拾壱
女の子には兄がいた。
大好きだった兄がいた。
けれど女の子は、兄のことが大っ嫌いになってしまった。
兄のせいで両親と離れ離れにされ、たまに怖いことが起こる街で怯えながら暮らすことになり、自由にどこかへ遊びに出掛けることも許されず、兄は兄で知らない人達とばかり一緒にいる。
狭いお部屋で、いつも一人。
つまんなくて、淋しくて。
つまんなくて、淋しくて。
つまんない、よりも淋しいばかりで。
泣き出しても誰も来ない。兄は全然会いに来ない。
何も楽しくない、ここにいたくない、なのに外へは出られない。
淋しさは徐々に、怒りへと塗り替えられていく。
何で自分がこんな目に遭わなければいけないのか。兄は外で自由に過ごしているというのに。
変な力が使えるのは兄だけで、自分は何の力も使えない普通の子供なのに。
何で? 何で? 何で? ──何で私がこんな目に!
女の子は確かに、普通の、何の力も持たない子供だった──はずだ。
しかし、
女の子と兄は、同じ肚で育ち産み落とされた双子であり、
女の子がいたのは、特異なことがよく起こる街・空架であり、
女の子はずっと、強いストレスを抱えて日々を過ごしていた。
それらのことが積み重なって──気付けば、女の子にも兄と同じ、兄と相容れない、特異な力を宿すことになった。
小説の神様、志賀直哉。
人望厚く、友人にも恵まれた彼だが、そんな彼を嫌う人間が何人かいた。
たとえば、そう──太宰治も、その一人。
女の子は、太宰治になった。
最初は訳も分からぬまま、頭の中に現れた本の内容を読み上げ、建物を破壊することで自由を得たものの、空架に送られてからほとんど外に出たこともない幼子に、街の理など分かるはずもなく。
だが、幸か不幸か、『白樺』のやり方に不満を持っていた人物に偶然にも拾われ、空架での生き方、『白樺』の悪行などを教え込まれていき、女の子はその人物を自身の『作品』にして、『白樺』への反逆行為、そして兄への復讐を始めた。
成長しても、老いても、両者は争いを繰り返し、亡くなるその瞬間まで、兄妹が和解することはなかった。
代替わりしても険悪な関係が変わることもなく、後に太宰治と同じ無頼派の坂口安吾、織田作之助も現れたことで、争いは激しさを増していった──らしい。
俺が生まれる前に起こった話であり、二年前に太宰さんが死んでから、無頼派はなるべく、そうなるべく大人しくしている。……つもりだ。
今は、その時じゃない。せめて──彼女がもっと、自在に力を使えるようになるまでは。
◆◆◆
カレーを食べている間はゆっくりできた。
雑談とか、近況報告とか、今後の予定だとか話したりして。
けれど食べ終えれば、俺が皿を片付けている間に、俺の傍と坂口さんが手に持つ以外の照明具が片付けられていて、洗い終わってから皿と傍に置かせてもらっていた照明具を二人に返すと、
「じゃあな、今度はヘマすんなよ」
「またカレー食べましょうね」
足早にどこかへと行ってしまった。
『白樺』の連中に彼女の正体について探られると
彼女は表向き、坂口さんの作品のどれか、ということになっていて、その正体は俺と坂口さん以外には秘密にしていた。
調子の良い時と悪い時の差が激しく、何の変化もないということもあれば、とんでもなく厄介なことになってしまうこともあり、力の制御がきちんとできるようになるまでは公表しないつもりだ。
空架にいる『作家』と『作品』全てを把握しておきたいらしい『白樺』の連中は、彼女のことを、そして坂口さんの思惑を知るべく、二人のことを探しており、ついでに三羽鴉の一羽たる俺のことも、何か知っていると決めつけて探しているのだと。
太宰さんが生きていた頃とは変わってしまった、不毛な鬼ごっこ。
──それが終わる日なんて、まるで想像できない。
色々と大変だろうけど、坂口さんが、それに坂口さんの『作品』達も支えてくれているし、俺は影ながら応援することしかできまい。
次に会う時は、あまり無様な姿を見せたくないものだが。
真っ暗な空間に一人残され、手持ちのペンライトでも点けようとポケットに手を突っ込んだ所で、テンに貸しっぱなしだったことを思い出す。
溜め息を一つして、スマホを取り出し、その乏しい明かりを頼りに出入り口へと向かう。
一段、二段、三段と上った所で、黒電話の音が鳴り響いた。
「……」
スマホの画面を確認。そこにはバルの名前がある。
またいつもの厄介事だ。せめて一日だけでも大人しくできないものか。
通話できるよう指で操作しながら、スマホを耳に持っていく。
『織田先生おはようございます大変です助けてください』
「はい、おはようございます。落ち着いてください」
さぁ、今日はどんな用件で?
無頼鴉の厄介事 黒本聖南 @black_book
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