第2話 そのお茶、俺にくれないか
「俺の姿が見えていなかったのか?」
「きゃ」
び、びっくりした!
ペタンと座る私の膝と引っ付きそうなところに突如、もふもふした小柄なモンスターが姿を現したんだもの。
そのモンスターは全身が青みがかった灰色の毛に覆われていて、短い後ろ脚で直立していた。
大きな黒い鼻とまんまるの目、指先は鋭い黒い爪が生えている。
でも、言葉を喋るし、本当にモンスターなんだろうか? 一見するとぬいぐるみのようで、思わず抱きしめたくなってしまいそうになる。
「すまんな。人間だと思ったか?」
「は、はい」
「こんな姿だけど、敵意はないんだ。俺はただ、かぐわしいかおりが漂うそれを少し分けて欲しいだけなんだ」
「こ、これですか……?」
つーんとするこれ……ユーカリ茶という一番安かったお茶なんだけど、飲んだら体調を崩しそう。
でも、この人? に敵意がないってことは鈍い私でも分かった。
姿を隠す魔法? があるのだから、こっそりとお鍋を奪うことだってできたはず。
私にはお鍋が勝手に動いているように見えるのだから。
あ、そんなことをしなくても……気が付かない私の後ろからぐっさりと……さああっと血の気が引いてしまったのでこれ以上考えちゃダメだよ、私。
え、ええっと。
「あ、そうか。姿が見えなかったから警戒させてしまったか。本当に『ステルス』スキルが効果を発揮するなんて思ってなかったんだ。森のモンスターどもは平気で襲い掛かって来るからさ」
「そ、そうなんですか……見えないのに襲ってくるんです……?」
「うん。匂いや気配は消えないから。視覚情報だけに頼る相手に出会ったことがなかったんだよ」
こ、怖い。彼の言う「森」というのは「魔の森」で間違いない。
魔の森のモンスターは姿を消しても意味がないなんて、なんて恐ろしい場所なんだろう。
魔の森の浅いところまでしか入ったことがなかったのだけど、よく今まで生きて帰ることができていたなと青ざめる。
「あ、あの。私、あなたを誠実な方だと思っています。で、ですから、人と異なる可愛らしいお姿をしていたとしても、不審になんて思ってません」
「変な生物と言われ続けていたけど、変わっているな君は。それに俺が言うのもなんだが、あっさりと人を信じるものじゃあないぞ。あ、俺は人じゃなくてコアラだった」
「そ、そうでしょうか」
「そうだぞ。人もコアラも似たようなもんだ。はいそうですかとあっさり応じたらダメだろ」
「あっさりと……というわけではありません! え、えっと……」
「俺のことはコアラとでも呼んでくれ」
「コアラさんは、私に気が付かれず手が触れるところまで接近してきました。それでも、わざわざ姿を現して、私に『お願い』してきてくれました」
うん。だから、コアラさんは誠実な人だと思ったの。
姿を現した後も、脅すわけでもなく謝罪してからのお願いだった。自分に危険はないと示すことから会話をはじめたの。
あっさりと仕留めることができる私に向けて。
もう一つ、ひょっとしたらから確信に変わっていることもあるんだ。
きっと白黒熊に襲われた時、助けてくれた声はコアラさんに違いないって。姿が見えなかった。だけど、あの時の声にそっくりなんだもの。
命の恩人に対する報酬が「ユーカリ茶」なんて、ちょっと悲しいけど……本人が欲しいというのなら迷うことなんて何もない。
私の言葉に対し、コアラさんは人間のように後ろ頭をかく仕草をする。
もふもふの青みがかった灰色の毛布に爪先が全部埋まっていて、少しキュンときてしまった。
ちらりと見えたぷにぷにした肉球にも思わず触れたくなっちゃう。
「ぼーっとした子だなと思っていたけど、しっかりとした考えを持っているんだな。感心したよ」
「え? えへへ」
冒険者になって以来、褒められた記憶がない私は思わずにやけてしまった。
我ながら単純過ぎるよね。コアラさんだからいいものを、街で詐欺師なんかに同じようにされてしまったら……。
たぶんあっさりと騙されちゃう、と思う。
