マサヤの花は咲き誇る

うた

第1話

マサヤの花は咲き誇る


これは、ある兄妹が生まれる遥か前の、大昔の話……。


この世界には【魔法】という不思議な力が存在している。また、この世界の住人は、みな、この魔法という力をあって当たり前のように利用している……。


科学の世界の理論を覆したこの魔法という力は、空想の中のものではない。

 


ある科学者の研究によると、この魔法は魔法子と呼ばれる遺伝子が関係しているらしい。この遺伝子は不思議なもので、固体でも、液体でも、気体でもない、エネルギーの一種だというのだ。


この研究の発表当時は、世界で瞬く間に炎上したものだ。時には期待視されることもあったが、ほとんどの人がこれを馬鹿げていると嘲笑った。


目に見えないのなら、本当にあると証明できない。


確かにそうであった。魔法は宗教的な何かかもしれなかった。

だがこの科学者は死ぬまでこれを話し続けた。魔法は、この世界に存在していると。

それは、時が経つにつれ、誰の耳にも届かなくなり…。


宇宙の端っこで消え失せた。


しかし、ここで世界が一転する出来事が起こる。


人間以外で言葉を話す生物が誕生したのだ。正しく言えばクローン人間といったところであろうか。人間の遺伝子に近い動物をヒトとかけ合わせた異種人だった。

そしてこの異種人は魔法という力を操ることができた。


異種人は、この世界で生きるには、好都合すぎた。


異種人は世界に大量繁殖し、現在では人間という種族は絶滅。

異種人だけの住む惑星が誕生した。


それがここ、テリファルク銀河系である。

後にその生き物は魔法が使えるということから、魔人と呼ばれるようになり、他種族国家が出来上がった。


さて、ここから描かれる物語は、ある銀河の中の小さな小さなお話である…。


テリファルク銀河系第三惑星、メリーナ星。


太陽から三番目に位置する多種族共存惑星である。気温的にも住みやすいというところで、沢山の生き物がここで生まれた。

メリーナ星の大部分をしめる大陸の都市、センタースターでは、あるお祭りが開かれていた。


賑やかな都市のある家では、まだ夢の中にいた少年がいた。




「遅刻するわよ」

「あと五分だけ……。」

「こら!クラン!あなた、友達と約束しているんでしょう?グズグズしていたら、バトルが始まるじゃないの」

「バトル…って父さんの剣舞のこと?!」

「それしかないでしょう?クランが大好きで、毎年毎年見に行ってるアレよ!」

「た、大変だ!それは早く行かないと」


急いで布団から飛び起きる。鞄を背負って、走って玄関に向かう。

さあ出発だ、というところで母さんが俺を呼び止めた。


「暗くなる前に、帰って来るんだよ」

「わかってるって!行ってきまーす!」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」


俺はクラン。本名はペアクランという。

普通は苗字というものがつくけど、俺の家系は王家だから苗字がない。

少し誇りに思っている。


勢いよく家を飛び出した俺は、待ち合わせ場所の公園に向かう。

天気は良かった。雲ひとつないと言えば嘘になるが、それぐらい心地よかった。


待ち合わせ場所に着いた時、サスケはおせーよ!と笑った。


サスケは動物系統魔人。俺と同じくヒト型じゃない生き物のことを言う。

俺らは犬族と書いてケンゾクという、イヌに似た見た目の種族だ。


「ごめんな!寝坊しちゃって…」

「まあ、クランが寝坊することなんてよくある事だし」


何だか申し訳なかったので、屋台メシ奢るよとだけ言っておいた。

だが、いらねえよと笑いながら断られた。


祭に行く最中、サスケがこんなことを言い出した。


「俺らも、もう中学生だな…。てかお前、将来のこととか何か考えてるか?」

「俺は王家の一人だし、王を継ぐか、王宮聖剣士になろうと思ってる。今のご時世、バトラーっつう戦いをする職業は稼げるし。しかも楽しいしな」

「バトラーか。お前にはピッタリだな。剣術も上手いしな」

「そ、そうか?」

「ああ。お前、この前のバトルの地区大会でも優勝してただろ?」

「何でお前が知ってるんだ?!」

「最近よくテレビ見るしさ」


「でさあ、クラン。マサヤの花って知ってるか?」

「マサヤの花?お前、花なんかに興味あんのか?」

「別に花に興味があるわけじゃねえよ!」


恥ずかしげに続ける。


