第6話 お断りです

 無邪気に喜ぶコアラさんのもふもふした様子に目を細めていたら、彼が思わぬ行動に出たの。

 彼の足元に多数のゴルダがばら撒かれたんだ! アイテムボックスから出したってことにすぐに気が付いた。


「コアラさん、お金はちゃんと仕舞っておいた方が」

「ん。これは、コレットに。俺にはもう必要ないからな。ほら、報酬は山分けだって言ったろ」

「そんなこと聞いてないですけど……」

「じゃあ、お礼だってことで。いやあもう、天にも昇る気持ちだよ。ありがとう、コレット。ありがとう、ユーカリ茶」


 謎の踊りをするコアラさんについついつられて頷きを返しそうになってしまう。

 そ、それに大金が彼の足元で私に「おいでおいで」って囁いている。

 ダ、ダメなんだから。お金ってそういうものじゃあないのよ。コレット。

 身に余る大金は身を滅ぼすってお父さんが口を酸っぱくして言っていたじゃない。自分でちゃんと稼いだ地に足がついたお金じゃないと。

 で、でも、ちょっともったいないかも。

 ぶんぶんと首を振り、ええいと自分に喝を入れる。


「コアラさん!」

「ん?」

「槍を買うって言ってたじゃないですか。このお金は槍に使いましょう」

「あ、そうか。槍が壊れてしまったら、ユーカリをゲットできなくなってしまうな。よし、じゃあ、さっきの牙を売ってから武器屋に行こう」

「はい!」


 私にしてはなかなかの機転でコアラさんの考えを変えることができた!

 でもコアラさん。これだけの大金で買うことができない槍を狙っているのかな。やっぱり強い人は装備に拘るものなのね。

 

 ◇◇◇

 

 ベノムウルフの牙を追加で三本売却してから、街一番の武器屋に向かう。

 そこでコアラさんは「一番いいものをくれ」とカッコよく店主に言ってのけたの!

 コアラさんが中年のおじさまだったら、恋をしていたかもと思っちゃった。

 

 思いっきり顔をしかめた若いお兄さんの店員さんが、どうだとばかりに見事な白銀の槍を持ってくる。

 お値段は15万ゴルダ。

 対する即購入を決める男らし過ぎるコアラさん。酒場でバーボンを飲むコアラさんの姿を想像しちゃうほど。

 

「穂先からこれくらいの長さにしてくれ。スパッと切ってくれるだけでいい。加工代が必要なら払う」

「は、はい。只今!」

「それと、コレットにも何か装備を。杖だったよな?」

「い、いえ。私は必要ないです」


 店員さんとやり取りしていたコアラさんが急に私へなんて言うものだから、急いで口を挟む。


「そうか、俺はこの兄ちゃんと長さの調節をしてくるから、ちっと待っててくれ」

「はい!」


 とことこと店員さんの後ろをついていくコアラさん。

 手持無沙汰になった私は、お店に置いてある装備を眺めることにしたんだ。

 

 あ、このワンドなら私でも持てるかも。

 60センチほどの長さがある細長い白銀の棒みたいに見えるワンドを手に取る。

 先端に小さなサファイアがあしらわれており、とても可愛い。お値段は可愛くないけど。

 すぐにそれを元の位置に戻し、今度は服を見に行く。

 いろんな法衣が置いてあって、はああと声が出ちゃった。

 一応、回復術師をやっている私としては、いずれ法衣を纏いたい。昔は法衣といえば厳粛で裾が床をつきそうで全身をくまなく覆うだぶたぶしたものしかなかった。

 だけど今は、いろんな柄や色があるんだ。

 スカートもあるし、袖のないものまであるの。

 

「お待たせ。コレット」

「コアラさん。もう用意は済んだのですか?」

「おう。一時間くらい待てってさ。ユーカリ八枚くらい食べてたら時間がたつな」

「……そ、そうですか。外で待ちますか?」

「うん。ここは人が多いから、変な注目を受けちゃうから」

「はい」


 コアラさんを抱っこしてお店を後にする。

 

 ◇◇◇

 

 人通りの少ない路地の脇にあるベンチに腰かけた私はコアラさんを膝の上に乗せた。

 もふもふした毛皮があるからか、彼に触れていると汗をかくほど体が温かくなる。

 

