完璧少女は欠陥少年の嘘を知らない

@arimurakyoujiro

第1編 理想と欠陥




これは私の敗北の記憶。


掴んでほしくて伸ばしていた手を、誰かに差し伸べるようになるまでの物語である。




これはぼくの勝利の記憶。


長年縛りつけられていた呪縛から、自由な世界へ解き放たれるまでの物語である。



―――




One side 理想と完璧




私は私ほど堕落した人間を知らない。


幸いにも容姿に恵まれ、家庭にも恵まれ。一般レベルの試験も入試もなんなくこなせるだけの頭も持ち合わせている。


しかし、私は死ぬほど面倒事が嫌いだ。


落第ギリギリのラインで辛うじて持ちこたえるように何事も仕上げ、教師に冗談めかして叱られる程度で済むくらいの信頼を勝ち取れるよう腐心するほど、全力で何かに取り組むことを避ける。


機転と愛嬌、そして少しの頭さえあれば人は完全であることができる。私はそう確信している。


それが私、想田 由美だ。



こんな性質が良い方向に働いたのか高校受験の過程においてそこまで苦労することはなかった。

余裕で入れる程には勉強していたし、成績もサボっていたとはいえ十分。その高校の情報も既に入手済み。


後はなんなく卒業して普通くらいの大学に入って、それなりの企業に就職しそれなりの男と結婚し寿退社、そして残りの生涯を専業主婦として暮らす。これが私の人生設計図だ。完璧だ。


合格発表日の朝。合格していることは分かりきっていたが、私は大学受験の合格発表の中継をわざわざ見るくらいには人々が結果に一喜一憂している様子が好きなので、徒労だと分かりつつも自分の目で確認しに行くことにした。


私の受験番号はあっさり見つかった。当然だ。受かって当たり前の所に行ったのだから。

発表されて5分ほど経過したがまだ会場は喜びと悲しみの感情がごちゃまぜになった軽いような重いような空気が渦巻いている。


隣にいる便宜上の友人たちもそんな空気にのまれたのか、まるで動物園の猿のように相手のことを自分のことのように喜び合っている。周囲から見れば微笑ましい光景ではあるものの、私には獣が互いの傷を舐め合っているようにしか見えず、私の心は酷く醒めていった。



蹴落としてまで人の上に立ちたいとは思っていない。だが、長い間苦労してもなお、得られるかどうかわからない不確かな幸福より、より明確な、例え世間から疎まれるような地位になろうと、他人より幸福であることを自覚できるような完璧な人生を目指している。その為には己のプライドだって、機会だってなげうってみせるつもりである。


それゆえ互いに庇いあい、傷を舐めあい、同類しかいないぬるま湯コミュニティでいつまでもお互いを正当化しようとしている彼女たちのような人間が大嫌いだった。

他者に依存しなければ『わたし』を確立できない脆く、弱い人間。互いを持ち上げ、コミュニティを守るために嘘に嘘を重ねる歪んだ、おぞましい共依存。とてもじゃないが正常ではない。異常だ。


私は人に頼らず、人を利用して生きてきた。仲間同士で談合して仲間の一人に1位を取らせることになんの意味がある?本当に本人ためになるのだろうか?なる筈がない。

人は敵を越えようとして初めて成長する。己の中の敵でも他者でも関係なく。

しかし、己を仮想敵とするのは生半可な意志では維持するのが難しい。気が緩むとサボりたくなる。それが人間だからだ。


だから不変的な、存在が明確な他者こそ最適な仮想敵となり得る。互いを高め合うとは慣れ合うことではない、互いに敵として認識し、相手を打ち負かそうと競合することが真の意味で『互いを高め合う』行為だと私は考えている。


だからだろう。偶然目に入った隅っこで一人携帯をいじっている、彼が気になったのは。





身長はおおよそ160後半とお世辞にも高いとはいえない背丈にある程度は整えようと試みた形跡があるボサついた髪をしている痩せ気味の少年は片手に受験票、もう一方に握っている携帯電話をずっと見ていた。

一見、クラスに何人かいるただの冴えない男子のようだが何かが決定的に何かが違う、そんな気がした。


ふと彼がこちらを見る。

眠たげな垂れ目から一切の感情を感じさせないフラットな瞳が一瞬、私を捉えたような気がした。




―――





家に帰ってからも彼のことが気になって仕方がなかった。恋慕ではない。一目惚れなんてものを信じてられるほど私は夢見がちな女ではない。

そもそも相手はこの学校に合格しているのかすら分からない。なのに頭の中で常にチラついている。それが非常に鬱陶しかった。

彼から感じた違和感の正体を知りたかったが、もう彼と関わることは、多分ないだろう。あったとしても利用できる範囲で利用するだけだ。そうだろう?、と自分に言い聞かせ私はベッドに向かった。



翌日、目覚めると昼だった。

友人と何か約束していた気がするが、適当に用事をでっち上げれば誤魔化せるだろう。そういう家庭であるかのように振る舞うことを心がけてきた私に隙はない。ささっと携帯のキーボードを弾き、言い訳を綴った。