「お前が憧れてる王宮聖剣士っつう役職があるだろ?あれになるためにはマサヤの花が必要なんだとよ」

「へえ。知らなかった。でもなんで剣士になるのに花なんかいるんだろうな」

「太古の昔から存在する絶滅種なんだと。レアってこと。それを根気よく探せるかっていう試練でもあるらしい」

「ふうん」


レア、ねえ。


「魔法で出すのはあり?」

「ナシ。その花だけ、唯一魔法が通用しないんだって」

「ちぇ。つまんないの」


「俺、一度でもいいから、その花見てみたいなあ」

サスケは笑いながら、空を見上げて言った。

何処か悲しそうな目をしていた。


「そうだ」


「俺が探してきてやるよ!」

「えっ?本当に?」

「ああ!俺も王宮聖剣士になりたいし。手に入ったら一石二鳥だろ?」

「やったあ!」


サスケはニヤリと笑い、肩に腕を回して来る。


「じゃあ、今月末までな」

「はあ?」

「俺今月末誕生日だからさ!なあ、頼むよ」


何だか騙されたような気分になったが、遅刻をしてしまったので何も言い返せなかった。



「なあサスケ?お前は極魔術とか考えてるか?」

「極魔術?なんだそりゃ?」

「はあ?お前、極魔術知らないのか?」

「聞いたことないな」


極魔術とは、魔法の上、魔術をさらに強化した技のことで、基本はバトルに使用される。

生活するだけなら魔法だけで十分なのだが、そういうわけにもいかない。


高校ではバトル、つまり主に戦闘で使う魔術の勉強に入る。

そのため、中学から極魔術について考える機会を学校などで与えられるのだが…。


「……ってやつさ。ほら、前の授業で習っただろ?」

「ああ。この前先生がちょこっと話してたやつな」


「どんなのにしようとかないのか?」

「うーん。かっこいいの…だな。俺が得意な属性は光だから、光の魔術かな」

「光か!かっこいいな!」

「だろ?こう、目を光らせて、相手を硬直させるとか?後は目を眩ませるとか」

「めっちゃ考えてるじゃんか!」

「ははは!簡単に取得できて、強くて、かつ使いやすいのがいいってのが理想だな。…ところでクランは?」


「俺?俺は時空を飛び越えれるやつかな!」

「はあ!?そんなの作れるわけないだろ?!俺だったら…ほら、目に魔力を集中させて…とかで練習できるじゃん。でもお前のは練習しようがないっつうか……」

「夢はでっかい方がいいっていうだろ?ははは!」

「でもそれ、お前らしくて面白いな!」

「だろ?ははは!」


魔法使いも楽じゃない。

覚えることが多いからだ。


剣士みたいに武器を持つ人でも魔法を使うことはあるし、このご時世、魔法を使えない人がいないから…。

ほとんどの人は魔法で料理をしたり、ものを運んだりできるし。


今は、頭の良さだけじゃ生きていけない。


魔法を極めれば極めるほど、世界で優位に立てる世界なのだ。


頂点に立ちたいという気持ちはないが、父さんみたいに強くなりたいという意思はあった。


少しだけ、わくわくしながら会場へと向かった。



祭の会場に行くと、バトルがもう始まっていた。


「やべ!もう始まってる!」


ステージ上のモニターにはスタジアム内でバトル中の俺の父さんシロウと、強そうな髪の長い格闘家が立っていた。


『シロウ選手、押し負けているッ!タンク選手の鋼鉄の拳には耐えられないかァ?!』


クランの父シロウは、相手タンクに苦戦していた。


シロウの剣は光の聖剣【シャイニング】というもので、主に火属性の力を発揮する。

見た目の割には軽い。


鋭い剣先が相手に向かって飛んでいくが、ほとんどかわされていた。


シロウの聖剣【シャイニング】は、振りかぶる度に力強く光を放つ。

格闘家タンクは光をも拳で打ち消す。


魔力を纏ったタンクの拳は、鋼鉄と並ぶほどの強度であった。


鈍い嫌な金属音がフィールド内に響きわたっていた。



俺はみたくもない光景を目にしていた。

父さんが、拳でボコボコに殴られていたのだ。俺は父さんが負けている姿を見たことがなかった。だからこそ、見たくなかったのかも知れない。


「マジかよ……。」


サスケはそういった後、何も言わなくなった。


嫌にスタジアムの歓声が耳に刺さった。


俺はそれでもなぜか見続けてしまった。


シロウは一生懸命に剣を振った。だが、それは相手の拳によって受け流されていた。

格闘家のスピードは落ちない。

素早くシロウの体めがけて拳を飛ばしてくる。


