渋谷颯斗
今日から、新しい俺が始まる。
桜が大分散り始めて、俺が歩くたびに風で桜が舞う。
去年、公立の大学に通っていた俺は、また再スタートしようと大学を辞めた。全然、後悔していない。
スタートをきるのはスタートラインだったとしても、何かを取り戻すために途中で引き返すことだってあるだろ? ほら、脱げちまった靴の片方みたいに。
今日から、また大学生活が始まる。俺は公立大学を辞めた後、死ぬ気で受験勉強をして国立の大学を受けることにした。母と同居しようと決めた俺は、地元の国立大学を目指した。
運が良かったのか実力なのか何なのか。無事、合格した。
今年からここへ通う大学生のほとんどは、俺より二学年、年下になるんだろうけど、そこは大して問題じゃない。というか、問題なことなんてひとつもない。
歩いていると、ふと後ろから気配がしたので立ち止まり、振り返った。数メートル先に、俺よりも随分背の低い佐伯京……俺の弟が、立っていた。
彼は、立ち止まって俺を見ている。
「渋谷さん。お久しぶりです」
「よぉ佐伯ク……じゃなくて京クン。久しぶり」
「知ってたんですか。僕たちが兄弟だってこと」
相変わらず表情が固い京クンは、眼鏡ではなくコンタクトにしていた。
高校の制服姿くらいしか見たことなかったからか、私服姿の京クンは新鮮だ。
なんか、シンプル過ぎるけど。
「俺も知ったのついこの間だって。それより京クンなんでここにいんの」
「僕もこの大学に通うからです」
「え? もっと上いけたんじゃね?」
「いけましたけど、いかなかったんですよ。この大学でしかできないことを、するんです」
そうきっぱりと口にした彼は、この間会ったときよりも更に成長しているように感じた。なんかこう……凛としているような、そんな気がする。
「そっか」
自然と笑みが出てきて、それにつられるようにして京クンもまた笑った。
彼が俺の横まで歩いてくるのを待ってから、二人で前を向いて歩き出す。
京クンが弟だって聞いたときはそりゃ驚いたけど、別に違和感はなかった。
多分、あの入れ替わり事件があったからなんじゃないだろうか。もしかして、俺たちが兄弟だから入れ替わったのだろうか。なるべくしてなるものなんだなぁ。
桜が舞う中、俺たちは歩いた。
自分が自分であるためには、自分に負けてはいけない。
自分が自分であるためには、誰かを必要としなければならない。
『自分という存在は、自分だけでは成り立たない。必ず誰かを必要としている』
鳥のさえずりと桜の舞う風の音に混ざってどこからかあの声が、聴こえた気がした。
俺たちは、スタートをきった。
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