「いろいろ、手を焼いてくれてありがとうな。人間にもいろいろいるもんだな」

「そんな。コアラさんは恩人です。お礼だって街へ連れてきただけですし」

「そんなことはねえぞ! 俺にとってユーカリ茶と出会い、コレットにユーカリ茶を買ってもらった。これが俺にとってどれほどのことか君には分からないのかもしれない。だけど、俺はこの世界にきてこれほど人に感謝したことなんてなかったんだ」

「あ、は、はい」


 ど、どうしよう。熱弁するコアラさんの気持ちがまるで分からないの。

 で、でも。私が彼に協力したことを本当に喜んでくれているってことは伝わってきた。

 ここで言わなきゃ。彼は目的のものを全て手に入れたのだから、森に帰ってしまう。そうなると彼とは二度と会えなくなっちゃうのだから。

 

「コアラさん」

「どうした、改まって。俺にできることなら何でも言ってくれ。コレットはお金も要らないと言うし」

「あ、あのですね。そ、その」

「言い辛いことなのか? 色恋とか容姿のことを聞かれてもコアラだから分からんぞ」

「ち、違います! 色恋なんてする人はいませんし。よ、容姿は子供っぽいことを自覚してます。今更どうということはありません」

「お、おう。すまんかった」

「い、いえ。あ、あのですね。コアラさん。私をあなたの弟子にしてくださいませんか?」


 やっと彼に伝えたかったことを言えたよ!

 私の決意。それはコアラさんの弟子になることだったの。

 冒険者になって一年近くたっているけど、私は一向に初心者から抜け出せないでいた。

 ちっとも上達していることを実感できなかったの。努力は私なりにしてきたつもりだったのだけど、まるで成果があがらなかった。

 一年も経てば、みんな少しは上達しているものだ。だけど、私は……才能が無いと言ってしまえばそれまでだけど、ここで諦めたくないの。

 私は変わりたい。

 コアラさんに迷惑をかけちゃうかもしれないけど、人間ではない彼なら私もこれまでにない何かを掴むことができるかもしれない。

 彼は強い。私が想像できないほどかけ離れた実力を持っている。

 槍を使うというから私とはまるで戦い方が違うだろう。だけど、「戦うこと」に関しては、彼から師事を受けることができると思うんだ。

 

「うーん。俺の戦い方は特殊だからな。人間であるコレットが真似をすることは危険な気がするなあ」

「あ、あの、ご迷惑だと言う事は重々承知してます。で、ですが、お傍に置いていただけるだけでも、そ、それに」

「うーん。護ることはできると思う。森のモンスターはある一体を除きそこまで脅威ではない」


 渋るコアラさんに何とか食い下がろうとする私。

 な、何か彼を説得できるようなことがあれば……あ!

 

「ユーカリ茶を飲むにはお湯を沸かしてぐつぐつ煮込まないとなんですよ。私ならコアラさんにユーカリ茶を淹れることができます」

「お、おおおお! そ、そうだった。そいつは盲点だったあ! コレット、弟子になりたいってことは、森について来てくれるってことだよな?」

「はい。もちろんです」


 ズルい私でごめんなさい。コアラさん。

 言葉に出さず、彼に謝罪する。

 だけど、どうしてもコアラさんについて行きたかったんです。それに、彼にユーカリ茶を淹れるのも欠かさずやります。

 と続けて声に出さず心の中で呟く。

 

「そうと決まれば、できる限りの安全を確保しなきゃだな。コレットの。お金で買うことができる安全は買いに行こうぜ」

「あ、あの。私の?」

「おう。もちろんだ。コレットが少しでも安全になれば、俺がそれだけ自由に動くことができるだろ? 俺のためでもある。さあ、サバイバルグッズを揃えに行こうぜ」

「あ、ありがとうございます。コアラさん」


 コアラさんのバレバレの「俺のために」という言葉に騙すようなことを言って彼にお願いを聞いてもらった私と比べてしまい、ぽろぽろと涙が出てくる。

 私の膝の上で立ち上がった彼はポンと私の肩を叩き、慰めてくれたんだ。

 その優しさに私の涙腺は完全に崩壊してしまった。

 声をあげて泣く私に対し、コアラさんは静かに見守ってくれたんだ。

 

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