鈍い金属音が、自分の脳を掻き毟った。


それでもシロウは諦めなかった。迷わず相手の隙を狙って剣を振り続けた。

剣には相手の鋼鉄の拳のダメージが蓄積されていった。


そして。


ついに、王宮聖剣士の剣が折れた。


同時にシロウは格闘家に殴り飛ばされ、スタジアムの端っこでただただ悶え苦しんだ。

格闘家は無表情のまま、最後の力を振り絞り、シロウの腹を目掛けて強烈なパンチを繰り出した。


ブツリ。


音が聞こえなくなり、映像だけが鮮明に映った。



俺の中で何かが切れ、頭が真っ白になった……。



俺は、ショックのあまり、声が出なかった。



サスケはただ俺の様子を伺いながら会場を後にした。


「俺クランには申し訳ないんだけれどさ…本当はバトラーなんてやりたくないんだよ」

「……」


「バトルって確かに楽しいかも知れないけれど、同時に相手も傷つけるって考えたら…。胸が痛えんだよなあ」


その発言は、きっと俺の心を慰めようとして言ったのだろうが、その時の俺には父さんの役職に対する侮辱にしか聞こえなかった。


俺はこの時、それでも王宮聖剣士になりたいんだと、言い返してやりたかった。

けれど、その時の俺には勇気がなかった。

だから俺はただじっと目で訴えた。


するとサスケは、気まずそうに俺から目を逸らした……。



気づけば日が暮れていた。



近所の電信柱の上に鳥が沢山止まっていて、みな口々に騒いでいた。

父さんのことを言っているようで、心が苦しかった。


「また今度遊ぼうな。ツクシーバ。」

「ああ。ツクシーバ…。」


公園につき、サスケに別れを告げて家に戻った。

帰り道はやたらと短く感じた。


俺は、心が誰よりも弱かった。

そうわかったのはきっと、この頃からだろう……。


家について、ただいまも言わずに布団に潜り込んだ。


俺はあんなことをされてまで、バトルをする意味がいまだに理解できない…。

好きなことを職業にしても、いつかあの様な壁にぶつかることはわかっていたつもりだった。

けれど。


本当は分かっていなかったんだ。


俺は父さんとは違う、弱虫でちっぽけな魔人だ…。


月が嫌に綺麗な夜だった。

俺の純粋な夢に、初めてヒビが入った日となった。



目を覚ました時、今日は夏休みだったと気づき二度寝をしようとしたが、太陽が高く登っていたようなので仕方なく起きることにした。


強引に体を起こすと、パッと昨日の記憶が蘇ってゾッとした。


父さんは普段家にいない。

王宮で王様なりに仕事をしているからだ。

普段はそれを凄く嫌で帰ってきて欲しいと思っていたが、今日だけは顔を合わせたくないと思った。


薄暗い部屋の中、床に投げ出された剣は、カーテンから漏れた光を浴びて小さく輝いていた。


俺は、何で王宮聖剣士になりたかったのだろう…。

何度も自問自答したが、それといった答えが浮かび上がることはなかった。


布団からゆっくり起きた俺は、床に放りっぱなしにされた剣を手にとった。


「初めて剣を持ったのは、いつだっけなあ…」


俺が初めて剣という存在を知ったのは、たぶん俺が幼少期くらいの頃だろう。

正直細長い剣を握った父さんの姿は、心からカッコいいと思えた。


父さんは、俺が興味津々に剣を触る様子を見て、とても喜んでいた記憶がある。


…。


「おれもやる!」

「おお、クランも剣に興味があるのか?」

「うん!すごくかっこいい!」

「ほら、こうやって握るんだよ。やってごらん」

「えっと…わかんな〜い…」

「父さんに貸してごらん」

「うん」


父さんは立ち上がって剣を構えて見せた。


王の威厳を感じた。

覇気というものが目に見えたのはこの時が初めてだっただろう。


「剣はカッコいいけれど、隙が多いから戦闘には向かないんだって」

「?」

「でも俺はね、それを打ち破ってまで剣で戦いたい理由があるんだ」

「りゆう?」

「ああ。それはな…」


…。


あの時初めて触った剣は、今どこにあるのだろう。

今俺が使っている剣ではないし…。


もうどうでもいいや。


俺は、考えることを放棄した。

つらいこと、目に映ることから逃げた。



真夏の昼は暑苦しくて、したいこと、考える力までもを奪う。


することがない。


ぼーっとしていると、時間がこんなにももったいのかと思わされる。


「クラン、いるか?」


ふと、父さんの声がした。


俺は、嫌気がさしたので、無視をした。

