第5話 あうあうあー

「そうか。俺も一個以上持つのは厳しいな、二個にしとこう」

「は、はい……その牙はコアラさんが倒したのですか?」

「うん。こいつ、ユーカリの葉をドロップするんだよ」

「え、あ、はい」


 私は大きな勘違いをしていたの。

 コアラさんは小さな体を活かして、ゴミドロップとして名高い打ち捨てられたままになったユーカリの葉を拾い集めているものだと思っていた。

 だけど、コアラさんはモンスターを倒してゴミドロップユーカリの葉を集めていたんだ。


「魔の森にいるモンスターは素材ともう一つのアイテムをドロップするのはご存知ですか?」

「うん。牙やら鱗やらとユーカリがドロップする。でもたまに、ユーカリが出ないことがあるんだよ! せっかく倒したってのに」

「コアラさん、それ……逆です。冒険者ギルドから受けた説明ですが、もう一つのアイテムは殆どが外れで極まれにレアが出ると」

「そんなもの要らねえ! ゴミだよゴミ」


 ……。絶句しちゃった。

 モンスターを倒すと必ず素材アイテムが手に入る。もう一つのアイテムは大当たりか外れのどちらかなの。

 外れは笹かユーカリ。大当たりは宝玉とか――。

 

 ゴロン。

 無造作にルビーのような透き通った赤色の丸い球が地面に転がった。

 両手に収まるくらいの大きさがあるそれ……。

 

「コ、コアラさん。それレアドロップじゃないですか!?」

「ユーカリが出なかった時に出たゴミだ」

「え、あ、はい」

「あと、気をつけなきゃならんことが一つある。笹しか出ねえモンスターがいっぱいいるんだ」

「それです! 中級以上のモンスターはユーカリをドロップするようになるそうです」


 そうなの。

 私が笹だけを集めていたのはそういうこと。

 私のような初心者冒険者だけでなく、中級冒険者が複数でかかってやっと倒すことができるモンスターが中級モンスターと言われている。

 コアラさんは一人で、そんなモンスターを狩り続けているってこと。

 だって、あれだけユーカリの葉を食べているのだもの。相当数を仕留めているに違いない。

 こんな小さな体でどうやって? 

 あ、そうか。大賢者様なんだもの、魔法でどーんとモンスターをやっつけちゃったんだ。

 攻撃魔法かあ。私は回復術師だから、成長しても使うことはできないかな。

 カッコいいな。コアラさん。見た目はとっても愛らしいのに。

 

 羨望の目でコアラさんを見ていたら、彼はいつものように自然な動作でユーカリの葉を口に運ぶ。

 変わらぬ彼の動きにくすりときてしまった。

 

「よし、これを持ってさっきの女のところに戻ろう」

「コアラさん、その大きな宝石みたいなアイテムは仕舞っておいたほうが」

「確かに。一回目だし控え目な方がいいよな。変に怪しまれても困る」

「はい!」


 そんなわけで、白い牙を抱えて冒険者ギルドに戻る私たち。

 

 ◇◇◇

 

「あ、ああう。うー」

「コレット」

「あ、ううう」

「コレットー。おおい」

「……コアラさん。私いつの間にギルドを」

「意識が飛んでいたのかよ。安心しろちゃんとお金はアイテムボックスに入れておいたから、落とす心配はないぞ」

「お金。あ、あんな大金……怖いですうう」

「ちょ、ま、落ち着け、落ち着くんだコレット。こんな時は素数を数えるんだ」

「そ、素数ですか」


 素数って確か、他の数字で割ることができない数字だったよね?

 え、ええと。

 ……あ、突拍子もないことを言われてしまったことで、気持ちが落ち着いちゃった。


「よし、正気に戻ったところで、ユーカリ茶を買いに行こう」

「買いに……。っつ! コアラさん、そ、そんな平然としている場合じゃあないですよ! あんな大金見たことがないです」


 コアラさんの出した大きな白い牙はベノムウルフというモンスターのドロップアイテムだったの。

 ウルフという名前から狼型のモンスターなのかなと予想ができる。だけど、牙一本の売値が10万ゴルダだった!

 わ、私の一ヶ月以上の稼ぎをたった一本の牙が……なんだよ!

 お姉さん曰く、ベノムウルフはモンスターランクAなんだって。Aだよ! A!

