第6話

 


 翌日、出勤すると、


「晶子ちゃん、おはよう。また、誘うからね」


 鈴木が誤解されるような言葉を発した。途端、従業員が一斉にさげすむような視線を晶子に向けた。


 ……軽薄な男。



 案の定、パートたちからのイジメが始まった。


「武藤さん。これ一枚足りないわよ。ちゃんと数えてよ」


 一番の古株が眉間に皺を寄せた。


「すいません。気を付けます」


 晶子は素直に謝った。



 昼の休憩も、晶子の横に座る者は居なかった。携帯をいじりながら黙々と弁当を食べていると、


「ったく、図々しい。もう、社長とデキてんのよ。いやらしいわね」


 と、古株が晶子に聞こえるように言った。


(冗談じゃないよ。あんなファッションセンスのない、軽薄な男と誰が寝るかよ。バーカ。辞めるのはいつでもできる。犯人を挙げるまでは我慢、我慢)


「ハッハッハッ」


 こんなやからと同じ空気を吸っているのかと思うとバカらしくなって、晶子は携帯のメールを見ながら高笑いをした。


 食事を終えると、そそくさと休憩室を出た。連中の目が届かない所で飲むカフェオレの美味しいこと、美味しいこと。



 午後の作業が始まった時だった。事務所から出ていく鈴木の後ろ姿が見えた。銀行にでも行くのかと思っていると、ハッとした。間もなく、作業着姿の鈴木が社員と一緒に事務所から出てきたのだ。


(えっ!じゃ、さっきの鈴木のジャケットを着た男は誰?)


「ちょっと、武藤さん。どこにシール貼ってんのよ。ページが違うでしょ?ったく、ちゃんと貼ってよ」


「……すいません」



 終業時間のチャイムが鳴った瞬間だった。晶子はハッとした。帰ってきたのは、鈴木のジャケットを着た鴨下だった。二人は背格好が似ている。


「アッ!……そうか」


 晶子の声に皆が振り返った。急いで打刻をすると、


「お疲れさまでした!」


 と、挨拶して、逃げるように帰り支度をした。



 事件の謎は解けた。帰宅すると早速、池袋警察署に匿名で手紙を書いた。


【池袋のラブホテルで女子高生が殺害された事件ですが、犯人は〈鈴木紙工〉の社長です。パチンコ店の防犯カメラに映っていたエンブレム付きのジャケットを着ていたのは、社員の鴨下です。二人を取り調べてください。 北石照代(きたいしてるよ)】



 翌日。晶子は、入院することになったと嘘をいて、〈鈴木紙工〉に辞めるむねの電話をした。そしてまた、派遣の仕事を再開した。




 鈴木は、取調室で項垂うなだれていた。


「――パチンコでもやろうと、鴨下と一緒にパチンコ屋の前まで行くと、結香から声をかけられて。鴨下がパチンコ屋に入ると、お金が欲しいから買ってくれと言われて。以前から好きだったので、喜んでホテルに入ったら、急に、『やっぱやめた。あんたなんかタイプじゃないし』と人を馬鹿にしたんで、カーッとなって首を絞めました。気が付くと死んでました。行きずりの犯行に見せかけるために財布と携帯を盗むと、逃げるようにホテルを出ました。


 アリバイをどうしょうかと考えていると、パチンコをしている鴨下を思い出して。偶然にも、鴨下が着ていたのはLゴルフクラブのメンバーズジャケットだった。Lゴルフの会員は皆が持っている物だった。背格好も似ている。それに、俺と同じく黒っぽいキャップを被っている。


 パチンコ好きの鴨下はまだやっているはずだ。ガラス窓から店内を覗くと、案の定、キャップを被った鴨下が居た。俺はホッとすると、早速、鴨下の携帯に電話をして、『わけは後で話すから、帽子を脱ぐな。7時ジャストに店を出ろ』と命令しました。鴨下にはそれなりの報酬をやりました。事件後、急に〈紫煙〉に行かなくなったらかえって疑われると思って、いつものように呑みに行きました。――」




 仕事を終えた晶子は、東武東上線に乗り換えるため池袋駅で降りた。ラッシュアワーで改札は込み合っていた。背負ったリュックを押されるのと同時に、「邪魔なんだよ」とか、「どけろよ」とか、若い女の声がした。


 もうすぐ改札だ。我慢、我慢。晶子はそう思いながら後ろを無視した。すると、


「オバサン。これ、ウザいんだけど」


 と、リュックを押す若い女の声が耳元でした。振り向くと、茶髪に厚化粧の高校生だった。その容姿は、結香を彷彿ほうふつとさせた。






 晶子は、古い友人にでもったかのように懐かしそうに見つめると、優しく微笑ほほえんだ。――





 完

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都会という名の闇 紫 李鳥 @shiritori

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