すると、父さんの声はだんだんと近づいてきて、俺の近くで止んだ。


「どうした、クラン」


父さんは、不安そうに俺の顔を覗き込んだ。


「父さんにはわかりっこないよ」

「言ってみないとわかんないだろ?話してみろよ」


俺が黙り込んでも、父さんは心配そうに俺を見つめるだけだった。


「父さんは何も思わないの?」

「いいや」


「負けたこと、だろ?」


父さんはうつむいてそう言った。

俺はびっくりして飛び起きた。


「お前、見てたんだろ?」

「何で、知ってるの?」

「俺はお前の父さんだぞ」


「王宮聖剣士がバトルで負けたら何の取り柄もないんだよ。恥ずかしくないの」

「恥ずかしいよ」


「でも、これが現実なんだ」


父さんという存在に、一瞬目が眩んだ。


「努力をしたって報われないことがある、なんて言ったら言い訳にしか聞こえないだろうけどよ…」

「父さん…」


「父さんは何で王宮聖剣士になりたかったの?家が王家だから?それとも…お金稼ぎのため…?」


「ううん。俺は剣を持った姿に憧れていたからだ」

「…それだけ?」

「今は違うけどな」


「じゃあ、王宮聖剣士にならなくても。剣を持ってたらかっこいいって思ってたの?」

「ああ」


「なにそれ」


父さんらしくない。


「俺には好きな人がいた」

「お母さんのこと?」

「今のお母さんじゃないよ」


「サスケくんの父さんと、俺で、その女の子の取り合いをしてたんだ…」


…。


「馬鹿!俺の方がハナさんに似合う!」

「いいや、俺しかいない。シロウなんか、武器も持ってないくせに、かっこ悪い!」

「何だと?」

「ニ人とも落ち着いてってば」


「ハナはどっちが好きなんだ?俺か?シロウか?」

「俺だよな?」


「選べないわ」


「ええ!?どうして?」

「なんで?!」


「今、選んでしまったら、三人で会うことがなくなってしまうもの」


ハナという女は、誰よりも優しくて、たくましかった。


「私ね、剣を使う人好きなんだ」

「どうして?」

「これはシロウくんにも言えることなんだけれど」


「剣ってね、見た目のわりに戦いづらいの。ほとんど勝ち目がない武器だって馬鹿にされてる。けど、それでも剣を使うってことは剣がそれくらい好きだってことでしょ?その熱意が見てるだけで伝わってくるの…。だから私も剣を使ってるんだけどね」

「シロウにも言えるってどういうことだ?」

「シロウくんは武器を持っていないでしょ?最初はそれを聞いてさ、勝てるわけないじゃん!って思ったんだけど…全然そんなことなかったし」


「それに、なにくそ!って武器を持ってる相手に戦ってる姿がかっこ良くってさ」


…。


「そ、それじゃあ素手のままでよかったじゃん!」

「いや、そういうわけもいかないよ」

「どうして?」

「まあ、聞いていて」


…。


「ねえ、聞いた?」

「何が?」

「もしかしてシロウがなんかしたのか?」

「違うわよ。マホウって物が見つかったって話」

「マホウ?」

「そう。なににでも形を変える不思議な燃料だって。」

「へえ」


すると、とてつもない爆撃音が聞こえた。


その途端、時の流れが一瞬狂ったように感じて。


気分が悪くなった。


驚いて、音のした方へ目をやると、ハナが血を流して倒れていた。


「ハナ!しっかりしろ!」

「し、シロウ。今のは?」

「分からない…。けど近くにいるはずだ」


気配のした木陰の方を見ると、そこには人間の姿があった。


「なんだこいつら。二足歩行で歩く動物がいるぞ。それに言葉も話しやがる」


そいつは鉄の塊を握っていた。


なんだ、あれは。


俺は素手では到底敵わないと悟り、ハナの剣を手に取って構えた。


「奇妙なやつ。自我を持った犬、ねえ。人間様に逆らうと痛い目見るってこと、教えてやるよ」


そいつは、引き金を静かに弾いた。



大きな爆撃音をかき消す様な金属音が、森の中で響き渡った。

剣が弾を受け流したのだ。


それは一瞬の出来事だった。


「シロウ…。お前」

「大丈夫。俺はここでこいつらを食い止めるから、お前はハナの治療と街にいる仲間に避難指示を。絶対に人間には手を出すなとも伝えてくれ。」

「でも、人間は、なにもしていない俺らを紐で引っ張ったり、檻に閉じ込めたりするんだぜ?それで懐かなくなったら俺みたいに捨てるんだぜ?それでも手を出すなって言いたいのかよ?」


