第3話 それ……ゴミです
「あれ、この世界って冒険者がいて、職業ってのがあるんだよな。確か」
「は、はい」
「森に入ってきた武装した集団に聞き耳を立てたからな。一応、情報は正しかったってことか」
コアラさんは一人納得した様子で人間のようにうんうんと頷く。
首元のもふもふがぬふっとなって可愛い。
彼は職業のことを知っているのね。だったら、私がテイマーじゃないことを伝えれば?
「私は回復術師です。テイマーではありません」
「何だ。やっぱりテイマーって職業があるんじゃないか。俺のゲーム知識によるとテイマーは魔物使いであってるよな?」
「げえむ? は分かりませんが、テイマーの定義はそんな感じです」
「では改めて。ぼくと契約してテイマーになってヨ」
「え、ええと」
これ、どうしたらいいの……?
同じ会話が続いちゃった。
コアラさんは私が回復術師だってことをちゃんと聞いていたよね?
回復術師とテイマーは違うんだよ。
「……ふりだけでもいいんだ。
「い、一応。そうですけど」
「仕組みはまるで分からないが、この世界のモンスターを倒すとアイテムをドロップする。ユーカリ以外は全部ゴミだが、一応置いているんだ」
「は、はい……」
「さっきも言ったが、ドロップアイテムは全部コレットに渡す。ユーカリ茶だけ買って欲しい」
コアラさんの言う事がよく分かりません!
言葉は通じているのにまるで話が通じていないと言えばいいんだろうか、そんな感じなの。
「ちょっと待ってください。コアラさん」
「ん。つい必死になってしまってすまんな……ユーカリ茶がそれほど魅力的だったってことで」
「い、いえ」
み、魅力的かなあ……私はちょっとご遠慮したいかなって。
つーんとしているし、捨て値で……ううん、魔がさして置いちゃったから持っていって欲しいとまで店主さんが言っていたユーカリ茶を。
あ、そうか。
ぽんと手を叩く私と同じタイミングでコアラさんも器用に爪を一本立てる。
「順を追って説明しなきゃだな。俺はコアラだから金は持っていない。金を作ろうにも『変な生物』と言われ街で物の売り買いができない。でも、ペットならできる。だから、コレットに主人のフリをして欲しい」
「私もやっと分かりました。コアラさんにとってユーカリ茶がもっとも高価で価値があるものってことなんですね」
「ユーカリの葉もな。そんなわけで頼まれてくれないか」
「採集をした後でしたら、コアラさんは私の恩人です。あんなゴ……いえ、ちゃんとお礼をしたいと思っていましたので」
「おお。ありがとう。採集か。森の中に行くんだよな?」
「森は怖いので……入口でそーっと」
姿を消していても全く効果がないモンスターがいっぱいいるなんて聞いた後だもの。
血の気が引く私をよそに、コアラさんはんーと大きな鼻に爪先を当て何かを思いついたみたい。
「コレット。野営の準備は?」
「いえ、ここから街までそれほど遠くありませんし。日が暮れる前までに採集できなければ戻るつもりでした」
「うーん。仕方ないか。昼間は割に危険だぞ」
「そ、そうなんですか……」
コアラさんから「危険」の言葉が出て背筋が寒くなってくる。
一方で彼は飄々としたもので、器用に爪を一本立てもっふもふの口をにいっとあげた。
これ、得意気なつもりなのかな? その口をつんつんしたくなっちゃう。
「おう。夜に来た方がいい」
「夜……ですか」
夜になると周囲も見えませんし、もっともっと危険になっちゃうよね?
またしてもかみ合わない話に首をかたむけてしまう。
するとコアラさんがペタンと座る私の膝に手を当て、ちょんちょんともう一方の手でポーチをつっつく。
「どうしたんですか?」
「採集するモノのサンプルか何かを持ってないか?」
「ネリー草という低位の薬草なのですが、今は生憎一本も持ってません」
「それなら仕方ないか。一緒に探そう」
「手伝ってくれるのですか!」
「おう。一人より二人の方が早いだろ」
当然と言った風に応じるコアラさんなのであった。
私はまだこの時、彼が優しさからだけで申し出てくれているものだとばかり思っていたの。
でも、それだけじゃあなかった。彼のユーカリに対する執着心は私の想像の遥か上をいっていたのだから。
◇◇◇
「周囲にモンスターはいない。大丈夫だ」
「は、はい」
とっととネリー草を集めたいとせがむコアラさんにあれこれ危ないことを説明したんだけど、じゃあ俺が危なくないように警戒すると言ってくれたの。
だ、だから森の中に入ったんだ。
森にはパーティで何度も来たことはある。だけど、先日の白黒熊のこともあって……。
ううん。コアラさんが見ていてくれるんだもの。彼を信じると決めたのは私。うん。決めたのだから恐れていてはダメ。
ネリー草を探すことだけに集中しよう。
「少し奥に入るだけで、こんなに群生しているんですね」
悲壮な覚悟を決めていたのが馬鹿らしくなるくらいあっさりとネリー草は見つかった。
ネリー草はくるぶしより少し高いくらいにまでしか伸びない草だ。でも、小さな星型の花を咲かすの。
薄紫色で群生地に花が咲いたらとっても綺麗だと思う。
ここはネリー層が群生しているけど、残念なことにまだ花が咲いていない。
「コ、コアラさん、何しているんですか!」
「ま、まずいな……ユーカリの代わりにはならんな」
ネリー草を摘んでいたら、コアラさんが直接口でもしゃっとしてペッと吐きだしていた。
とっても嫌そうに首を左右に振った彼は、薄緑の丸い葉を口に含んでいる。
いつの間に? もふもふの毛皮の下に隠していたのかな?
「コアラさんの食べる姿に癒されている場合じゃかった。早く集めないと」
「もしゃ……大丈夫だ。特に危険はない」
「そ、そうですか。あれ、さっきその葉っぱを全部口の中に入れていましたよね」
「葉っぱじゃない。ユーカリの葉だ。もう一枚ユーカリの葉を『出した』からな。うめえ。もしゃ……」
すごく気になることを言ったコアラさんだったけど、これ以上無駄な会話で時間を費やすのはよくない。
コアラさんがモンスターがこないか探知してくれているとはいえ、「私が逃げることができるか」は別問題だもの。
「よいしょ。よいしょ」
「もしゃ……」
「あ、爪ですぱっといくんですね」
「コレットも腰に挿してるナイフを使えばいいんじゃねえの?」
「そうでした!」
何も根っこから引き抜かなくたってよかった!
ものの三分ほどで必要分以上のネリー草が集まり、急ぎ森の外へ出る私とコアラさん。
その間ずっとコアラさんはもしゃもしゃとユーカリの葉を食べていた。
そこで私は見てしまったのだ。
コアラさんがお腹に小さなおててを当てたら、ユーカリの葉がどこからともなく出現したことを。
も、もしかして、コアラさんって……。
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