佐伯京

 二〇二三年、一月九日。

 僕は成人式に訪れていた。受験勉強も勿論あるのだが、僕にはどうしても会わなければいけない人がいた。

 あれから半年ほど月日が流れて、今の時期、外ではマフラーを首に巻いている。

 僕には風のように過ぎてしまったが、もう不安はない。僕は、僕を見つけたからだ。

「あ、渋谷さん」

「おおっ佐伯クン。久しぶりー。もう随分寒くなったな」

 渋谷さんの髪の毛は黒色になっていて、すぐには分からなかったが、近くにいたあの友人さんたちで分かった。本当にクセが強いんだよなぁ、特にあの関西人っぽい人。

「え? こんな進学校に知り合いいたんだ颯斗」

「ほんまやな。どこで知り合うねん」

「あ。お久しぶりです」

「「久しぶりぃ?」」

 この雰囲気が、懐かしいというのは少し違うが、そんな感覚がして顔の筋肉が緩んだ。

 僕には友人という友人がいないから、やっぱり少し渋谷さんが羨ましい。バカだって良い。こんな友人が、一人は欲しいものだ。

「……なんて。ふざけました」

「君みたいな子でも、冗談言うんだ……」

「真顔で言わんといて。なんか知らんけど怖いわぁ」

 渋谷さんには伝わったようで、さっきから腹を抱えてククククと笑っている。

 今になって気づいたが、最近になって視力が落ちたのか渋谷さんが眼鏡をかけていた。

 彼には黒髪に眼鏡がよく似合っている。


「俺、今の大学やめたんだ」

 唐突に言われたのは、式が終わってさぁ帰ろうというところだった。渋谷さんと二人、自動販売機で温かいお汁粉を飲んでいたもんだから、それを吹き出しそうになって、むせた。

 僕の様子を見て、大丈夫か? と言いながら笑う渋谷さんの姿を見たら、どうしても『なんでですか』という一言が聞けなかった。何かしらの理由があるのだろうし、それを僕がどうこう言えるわけでもないからだ。

「新しく自分、つくってみようかなっと思ってさ」

 勉強を諦めたって、自分を生かす方法はいくらでもある。渋谷さんなら、大丈夫だろうなぁと思った。

 手には、温かい缶の熱が伝わってくる。

 良いと思います、とだけ言って話は終わってしまった。またどこかで会うのだろうけど、会えるのだろうかとも思った。

 渋谷さんは、僕が想像していた以上に変化していた。

 正直、この年上には敵わない気がした。


 コートに手を突っ込んで、マフラーに顔をうずめて歩く。白い息が視界を漂った。

 僕は、式へ行ったその足で、父方の実家へと向かった。もう祖父母は他界しているのだが、僕が成人したから挨拶したいと思ったのだ。そこへは、受験勉強が忙しくて数年間行けていなかった。

「京おかえりなさーい」

「手を洗ってきなさい」

 両親はすでに到着していて、二人揃って僕を迎えた。何故か、むず痒い感じがした。

 線香をあげようと仏間へと行って正座したとき、写真が飾られているのが目に入る。

 僕の祖父母と、曾祖母と曾祖父の写真。その四つの写真立てのうち、僕はひとつだけに意識が集中した。見入ってしまった。曾祖父と思われるその写真の顔。

 僕は、知っていたのだ。

——あの、盲目の男性だった。

 あの入れ替わりのトリガーだった盲目の男性が、僕の曾祖父? 

 神秘的な力が働いたのだとしても、理解できないことがあった。

 では渋谷さんは何なのか。

 僕たち三人に、共通点はないはずだ。一体何故、渋谷さんなんだ。

 消えていく線香の光を、眺める。独特の匂いが、僕の鼻を刺激していった。

 そして、僕は告げられた。

——僕には、異母兄弟がいるのだと。

 両親は以前から成人式の日に告げようと決めていたらしい。僕はそれを聞いても、さほど驚かなかった。何故か? いやだって僕、いつでも冷静だから。

 でも、流石に写真を見せられたときは驚いた。その写真を見た瞬間、全てが繋がった。

「渋谷……颯斗、さん」

「知ってるのか?」

 母親とのツーショット写真には、紛れもなく彼の笑顔が写っていた。

 確か、シングルマザーだと言っていたような……。離婚する前の旦那が、僕の父だったのか。

 渋谷さんは、僕の兄だった。そして、盲目の男性は僕……『僕たち』の曾祖父だった。

 僕たちがお互いのことを知るために、お互いの生き方って言ったら大げさかもしれないけど、それを知るために僕らの曾祖父が盲目の男性としてこの世界に降りてきたのだろう。

 涙が、出てきた。

 視界が歪んでいるのを感じて、自分でもわけが分からなかった。どうして泣いているのか、見当もつかなかった。

 ただ、僕は泣いていた。渋谷さんに、会いたくなった。いつ会えるかも分からないまま別れたことを、後悔した。彼が、今までどんな風に生きてきたのかを、知りたくなったんだ。

 渋谷さん。僕にも、感情があるみたいだ。僕だって感情中心になることがあるみたいだ。この感情を感動と呼ぶなら、こんなにも嬉しい気持ちと苦い気持ちが入り交ざっているのは、何故なんだろうか。

 僕の存在がどうとかじゃないけど、僕の父が渋谷さんの家庭で今も暮らしていたら、渋谷さんとお母さんは何不自由なく暮らせていたんじゃないかと思うんだ。それを考えると、何故だか申し訳なくて。

 そんなことを言ったら、『この世に佐伯クンが存在してる方が大事なんじゃねーの』とか言って、白い歯を見せながら笑うんだろうな。なぁ? 兄さん。


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