「お前も死んでしまったら、俺はこの先、生きがいという物がなくなっちまう」

「でも…」

「早く行け!」


俺の怒号と同時に、小さな鉄の塊が、俺の足をかすめる。

血の匂いで冷静さを取り戻した俺は、鉄の塊を構えた人間をギロリと睨む。


森の奥まで聞こえる様に、俺は力強く咆哮した。


「お前ら人間に、何がわかる」


「お前ら食糧ごときに何がわかる」


「お前らは自分たちが神様だと思っている」


「お前らは一生人間の周りで愛想振りまいていればいいんだよ」


「お前らは、何もわかっていない」


「はあ?死にてえのか?」


人間は引き金に指をかける。


「命という物の儚さを、わかっていない!」


また、小さな鉄の塊が頬をかすめる。

血の匂いがする。

それでも俺は睨み続ける。


人間はそれを見て、少し後ずさる。


「人間が一番じゃない!だからといって俺ら動物が一番になってはいけない」


「何が言いたい」


「みんな、対等に、安心して共存できる世界に、するべきだ」


「はあ?」


人間は呆れ果てる。


「あのなあ、お前。いつから俺たち人間はお前ら動物に発言する許しを与えた?」


「はあ?」


「お前、ウザいな。魔法って力でお前を木っ端微塵にしてやるよ」

「発言権など…」


「誰がいつどこで決めたんだ」

「死ね!」


今まで飛んできた弾より遥かに大きい弾がこちらへと向かってくる。


シロウは深く深呼吸をして、目を閉じた。


「極魔術、神の左手【ゼウス】」


言い放った途端、とてつもない力がみなぎってきた。

強い光が体を纏って、相手をひるませた。


「お前は…もしかして世界で有名な、魔法の使えるクローン……」


光の導く方へ、剣をするりと滑らせた俺は…。


手に嫌な感触を覚えた。

嫌な音が、森の中に響いた。


…。




「え?じゃあ人間はどうなったの?」

「純人間は滅んだよ。遺伝子的には俺たち魔人の中にも入っているけどね」

「人間って怖いね」


「それから俺は伝説の剣士として慕われるようになってね。国を作って、みんなが対等に暮らせる世界を作った」


俺はこの時父という存在がいかに偉大か知った。


「それが父さんの剣を使い始めたきっかけ?」

「ああ。正式に始めたといえば、そのころだな」


「へえ。」


なんだか話の中へ吸い込まれてしまっていた。

昨日の憂鬱な気持ちなど、もうとっくに消えていた。


すると、リビングから大きな着信音が聞こえた。

慌てて見にいくと、サスケとかいてあった。


「もしもし」

「クラ…ン?」

「どうした?元気なさそうだけど」

「単刀直入に言うと…実は俺、もう長くないんだ。クラン」


俺は言葉を失った。


「はあ…?」

「俺、実は昔から病気で…。そう長く生きれない体だったんだ…。でもそんなこと言ったらクランに見放されちゃいそうで…。怖かったんだ…」


「馬鹿!誰が見放すかよ!どこの病院だ?今すぐ行くから言え!」

「いいや。来ないで」

「どうして?」

「俺が苦しんでいる顔を、クランに見られたくないから…」


サスケは今までに聞いたことのない冷たい声で、そう言った。


その言葉は、俺を軽く暗闇に突き飛ばした。


胸が貫かれた様で苦しかった。


サスケはそれを悟ったのか、申し訳なさそうに話を繋げた。


「クラン、俺から最後のお願いがあるんだ」


「最後なわけ…」

「本当に最後…だから、よく聞いて欲しい」

「わかった。それで頼みは…?」



「マサヤの花が、見たい」



「マサヤの花…」


「うん。黄色い花なんだ。すごく綺麗で、夜になると静かに光を放つんだ」


「マサヤの花が欲しいのか。わかった。どこにある?」

「分からない」

「えっ?」


「マサヤの花は高い山に生息する絶滅危惧種の花なんだ。」

「じゃあ、ナモテ山にあるんじゃ…」

「いいや…」


普通の山にないくらい特別な花なのか。


「ごめん…こんな無茶振りして」

「いいや!」


「サスケ?よく聞け`!」

「…なに?クラン」

「俺が、絶対にそのマサヤの花を見せてやるって約束する!だから、それまでは…」

「わかってる。死ぬな、でしょ?」

「ああ!」


「待ってろよ!」


「クラン…いや、未来の王宮聖剣士、頼んだよ…」


電話で動揺を隠すので精一杯だった。


電話を切った後、現実を目の当たりにした俺は、悔しくて壁に八つ当たりをした。


なんで言ってくれなかったんだ!