 モンスターランクAは、熟練の冒険者さんたちが複数で挑む相手なんだ。それをコアラさんが少なくとも三体は仕留めているなんて。

 二本で20万ゴルダというお金もさることながら、コアラさんの高い実力にあこがれちゃった。

 すごいなあ。コアラさん。

 こんなに小さな体なのに、見たことのない強力な魔法を使うんだろうな。

 

「人間が使う金に興味はない。だけど、それでユーカリ茶が購入できるのだからすてたもんでもないな」

「そ、そういう問題じゃあ。コアラさん、せっかくですので杖でも購入されては?」


 コアラさんのことだから、立派な杖を持っていそうだけど……。

 ところがコアラさんは小さく首を振り意外なことを口にする。

 

「杖? 俺が使うのは槍だ。森で拾ったものだから、買い直してもいいかもな。ユーカリ茶が最優先だけどな」

「え? 魔法を使われる時に槍を振るうのですか?」

「魔法? そんなもの使わないぞ。槍で突きさすのだ。そして、ユーカリをゲットする」

「え、ええええ! コアラさん、戦士なのですか?」

「うーん。俺には職業ってのがないからなあ。だが、魔法は使わない」

「そ、そうだったのですか……」

「コレットは杖を使うの? だったら買ったらいいじゃないか。ナイフしか持ってないだろ」

「い、いえ、私は」

 

 口ごもってしまった。

 回復術師も杖があったほうが、魔法の威力はあがるの。だけど、私が持っていても……。

 だって、私は初歩の初歩である疲労回復の魔法しか使えないんだもの。

 落ち込む私にコアラさんが顔を上に向けまんまるな目でじっと見つめてきた。

 彼はずっと私に抱っこされたままなんだ。降りたそうにしていたけど、もし見失っちゃったら騒ぎになるかもしれないから、彼を抱っこしている。

 相変わらず足がでろーんと伸びたままだけど、ね。

 

「お金なら心配しなくていいんじゃねえか。さっきの牙をもっと売ればいいだけだ。あの牙ならギルド? で買い取ってくれた実績があるからな」

「そ、そんな私のために無駄使いはダメです」

「気にしなくていいんだ。俺はユーカリ茶さえ手に入ればいい。それに、あの牙ならまだあと20本くらいはあったはず」

「……」


 絶句してしまう。

 どれだけ狩ってるのよお! コアラさん。

 ユーカリをドロップさせるためだけに、熟練冒険者でも苦労するモンスターを乱獲しているなんて。

 でも、こんなに強い人なら……この時、私はある決意をする。

 買い物が終わってから、彼にお願いしてみよう。

 

 ◇◇◇

 

 街のお茶屋さんに行ったところ、店主のお爺さんが腕をプルプルさせながら大きな酒樽を軒先に出していた。

 酒樽を置いた彼はふううと大きな息を吐いて、店内に戻っていく。

 だけど、すぐにまたよろよろしながら大きな酒樽を運んできて、軒先に降ろす。

 

「あ、あの。こんにちは」

「いらっしゃい」

「この前いただいたユーカリ茶をまた買わせていただきたいのですが」

「ユーカリ茶……お嬢さんも変わっているねえ。ごめんね、うちではもう置かないことにしたんだよ」

「そ、そうなんですか……どこか販売しているお店はありますか?」

「これでよかったら持っていくかい? ここで蓋を開けないと約束してくれるなら、熟成し過ぎてにおいがきつくてね。酔狂で仕入れてみたが、ダメだよこれは。おっと、欲しいと言っているお嬢さんの前で失礼だったね」

「いえ、つーんとしますものね。その酒樽二つ、売って頂けますか?」

「じゃあ、酒樽代だけいただくよ。200ゴルダでいいかい?」

「はい!」


 さっきから飛び出そうとしているコアラさんをむぎゅうとおさえつけつけながら、店主のお爺さんにお礼を言う。

 持っていた200ゴルダを彼に手渡し、頭を下げた。

 

 お爺さんがお店に戻っていき、私とコアラさんだけになったところで彼を地面に降ろす。


「こ、これ全部、ユーカリ茶だろ! かぐわしい香りで分かる! こいつは上物だあああああ!」

「あ、はい」

「報酬は山分けでいいか。いいって言ってくれ。樽一つ分とか夢のようだ」

「い、いえ。二つとも持っていってください。ほんとお願いします」

「ま、マジかああああ! やったぜえええ! よおしよおおおっしいい! これだけあれば、長期間いけるな!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねたコアラさんは、アイテムボックスに酒樽を仕舞い込む。

 

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