まだ眠たかったので二度寝しようと考えたが、空腹だったのと昼過ぎなのに寝るのは流石にまずいと感じ惜しみつつもベッドから出た。


「由美、起きたのか」

「うわ」


居間に降りると珍しく兄の庄司がいて食後のコーヒーの飲んでいた。

教師を目指して苦労して大学まで行ったものの夢破れて地元で就職した穀潰しの立派な社畜である。

普段はもう出勤している筈だが、どうやら今日は久しぶりの休日のようだ。


「久しぶりにまとも顔を合わせたのにうわってなんだ、うわって」

「穀潰しの社畜なんて鬱陶しがられて当然でしょ。愚図庄司」


そう言うと彼は「…ぐぅ」と小声で言うとそれっきり黙りこくってしまう。『ぐうの音も出ない』というつもりなのだろうがものすごくつまらなかった。そんなしょうもないギャグを考える暇があるなら真面目に転職を考えるべきだろう。

私が無反応だったからか、兄は気まずげにコーヒーを啜り始めたが、彼のコーヒータイムはテーブルの上で携帯が踊ったことで終わりを告げる。

相手を察したのか兄は見てわかる程大きなため息をついた。


「…上司からか。休日くらい休ませてくれよ…」 


「相変わらず真っ黒だね」

「まったくだ」


私の言葉に兄は苦笑いを浮かべ、携帯を持って慌しげに廊下へ走っていった。


両親は共働きで基本この時間にはもう家にはいない。テーブルの上には私にあるものを適当に食べるようと書いてあるメモと兄の置き忘れたマグカップのみ。私だけが家に取り残される。

これだけは昔からずっと変わらない、私の一日の始まりだ。


寂しいと思ったことはない。親はは私に不自由なく暮らせるよう最善を尽くしてくれているし、小さい頃から兄は日中いない親の代わりに私の世話をしっかりしてくれていた。でも完璧ではなかった。


私が何よりも欲しているのは成功によって得られる『幸せ』だ。家族は確かに私に『幸せ』を与えてくれる。だが完璧ではない。


だから私は今日まで生きている。だから私は誰よりも完璧に、幸せになろうとしている。他ならぬ自分の心を満たすために。







Another side 欠陥と現実




ぼくは完璧である。


少なくとも周りはそう信じている。

でもそうじゃないのは他ならぬぼく自身が一番よく分かっている。


竹中『さとる』。それがぼくの名だ。

完璧であることを常に求められた、ぼくにとっての呪いのような名前だ。


『お前は出来る子だ』とよく言われる。

嘘だと誰でも分かる欠陥だらけの褒め言葉。ぼくが言い返さないのを良い事に彼らは好き勝手言いふらす。

典型的な毒親だ。それなりの職にある両親や家族は一人息子であるぼくが無能であることを認めたくないのだろう。

いっそのこと割り切ってしまえば余計な気配りをしなくて済むだろうにそこまで体裁に拘る親族にぼくは呆れていた。


『頑張ればできる』とよくぼくは言う。

正直なところ、嘘だ。ただ虚勢を張っているにすぎない。親が厳しいと子どもは嘘つきになるとよく言われる。見事にぼくがそうだ。向こうが完璧を求めるほど、こちらは完璧であるという嘘をつく。最悪の悪循環だ。


出来が悪い子どもであることぐらい、誰の目で見ても明確だ。あくまでぼくが評価されているのは姿勢であり、学習面は言葉で言い表せないくらいお粗末なものである。


幸い、社交性だけは一丁前にあり、交友関係はわりと広いと自負している。ただ腹を割って自分が無能であることを告げれるほど心を許している友人は一人もいない。けど、いざと言うときに頼れる人が殆どだ。なにより彼らは違う学校に行ってもぼくを友達だと思ってくれている。それがとても有り難かった。



遠くの高校を選んだのは親から逃げるためと言っても過言ではない。要職に就くためという体裁でなんとか苦労して受験したがまあ、無理だろうなと思っていた。



合格発表の日。親にゴタゴタ言われて、ぼくはわざわざ発表会場まで足を運んだ。


何故かぼくの番号があった。


まさか受かっているとは思わなかった。が、不思議と嬉しくはなかった。

周りを渦巻く巨大な感情の波に気圧されたのかもしれない。

取り敢えず一通り親に連絡すると間髪置かず、おめでとうと返ってきた。まるで分かっていたかのような周到さだ。無性に腹が立ってきた。


矛先のない怒りをどうしたものか、と視線を泳がせていると有象無象の中に目に止まる人物がいた。


容姿端麗の言葉をその身で体現しているような少女がいた。もちろん、彼女程ではないが誰から見ても美形とされる生徒は性別問わずチラホラいる。しかし彼女だけ纏う雰囲気が異なった。


そう、言うならば狡猾な狐。歴史における悪女と呼ばれるような者と同類の雰囲気を彼女は醸していると感じた。


すぐに見るのを止めた。魔性に捕らわれそうな感覚に襲われたからだ。触れぬ神に祟りなし、ああいうのと関わってしまうとただでさえ危うい将来が更に怪しくなってしまう。とっとと手続きを済ませてすぐに家に帰ることにした。



―――



この時のぼくは気づくべきだった。もう既にその悪女に目をつけられてしまっていたことに。

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