サスケの弱々しい声を聞いて、俺は震えが止まらなかった。

あんな声、聞いたことがなかったからだ。



頭は未だ混乱していた。

頬を、一滴の滴がつたった。


……。


今のサスケを救えるのは俺しかいない。


本気でそう思った。


俺は、気づいたら外へ飛び出していた。




マサヤの花。

ほんのり黄色くて、夜になると静かに光を放つ。

花の背はさほど高くない。


花言葉は…。


匂いは。


形は。


全ての感覚を研ぎ澄ました。

獲物を捕らえる時の、虎の様に。


大地を踏みしめて。


サスケが待っている。


急げ。


急げ、急げよ!


早まる思い。


追いつかない体に苛立ちを覚えた。




マサヤの花はどこに咲いている?


大きな大きなあのナモテ山にもないのは結構な衝撃だった。この星メリーナ星は山という山が少ない。

ここらで高い場所といえば、ナモテ山以外に北の大きめの丘メビューシティあたりか、南の花の楽園ロージシティあたりしか思いつかない。


とりあえず、ここから近いメビュー市あたりで調査してみることにしよう。


時間がない。


走って駅に向かっていると、鞄の中の携帯が大きな音を立ててなった。


父さんからだった。


「父さん?どうしたの?」

「お前、メビューシティに行くんだろ?」

「どうしてそれを?」

「サスケくんのお父さんに聞いたんだ。治療に必要なマサヤの花は北のメビューか南のロージ辺りしかなさそうだって。だから俺も手伝おうと思ってな」

「嬉しいけど…これは俺とサスケの問題なんだ。俺が約束したんだから、自分1人でやり切りたいんだ」

「…」


「そうしないと、一生後悔してしまいそうで怖いんだ」


「そうか」


少し間があいてから、父さんは話し始めた。


「お前、転送魔術は使えるか?」

「てんそうまじゅつ?物を遠く離れた場所に転送させるアレのこと?」

「そうだ。使えるか?」

「少しだけなら」


「転送魔術は魔人にも使える」


「え?そうなの?」

「ああ。ちょっと難しいけどな。」


「一度行ったところに簡単にワープできる魔術さ」


「どうやってやればいいの?すぐできる?」

「ああ。クランならすぐできる」


「転送魔術の時は、物に意識を飛ばすだろ?それを自分に変えるだけさ

「自分に意識を留める?留の魔術ってこと?」

「いいや」


魔術にも種類がある。


【留】ある部分に力を留める。

【放】の魔術。溜めた力を外に勢いよく放つ。

【蔵】の魔術。溜めた力を違う力に変換する。

【戻】物や人の状態を元に戻す。


この基本となる四つの魔術、【純魔術】の基本、【留】を派生させなければいけないのか…。


…考えただけで頭が痛くなってきたな。


「クラン?」

「ああ…。ちょっとパンクしてた」


「体を転送させる転送魔術は、【放】の魔術だ」


「【放】の魔術?」

「そうだ」


「ちょっと目を閉じて、耳を澄ましてみろ」

「う、うん!」


静かに目を閉じて、耳を澄ました。


微かに、魔力の流れる音がする。


「これは…?魔力の音?」

「あながち間違いでもない。今聞こえてるのは『風』の音だ」


「風…。」


「ああそうだ。この風は、春夏秋冬、毎日流れ方が変わる。流れ方だけじゃない。匂いもさ。」

「毎日流れ方が変わる…」

「それを自分のものにするんだ」

「自分のもの?」

「ああ。」


「この世界では、いかに魔法という力を自分のものにできるかだ。魔法をすべて理解できるものは、この世界の真理を知れるのと同じだ」


「王宮聖剣士になるには、この力も必要だ」


それを聞いて俺は静かに電話を切った。


そして静かに息を吸った。


すると、空気がすうっと体の中に駆け巡ってきて、俺という存在を知らしめさせた。


ああ。


俺は今、生きているのか。



意識を自分だけに集中した。

漂う空気をも感じなくなった。


「メビューシティに行きたああああああい!!」


すると、ふわりと体が軽くなると同時に意識が飛んだ。



ここは……。



はっと目を覚ますと、目の前には近未来的なお城が建っていた。


メビューシティだ。


