第4話 アイテムボックス

「コアラさん、ひょっとして『アイテムボックス』からユーカリの葉を出しているんですか?」

「そうだよ」


 コアラさんと出会った場所まで戻ってきたところで、ずっと抱えていた疑問を口にしたの。

 そうしたら、あっさりとコアラさんが頷いちゃった!

 私にはっきりと見せるためか、彼はふさふさのお腹に小さな手を当ててユーカリの葉を取り出してみせる。

 「ほら」と爪で挟んだユーカリの葉をこちらに向けた彼だったが、じーっとユーカリの葉を見てそのまま口に運ぶ。

 

「ほ、ほんとうにほんとの『アイテムボックス』なのですか?」

「たぶん? ステータス見るからちと待って」

「は、はい」


 冒険者カードもないのにステータスを見ることができるんだ。

 やっぱり、ほんとのほんとにコアラさんは。

 

「うん。固有スキル『アイテムボックス』って書いてるな」

「大賢者様! う、疑ってすいませんでした。まさか、大賢者様が愛らしい動物さんだなんて露にも思っておらず」


 両膝を地面につけて、思いっきり頭をさげた。

 王国出身の人なら誰でも知っているおとぎ話――「大賢者の伝説」をまさか目の当たりにするなんて。

 大賢者は品のある賢そうな顔をした白い髭を伸ばした老人で、世界に知恵をもたらし「アイテムボックス」に世界のありとあらゆるものを収納しているという。

 一説にはこの世界の出身ではなく、別世界からやってきたとか何とか。

 大賢者を大賢者たらしめているのは、「アイテムボックス」なの。優れた賢者なら、大賢者のようにみんなが知らない叡智を持っているかもしれない。

 だけど、アイテムボックスを使うことができるのは大賢者その人だけ。

 もっと気難しくて私なんて相手にされないと思っていたけど、こんな気さくで青みがかった毛色と小さな体が愛らしいコアラさんだったなんて。


「なんだそれ。俺はコアラだ。別に畏まられるもんでもない。君は俺の主人になってくれるんだろ」

「で、ですが。大賢者様を粗雑に扱うなんて」

「そんな大層なもんじゃないって。人違いだろ。だって、大賢者って人間だろ?」

「伝説には人の姿をしている、とありますが。真偽のほどは……」

「まあいいじゃないか。俺は俺。コレットはコレット。それ以上でもそれ以下でもないって」

「は、はい」


 妙に説得力のあるコアラさんに納得してしまう。だけど、ユーカリの葉をもしゃもしゃしながらだと、少ししまらないかも。

 

「コアラさんが食べているのを見ていると、何だか私もお腹が空いてきました」

「おう。食べてから街へ行こうか」

「はい。これでも料理の腕には少し自信があるんです」


 雑用係で鍛えた料理の腕、コアラさんもきっと満足してくれ……たらいいな。

 いそいそと準備を始めたのだけど、彼から思わぬ言葉が飛んでくる。

 

「俺はユーカリ以外を食べないから。コレットの分だけで」

「え……そ、そうなんですか」

「大丈夫だ。ちゃんと食べている」

「そ、そうですね。さっきからずっともしゃもしゃされてます」

「もしゃ……ユーカリうめえ」


 あ、あはは。

 これが種族の違いってやつだよね。

 自分の分だけなら、適当でいいや……。


 ◇◇◇

 

「この街はアルル・ド・モンジューという名前でして、たくさんの人が住んでます」

「おう」

「真っ直ぐ冒険者ギルドに向かいますので。え、えっと。私がコアラさんの飼い主のように振舞えばいいんですよね」

「うん」

「では、失礼して」


 後ろからコアラさんを両手で掴み上げ、胸に抱く。

 きゃあ。思ったよりもふもふしてる。驚いたのは彼の体重だ。さすがにぬいぐるみよりは重たいけど、私でも楽々と抱っこできちゃうくらい。

 猫より少し重たいくらいかな?

