第7話 森へ

 思えばコアラさんは最初から私の意地汚い目論見になんて気が付いていたと思う。

 だって、お湯を沸かすことなんて彼にでもできることだもの。

 彼は分かっていて私の話に乗ってくれたんだ。

 浅はかだった自分のことではなく、コアラさんの優しさを理解した私はおさまりつつあった涙が再び溢れ出してしまった。


「え、えぐ……す、すいません。な、泣くつもりなんてなかったんですが」

「気にするな。森は怖いと思っているんだろ。確かに甘いところではないけど、どこだって住めば都だって」

「は、はい。そうですね。ユーカリもありますものね」

「おう。ドロップからしかゲットできないことに悪意しか感じないがな」


 「ははは」と愉快そうに笑うコアラさんにつられ、私にも笑顔が戻る。

 

「旅装用のお店に案内します。冒険者ご用達でなかなか評判もよいのですよ」

「おう、待ち時間もまだまだあるし、丁度いい」


 コアラさんをよいしょっと抱っこして次なる店に向かう私たちであった。

 

 ◇◇◇

 

 野外活用に使う道具を買いそろえることで時間がかかってしまって、槍の受け取り時刻を随分と回ってしまう。

 武器屋に顔を出すと、店員さんが飛ぶようにやってきてコアラさんにもみ手をしていた。高価な武器を即決したお客様だものね、コアラさん。

 店員さんの態度が変わるのは当然と言えば当然なんだけど、あまりの豹変ぶりにくすりとしちゃった。

 

「お連れ様の装備も調整が済んでおります」

「おう。ありがとう。試着してもらってもいいか?」

「もちろんです! ささ、どうぞ。お嬢さん」


 え?

 どういうことなのかな……。

 あれよあれよと試着室に連れて行かれた私は、やたらと肌ざわりのよい生地でできた服を手渡される。

 淡い紫色の布は高価なベルベットのようで、触れた感じ……これ、魔法までかかっているんじゃあとタラリと冷や汗が出たの。


「コアラさん!」


 外で店員さんとお話している様子の彼の手を引き、試着室の中に引っ張り込む。


「いやあ、お礼を受け取ってくれかなったから、すまん。強引だったよな」

「い、いえ、とっても嬉しいです。ですが、これ」

「ああ。気にするな。そんな高いものじゃあない」


 ひらひらと手を振って試着室を出て行くコアラさん。

 い、いいのかな。

 で、でも。スカートのレースも繊細で可愛いし、控え目にあしらった花柄も素敵だ。

 い、いいんだよね。

 迷いながらも、服を脱ぎはじめる。


「あ、そうそう。コレットが掴んでいたワンドも買っておいたからな」

「コアラさんー!」


 手だけを試着室から伸ばし、コアラさんを再び中へ引っ張り込む。

 下着姿だったけど、構わないもん。だって、コアラさんは私のペットなんだもの。

 

「着かたが分からないと言われても俺にも分からんぞ。女性店員を呼ぶか?」

「特に変わった服じゃあありませんので、大丈夫です。ワンドまで購入されたのですか?」

「おう、そうだよ。あのワンドは服のおまけみたいなもんだ。その服は回復術師にいいんだってよ」

「魔法がかかっていると思っていましたけど、これ、法衣なんですか!」

「知らん。まあいいじゃないか。見た目が気に入ればそれでよしだ!」


 するりと私の手を抜け出したコアラさんが逃げるように試着室の外に出て行ってしまった。

 

 こ、これとっても可愛い!

 思わずクルリとその場で一回転すると、ひらりと膝上のスカートが舞う。

 結局、言われるがままに服……ではなく法衣を着たんだけど、あつらえたかのようにピッタリだった。

 胸とお尻のサイズまでバッチリなんだけど、コアラさんの仕業? ではないと思う。

 お店の人が見繕ってくれたんだろう。だって、コアラさんが人間の形に詳しいわけがないもの。

 

 試着室を出ると、コアラさんと店員さんが二人揃って「似合う似合う」と褒めてくれた。

 てへへと照れるものの、何だか踊らされているような……でも、コアラさんの気持ちが嬉しかったからいいんだ。

 彼はお礼を受け取ってくれない私に何とかしてお礼をしたいと思ってくれた結果がこの装備なのだから。

 金額のことは考えないようにしなきゃ。倒れてしまうかもしれないもの。

 そう、気持ち。気持ちが大事なんだから。でも、いつかきっと彼におかえしをするんだ。

 何にしようかなあ。コアラさんは丸裸だし……装備となると難しいかも。

 だったら便利な魔道具とか、そのようなものを考えよう!

 

 店を出た私たちは、宿に向かわずそのまま街を出る。

 そして、完全に日が落ちる前に森の入り口に到着したのだった。

 

 ◇◇◇

 

「ね、眠いです……コアラさんー」

「もう少しだ。あと少し起きているんだ。あとちょっとで日が出てくる」

「は、はいい」

「もう一度確認だ。安全第一で、今日は入り口にキャンプをする。明日からは森の中に入るからな」

「ここで野営でいいのですよね」

「おう。夕暮れになったら起きるから、そのつもりで」


 森の外ならそのまま寝ても危険は少ないと思う。

 でも、コアラさんはちゃんと幌を張って、魔除けのお香と鈴を準備しろって言うの。

 私の安全のためだと言われたら、断るわけにはいかなかった。

 何で夜に行動しようとしているのか、私には分からない。でも、最初にあった時、コアラさんは「夜の方が安全」と言っていたきがする。

 だから、昼夜逆転生活を行うとしているのかな。慣れるまで少し辛いかも……。

 

 魔除けのお香だって安いものじゃあないんだけど、惜しげもなく使えというコアラさんに感謝しつつお香に火をつける。

 幌には魔除けの鈴を吊って、準備完了だ。

 魔除けのお香は低レベルのモンスターを寄せ付けなくしてくれる効果があって、魔除けの鈴はモンスターが近くにくると音で知らせてくれる。

 お香から涼やかな香りが漂ってきて、眠気が加速してきちゃった。

 

「つーんとする! ちょ、ちょっと俺はそこの木の上に行く。そこからならここまで届くから安心して眠ってくれ」


 嫌そうに目を細めたコアラさんは両手を頭に引っ付けてぶんぶん首を縦に振る。

 え、えっと。魔除けの鈴は鳴らないよね?

 コアラさんが木の上に登るまでじーっと彼を見ていたけど、幸い鈴が鳴ることは無かった。

 ほっと一安心して、幌の中に入って寝そべるとすぐに意識が遠くなっていく。

 

「おやすみなさい。コアラさん」


 ぼそりと呟き、起きた後のことを考えようとしたところで眠ってしまう。

  

 ※お読みいただいたみなさまへ

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 本作は「異世界に来たらコアラでした。地味に修行をしながら気ままに生きて行こうと思います」に出てきたコレットのスピンオフ作品でした。

 コレット視点で再構成しようと書いておりましたが、力が足らず本作はここで終わりとさせていただきます。大変申し訳ありません。

 異世界に来たらコアラは自作の中でもかなり気に入った作品です。

 いつか、コアラ視点の続きを書きたいと思っております。

 また、次回作でお会いできれば幸いです。

 うみ


異世界に来たらコアラでした。地味に修行をしながら気ままに生きて行こうと思います

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892034875

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もふもふ大賢者の弟子〜聖女を目指していた私ですが、木登りして弓を構えちゃってます。楽し過ぎる森林生活!~ うみ @Umi12345

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