俺は転送魔術が使えた喜びより、マサヤの花を探さなければという焦りが勝っていた。


マサヤの花はどこだ。


俺は思いのままに城の中へ走って行った。



お城と言っても、このメビューシティにあるお城には誰も住んでいない。


つまり、荒城というわけだ。


物がただただ散乱していて、とても不気味である。

このメビューキャッスルは、太古の昔、津波の被害を受け、荒れ果てた状態のまま形として残っている。


魂の集まる場所でもある。


「サスケ」


お城の一階部の壁には泥の染みた後は残っていた。

建物の中であるのに草花が生い茂っていた。


草花をかき分けて上の階に登って行っても、それらしき花は見つからなかった。


横倒しになったテーブルと、周りに散乱していたワイングラスの破片。

本当に誰もいないのか疑ってしまう自分がいた。


嫌な寒気と妙な気配がして後ろを振り向いたが、人影が見られることはなかった。


遠くから水の音が聞こえた。


さらに登って三階。

丘へとつながる道を発見した。


「三階から丘に出れるのか…。割と大きい丘なんじゃないか…?」


壁にぽっかり空いた穴から顔を出すと、美しい草原地帯が広がっているのが見えた。


「ここならありそうだな…」


青々と茂る草花。

力強く空へと伸びていて、何か揺さぶられるものがあった。


マサヤの花は……。


黄色という色は、俺の好きな色でもあった。

男の子なら、赤や青がいいでしょという質問にムンつけてやりたいくらい黄色という色が好きだった。


初代王宮聖剣士の、マントの色。


それこそが黄色のマサヤの花の色素なのだ。


黄色という色素は自然界においてたくさん存在する色でもあるが、マサヤの花の色はそのどれよりも美しかった。


目に映れば一瞬でわかるはずだ。


俺は必死で草原を走った。


「こことロージシティになければ…。サスケが…」


サスケが何より悲しんでしまう!


人生というものに正解はない。

自分がどう生きようが、正解や不正解というものは決めようがない。


サスケが人生に正解を求めるなら……。



太陽は、ほとんど姿を隠していた。



結局マサヤの花は見つからなかった。

北の街、メビューシティは、どこか冷ややかな空気であった。


ここにはもう、ない。


そう思った。


一番星に背を向けて走った。


ここで終わってたまるか!


俺は心の中に残っていた希望を抱えて、ロージシティに向かって走った。



ロージシティにはまだ行ったことがなかった。

そのため転送魔術を使うことができない。


電車を乗り継いで行くしかない。


終電間近の南行き特急に乗って、ロージシティへと向かった。


電車の中で、ふと、嫌なことを考えてしまった。


もし、今サスケが生きていなかったら……。


俺は、最後の最後まで顔を合わせられなかったと、後悔してしまうのではないか?

それなら…なぜロージに向かっているのだろうとも思ってしまった。


引き返したい思いを無視して、特急は走り続けた。



数時間後、特急はロージシティに到着した。

電車を急いで飛び降りて、街に出た瞬間、言葉を失った。


そこには、広大な花畑が広がっていた。


「ここなら…あるかもしれない!」


俺は駆け出した。


マサヤの花はここにある!

そう思った。


広大な花畑の丘のてっぺんを目指して、俺は走った。




満月が綺麗に輝く夜だった。


花たちが眠りについた頃、俺にはもう歩く力は残っていなかった。

足が思うように動かない。

地面にぐったりと倒れ込む。


「ああ…」


ごめんよサスケ。

俺はお前のためになにもしてやれなかった。


ああ。


俺はとてつもない無力感に襲われた。


もう何もできないや…。


丘で突っ伏しながら、俺は何がしたかったんだろうと思った。


静かに、目を閉じた。


暗闇の中で、ただただサスケへの申し訳なさを感じていた。



………。



すると、夜空の下で、眩い光を放ったものがあった。

キラリと光ったそれは、力強く、咲き誇っていた。


これが、生命力という名の力…?


静かに目を開いた。

俺は、力強く咲き誇る一輪の花に心を奪われていた。


これが…マサヤの花?


