訪問‐③

俺が知りたいのは、川瀬成彦と武装ドローンの関係である。

卓越した電子工学知識無くして、あんなものは作れない。

そして成彦の経歴と業績からして、彼がその役割をになったとしてもおかしくは無い。


確認すべきは点は一つ──


あのドローンが、一体だ。


あれ程のものを作るには、それ相応の設備が必要となる。

もし成彦が関与していたとして、自宅などで対応出来る代物ではない。

警察の調書では、成彦の勤務状況に問題は無い。

ということは、勤務先である電子装備研究所がである可能性が高いという事だ。

最高責任者という立場を利用すれば、極秘裏に事を進めるのも不可能ではない。

できるなら、康子の供述からそのヒントを得たかった。


「いえ……国防の機密に関わる事だからと、仕事の話はほとんどしませんでした。何かしら、大学時代の研究理論の応用だと聞いた事はありますが、それ以上は何も……」


康子は、視線を机上の茶器に落としたまま答えた。

嘘をついているようには見えない。


成彦ほどの地位であれば、その包有する情報全てがトップシークレットとなる。

誓約書を交わすまでも無く、他者への提供は御法度だ。

それがたとえ、信頼のおける家族であろうとも。


手応え無しか……


俺は胸中で、落胆のため息をついた。


「ご結婚される前、奥さんはご主人と同じ〇〇大学の電子工学部におられたとか」 


俺は、さりげなく話題を切り替えた。


康子の言う、「大学時代の研究理論を応用したもの」という言葉が引っ掛かったからだ。

もしかしたら、当時の研究内容の中にドローンとの関係を示すヒントがあるのかもしれない。

成彦が、相当昔から構想を練っていた可能性も否定できないからだ。


康子は一瞬はっとするような顔をしたが、すぐに頷いて肯定した。


「大学時代、ご主人はどのような研究をされていたのですか。差支えなければ、お聞かせ願えませんか」


俺は、思い切ってストレートな質問を投げかけた。

たまには強引さも必要だ。


成彦の発表論文については、一応目は通してある。

難解な学術用語ばかりで難儀したが、レフティのサポートである程度は把握できた。

その上で、あえて聞いているのである。


康子は机上から俺の方に視線を移すと、不思議そうに二、三度まばたきをした。

一介の警察官が、学者の小難しい研究内容を知りたがるとは思わなかったのだろう。

それでも彼女は、蚊の鳴くような声で「はい」と答えた。


「主人の……私達の研究は、産業用ロボットの機能向上に関するものでした」


仏壇の方に視線を送りながら、康子はポツポツと説明し始めた。


「その中でも主人が着目したのは、量産工程におけるロボットアームの機能向上についてでした。通常は事前のインプットデータにより可動するロボットアームを、状況に応じて自己判断させることで、より速くより精密に動かせるように出来ないか……主人はそう考えたんです」


そこまで言うと、康子はお待ち下さいと言って立ち上がった。

そのまま仏壇まで行き、抽斗ひきだしから小さな写真らしきものを取り出して戻ってきた。

俺は無言で、渡されたそれに目を落とす。


そこには、大人の背丈ほどもあるロボットアームが写っていた。

そのまわりを、数名の白衣姿の若者が囲んでいる。

ロボットアームのすぐ両脇には、若かりし日の川瀬成彦と康子の姿が確認できた。


一夜漬けで覚えた俺の豆知識によると、写っているロボットアームは[垂直多関節型ロボット]と呼ばれるもののようだ。

いくつかの関節を有するアームの先端には、四指のハンドが据え付けられている。

このハンドが、人間の手の役目を果たすのだ。


ロボットアームは、近年急発達した産業用ロボットの代名詞とも言える代物だ。

特にライン方式をとっている製造業においては、高密度作業の連続稼働が実現し、生産性向上と人員削減による収益改善に大きく寄与していた。

需要の高まりと共に価格も安定し、零細企業でも積極的に導入が進んでいる。

ただ製品品質と性能向上に対する顧客要求も、日を追うごとにエスカレートし、需要と供給が【いたちごっこ】を繰り返しているのも事実だ。

市場が求めているのは、コストパフォーマンスではなく、【より繊細でより速く】といった対応力だった。

このため開発にたずさわる企業は、新製品を生み出すのに四苦八苦していた。


とりわけロボットアームについては、その市場ニーズの高さゆえ慢性的な開発遅れが生じていた。


進捗状況を独自で判断・調整し、メンテナンス作業も自力で行い、かつ難易度の高い作業が可能──


市場が欲しているのは、そんなロボットだった。


成彦の研究テーマは、この課題解決を狙ったものだ。


「通常のロボットアームは、先端部を空間上の任意の位置に運ぶために三つ、さらに先端の角度まで考慮すれば、最低でも五つの[軸]と呼ばれる関節が必要になります」


さすがに元研究員らしく、知らぬ内に康子の口調は専門家のそれになっていた。


「主人はこれを、倍の十軸まで増やしました。回転や伸縮時における機械特有の動きの無駄を無くすためです。単に可動させるだけではなく、そこに人間の持つを付加しようと考えたのです」


膝上に両手を重ね、康子は説明を続ける。


その視線は、どこか遠くに注がれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る