そっと目を伏せる。


「……村では、そのように信じられている。違和感がある、というのはわかるが──最早過去の鬼が原因である、としか考えられないんだ。この村は、外界との関わりがほとんどないから」

「村の連中は、過去に存在したと伝承される鬼を原因だと考えることで、自らを納得させている──と? ──ハ、馬鹿馬鹿しい。この事態を解決する気など更々ないじゃないか」


 篝は笑う。それは、此処にいない村人たちに対する嘲りである。

 しかし、その笑いを遮るように、苅安が口を開く。


「……だからこそ、解決しなければならないんじゃないか。彼らの誤解を解くためにも、意志を持つ者が動くんだ」


 苅安は、まるで自分が嘲られていたかのように痛ましい表情をしながら、両手を伸ばして篝の肩を掴んだ。逞しいその腕にがちりと掴まれたのでは、華奢な篝はたじろぐしかない。

 しばらくの間、篝と苅安は無言で相対していた。

 人好きのする苅安の面立ちだが、この時ばかりは妙な威圧感をかもし出している。篝は言葉を発することも出来ず、ただ苅安を睨み付けることでしか抵抗が出来なかった。


「……と、とにかくよ。私たちの手でお祭りをどうにかしなくてはならないという事実は変わらないわ」


 見かねたのか、半ば強引に桐花が割って入る。

 隔絶された村の中でも、特に縛られて生きてきた彼女は、仲間内でいさかいを見ているだけでも辛いのだろう。口調こそ気丈であったが、今にも泣き出しそうな目をしていた。

 桐花の制止によって、やっと苅安は篝から離れる。彼は一度うつむいてから、すぐにもとの──困ったような苦笑いを浮かべた。


「──ごめんな、少し熱くなってしまった。俺も、村祭りを何事もなく終わらせたいんだ。この村──金峰村は、無二の故郷だからな」

「そ──うか。いや、謝る必要はない」


 先程とは全く異なる雰囲気に、篝は少なからず圧倒された。故に、短くそう返す他になかった。

 ──この青年は、ただ者ではない。


「じゃあ、そろそろお開きにしましょうか。明日は、他の舞い手との顔合わせもしなければならないし。長居していたら家人に怪しまれてしまうしね」


 何とも言えない空気を断ち切ろうとしているのだろうか。桐花が、やけに改まった口調でそう言った。

 苅安も異論はなかったらしく、ああ、とだけ返答して立ち上がる。その背中は、やけに物寂しく見えた。


「か──苅安」


 自分でも、意識して声をかけた訳ではなかった。しかし、何か言わなければと、篝は反射的に思った。

 驚いたように振り返る苅安を、篝はかくと見上げる。声を出すことさえも、この時の篝には勇気が要った。


「き──気を付けて、帰れよ」


 飛び出たのは、何の変哲もない見送りの言葉。自分でも、もっと他に言うべきことがあっただろうと思えてならなかった。

 だが、苅安にとってその言葉は悪いものではなかったらしい。ふにゃり、と相好そうごうを崩して勿論、と答えてから、苅安は篝の部屋を後にした。

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