俺は驚いて何度も見直した。

そして静かに摘み取った。


確かにこれは正真正銘マサヤの花であった。


丘の上で、たったひとつ咲いていたマサヤの花は、俺の目に、とても美しく映った。


サスケ、俺はやったよ。


優しく握った花は未だに光を放ち続けて。


そこからの記憶は、ない。



「サスケ」


おぼつかない足取りで、病室の扉を勢いよく開けた。


ベッドのほうに目をやると、サスケはいなかった。


「サスケ?」


「サスケ!とってきたぞ!マサヤの花!これで俺も王宮聖剣士になれるよな!」

「……」

「なぁサスケ、見ろよ!この綺麗な黄色を!すげぇだろ?俺だって初めて見たよ!」

「……」

「サスケ!俺な今度の花火大会に行こうと……」

「クラン」

「それで、りんご飴食うんだ!でっけえやつ!お前ぶどう飴好きだったよな?元気になったら一緒に……」

「クラン、よせ」


振り向くと、後ろに父さんが立っていた。


「クラン」

「父さん?」

「サスケは、一年前に亡くなっている」

「え?」


「目を覚ませ、クラン。お前がそう辛い気持ちは俺だってわかる」


「え?」


……。


そうだった……。


八月十四日。


サスケが永眠した日だ。


もう、二度と帰ってこないあの夏を、頭の中で無理に再生して。

あの日に戻れたら、なんて思ったりして。


結局、本当に何も出来なくて。


後悔していたんだ。

ずっと…………。


俺自身は、死を理解することを拒んでいた。


俺は握っていたマサヤの花を、離してしまった。


……。



この世界は理不尽だ。


自分にとって大事なものばかり失いやすいのだから。


「サスケ」


俺は、あの日、マサヤの花を摘んだ後…。


だめだ。

記憶が……不明瞭だ。


「サスケ」


俺はこの日、友人の死を受け入れるとともに、自分が今生きていることに罪悪感を覚えた。


「父さん」

「なんだ」

「間に合わなかった」

「ああ…」

「間に合わなかったんだ……俺……」


頬を大粒の涙がつたった。

ずっと。


ずっと…。


「父さん、俺」


「サスケに、マサヤの花を見せてやりたい」

「そうか……なら」


「王宮で、力強い姿をずっと見られるように、育てようよ」


「うん」


サスケは、俺の心の中でずっとずっと……。



生きてんだ。



太陽が燦々と輝く、真夏の日。


メリーナ王宮の花畑に、ある家族がいた。


兄エイメントは、真面目で努力家で、将来の王宮聖剣士にはぴったりだ。

でもそれに比べて妹のナシルートと言ったら、天然で飽き性で…。


それでもナシルートは兄エイメントよりもセンスというものがありそうだ。


心配なところもあるけれど、俺の子だから大丈夫だと信じたい。


「おとーさん!この黄色い花ってなに?」

「これか?これはな、太古の昔に勇者が見つけた、マサヤの花って言うんだ」

「へえ!」

「勇者って、本当にすごいんだぞ」


そう言ってナシトを撫でると、にこりと笑って兄エイトの方へ走って行った。


「エイトおにーちゃん」

「ん…どうしたナシト?」

「すっごく綺麗だね!これ、光ってるよ!」

「かっこいいだろー?よしよし、ナシトに花冠作ってやるよ!」

「わあ!ほんと?」

「ほら、これをこうして…」


「わあ!すごい!」

「この花、将来もずーっと大事にしていかないとな。」


ナシトとエイトを見て、俺はほっと一安心する。


「さて、こいつらはどんな剣士に育つのかなあ」


握っていた光の聖剣【シャイニング】を腰にさす。

風で黄色いマントがひらりと揺れる。


将来、あいつらも王宮聖剣士になるのかあ。

そう思うと、やっぱり心配で…。


すると、エイトが口を開いた。


「花言葉は、ありがとう、だってさ」


「へえ!おにーちゃん、ありがとう!」

「どういたしまして」


ありがとう…か。


しばらく言えていなかった言葉だ。


メリーナ王宮では、毎年夏に黄色い花がたくさん花開いていた。

その黄色いマサヤの花は、真夜中になるとあの日のように力強く咲き誇るのだった。

ただ静かに小さく光を放つだけだった。


きっと、天まで届いているんだろうな。


剣士は悲しそうに微笑んだ。



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マサヤの花は咲き誇る うた @namioumino

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