 抱っこされたコアラさんは大人しくリラックスしてくれていた。手足がだらーんと伸びていてブラブラしているの。可愛いよね?

 

 門番のお兄さんに挨拶して、街の中に。

 お兄さんは特にコアラさんについて何か言うことも無くあっさりと通してくれた。

 

 そしていよいよ冒険者ギルドに到着する。

 内心どきどきしつつ、いつもの受付のお姉さんのところへ向かう。

 お姉さんは今日もバッチリメイクで長い金髪がサラサラで素敵な笑顔で挨拶をしてきてくれた。

 私と違って女らしく、綺麗なんだ。彼女の名前はクレアっていうの。

 

「あ、あの」

「コレットさん。パーティを抜けてお金に困っているのは分かるわ。だけど……」

「え、えっと」

「可愛くない生き物の引き取りはお断りしているのよ。ごめんね」

「い、いえ。そうではなく。獣魔、えっとペットでしたか? の登録をしたいんです」

「本当にいいの? それと?」


 思いっきり美しい眉をひそめた受付のお姉さんに対し、ずっと黙って話を聞いていたコアラさんが口を挟む。


「いいじゃないか。コレットの勝手だろ」

「か、可愛くない生き物さんが喋った!」

「コアラだから喋る。ともかく、コレットがいいって言ってんだから登録してくれ」

「仕方ないですね。この羊皮紙に手形か血を。ほら、ここです」

「えらいぞんざいだな」

「気のせいです。私はちゃんと業務はこなします。コレットさん、可哀そうに……」


 とってもよろしくない空気を感じた私はコアラさんの口をふさぎ、彼をなだめるようについ頭をなでなでしちゃった。

 すると、彼は――。

 

「うぎゅう」


 きゅんきゅんしてしまう鳴き声を出したの!

 も、もっと撫でたいけど、お姉さんの目線が痛いので我慢、我慢。

 で、でも。コアラさんと二人っきりだと、ペットのフリをしてくれないし、頭を撫でることもできないんじゃ……。

 私が彼の頭を撫でるか撫でまいか葛藤している間に、抱っこされたままの彼は器用に後ろ脚を伸ばしてインクを足裏につけ、羊皮紙にペタンと押し付けた。

 

「はい。これで完了です。お疲れさまでした」

「じゃあ、アイテムを引き取ってもらおうかな」

「変な生き物さんは生き物ですので、アイテムじゃありません」

「俺自身じゃねえ!」

「コアラさん、ちょ、ちょっと」


 お姉さんはいつも親身になって私の話を聞いてくれる優しい人なのに、何故かコアラさんには辛い。

 このままだとコアラさんがアイテムボックスから何かを出しそうだったので、慌てて彼を抱っこしたまま背を向ける。

 

「コアラさん、そ、外で」

「それもそうだな」

「はい」


 コアラさんも察してくれたようで、私はコアラさんを抱いたまま冒険者ギルドを出て路地裏に移動した。


「すまんな、コレット」

「いえ。『アイテムボックス』をあの場で使ったら目立ちすぎます。コアラさんが誘拐されたら困ります……」

「注目されるのはあまり嬉しいことじゃあないな……。ありがとうな。コレット」

「いえ、えへへ」


 降ろしてくれとコアラさんが仕草で示す。

 腕の力を緩めると、すっとコアラさんが私の腕から抜け出して地面にすとんと降り立った。


「とりあえず、いくつか出すぞ」


 そう言ったコアラさんがふさふさのお腹に手を当てる。

 ズシンと一抱えもあるモンスターの白い牙が音を立てて地面に落ちた。

 二個、三個、四個。

 

「ま、待ってください。それ以上は持てません!」


 そんな問題じゃないよお。と内心思いつつ、冷や汗が止まらない。

 こんな大きな牙を持つモンスター……あの白黒熊みたいな恐ろしいモンスターであることは間違いないもの。

 それをいくつも持っているコアラさんって。

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