第2話 結んだ指を縛り付けるの

 お姉ちゃんは、わたしとしたあといつもベッドで泣いている。「ごめんなさい、ごめんなさい……」と苦しそうに泣いているのを慰めたくても、きっとお姉ちゃんがその姿をわたしに知られたくないって思ってるのは伝わってくるから、敢えて気付かないふりをしている。

 だって、お姉ちゃんが好きなのは、わたしだもんね。傷付いているところを慰めるような、同じように傷付いて寄り添って泣く子は、きっとお姉ちゃんに望まれていない。


 お姉ちゃんに初めてお風呂でそれをされたときは、ちょっとだけ怖かった。

 普通洗わないところを触られて、テレビでしか見たことのないキスもされて、そのまま訳もわからないまま、頭が真っ白になるまで身体中を弄くられた。

 怖かったけど気持ちよくて、痛かったけどお姉ちゃんを感じられた。お母さんのお友達っていう人に無理矢理されたのより、よっぽど恋人みたいな気持ちになれた。


 だからだろうか、よくわからないけれど。

 それ以来、わたしはお姉ちゃんのことをひとりの女の子として愛している。


   * * * * * * *


 お姉ちゃんは、お母さんと仲が悪い。ふたりだけで話したあとはいつも泣きそうな顔をしているから、隠してたってすぐにわかる。わたしの前ではいつもお姉ちゃんの顔をしているお姉ちゃんのそんな顔が、わたしは大好き。

 お母さんと喧嘩したあとのお姉ちゃんは、すぐにわたしに触りたがる。シャワーを頭からかぶりながら、時々痛くなるような指使いでわたしを掻き回してくる。でも、そんなときのお姉ちゃんはいくら痛いって言っても指を止めてくれない。たぶん、わたしの声なんて聞こえないくらい、悲しい気持ちで包まれてしまってるんだと思う。


 だから、わたしは必死に堪える。堪えて、気持ちいいふりをして、お姉ちゃんに満足してもらうことにしている――お姉ちゃんがいじるのと同じように、わたしもお姉ちゃんのことを弄る。お姉ちゃんの上擦った声を聞きながら、早く終わらないかな……と待ち続ける。


 それさえなければ、本当に全部大好きなんだけどなぁ。何度も何度も、泣きながら無理矢理されるのは、正直恐いし。


   * * * * * * *


 あーあ、今日もだ。

 シャワーを浴びていたわたしを抱き締めて、「佳澄かすみ、舌出して」というお姉ちゃんの顔は暗く沈んでいて。だから、わたしも逆らわない。嫌がったって強引にキスされるのは知ってるし、そうしたら頭が真っ白になるのは変わらないから。

 シャワーに紛れて、またお姉ちゃんは泣いている。きっと気付いていないとは思うけど、お姉ちゃんが謝りたいのも、仲良くしたいのと、たぶんお母さんなんだと思う。仲良くできないのがつらくて、お母さんと喧嘩ばかりしてしまう自分のことが許せなくて、だけどそのことをうまく気付けていないから、『お母さんのことを嫌い』って思い込んでる――“嫌い”なお母さんといることに耐える為に……。

 わたしは、お姉ちゃんとお母さんの間にあったことは、なにも知らない。だけど、お姉ちゃんの気持ちは、よくわかる。


 だってわたしは、お姉ちゃんのことが大好きだから。愛していて、ずっと見てて、視線の先も、苦しげに泣くきっかけも、ベッドで泣きながら夢に呼ぶ名前も、全部聞いていて、全部知っている。

 お姉ちゃん、わたしはね。

 わたしは、苦しい気持ちを紛らわせるのに使われたっていいんだよ。だってその間、お姉ちゃんはわたしのこと見てくれてるでしょ?


 だから、いいよ。

 でも、どうしてだろう? たまに打ち明けたくなってしまう。


 お姉ちゃんが必死になって隠そうとしてる、お母さんのお友達のこと、わたしはもう知ってるよ、って。お姉ちゃんはわたしのこと、あんまり知らないんだね、って。

 わたしも同じように傷付いて、泣きたくて、苦しくて、痛くて、悲しくて――そういう気持ちを全部お姉ちゃんに言ったら、お姉ちゃんはどんな顔するかな?


「あのね、お姉ちゃん」

 ベッドで丸くなっているお姉ちゃんに、声をかける。


 このあとのことを想像するたびに訪れる、背筋がぞわぞわするようなこの気持ちの名前を、わたしはまだ、知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ただ溶け合う、蛹の時に 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