「金は持っていない。だけど、街ではモンスターの素材を取引しているんだろ? それと交換でその鍋を全部……いや、半分でいい。分けてくれないか!」
「これ、ユーカリ茶といって」
「ユーカリ茶だと! て、天才か! その発想はなかった!」
私の言葉を遮ってずっと冷静だったコアラさんが突然興奮しだして叫ぶ。
「ど、どうぞ。お金はいりません。で、でも、もしよろしければ一つだけ教えて欲しいことがあります」
「俺が知っていることなら何でも言ってくれ!」
物凄い勢いで迫ってくるコアラさんにたじろく。だけど、彼の大きな黒い鼻がドアップになって、ぷにぷにと指先で突っつきたくなる衝動にかられてしまう。
「あ、あの。昨日、私を白黒熊から助けてくれた声の人は、コアラさんですか?」
「そうか、あの時のショートカットの女の子だったのか。おお、覚えている。パンダに笹を狙われていたんだよな。笹なんてゴミを集めてしまうから」
「た、確かに笹は冒険者ギルドでも他のお店でも引き取ってもらえませんけど、笹しかドロップしなかったんです。それで、勿体なくなって……」
やっぱり私を助けてくれたのはコアラさんだったんだ!
だけど、白黒熊の襲撃は私のせいだってことに気づかされてしまった。ご、ごめんね。みんな、私が笹を集めたばっかりに危険な目に合わせてしまって……。
笹は雑草と同じ扱いを受けていることくらい私だって知っている。だけど、せっかくみんなが頑張って倒したモンスターが落としたんだもの。
ある種の勲章のようなそれを放っておくことが出来なかったの。
「そんなに落ち込むもんでもないって。あいつは笹が欲しいだけで、笹をドロップしない人間になんて興味はない」
「つ、つまり。笹を持っていた私以外は安全だったってことですか?」
「うん。だからまあ、気に病むことなんてないんじゃないか?」
「コアラさん、とっても優しい人なんですね……。聞きたいことを聞きましたので、どうぞ。丁度、冷めてきています」
くすりとした笑みをコアラさんに向ける。
すると彼は顎を上にあげて顔を逸らす。
コアラさんの仕草が人間みたいで、もふもふした姿と相まってとっても可愛らしい。
どうぞと、お鍋からコップにユーカリ茶を注ぎ彼に手渡す。
「もっちゃもっちゃ……ほ、ほう。こ、こいつは……やべえ。マジでやべえ。革新的だ!」
「お、お気に召してくださったようで」
鼻をつまみたい衝動を必死で抑えながら、さもおいしそうにすり潰したユーカリの葉ごと飲むコアラさんに言葉を返す。
あ、顔が引きつっているのを隠せていないや……。
すぐにコップの中に入っていたユーカリ茶がなくなったので、追加を注ぐとコアラさんが再び飲み始める。
三杯目でお鍋のユーカリ茶が全てなくなった。
「……。お、終わりか……。これ、やっぱり街で購入してきたものだよな?」
「は、はい。街のお茶屋さんで」
「売れないようで、捨て値で売っていました」
むしろ、無料でいいから持っていってくれという勢いだったの。
何てこと言えるわけないよお。だって、コアラさん、とっても気に入ったみたいなんだもの。
「そうか。街か……う、ううむ」
「あ、あの……」
腕を組み唸り始めたコアラさんに声をかけてみるものの、真剣に悩んでいる様子でまんまるの目までつぶっちゃった。
ここまで真剣に彼が悩むって何事なんだろう?
「え、ええとだな。あ、その前に改めて、俺はコアラ。よろしくな」
「あ、そう言えば。私、コアラさんに名前も伝えていなかったです。コレットです。よろしくお願いします!」
「コレット。突然なのだが、一つ頼みたいことがある」
「は、はい」
私に頼みたいこと……なんだろう?
コアラさんがあれだけ悩んでいたのだもの。
ドキドキしながら彼の言葉を待つ。
「ぼくと契約してテイマーになってヨ」
「え、ええと」
変な口調でお願いしてきたコアラさんが言わんとしていることが理解できず、困惑してしまう。
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