指令-⑥

「本部長、ここからの私の任務は……」


俺は、決意のこもった眼差しを本部長に向けた。

持ち前の正義感が、むくむくと頭をもたげ始める。

俺が意を汲んだと判断したのか、本部長は満足そうな笑みを浮かべた。

そのまま静かに立ち上がり、俺の肩に手を置く。


「まずは怪我を治せ、九牙。経緯はどうあれ、お前の負った怪我は、私の認識の甘さにも要因の一端がある。再調査の件も情報共有しておくべきだった。すまなかったと思っている」


毅然とした中にも、優しさのこもった口調だ。


俺は「いえ」と首を横に振った。


「そして回復次第、川瀬の事件を追うんだ。奴を殺したのは誰か。何故殺されたのか。先の二件とどう関わっているのか、徹底的に調べるんだ。私は二人の容疑者の身辺を洗い直してみるつもりだ。固定観念を捨て、あらゆる角度から徹底的に調べ直す。これら三件の事件を辿った先に、必ず真相がある筈だ。そいつを見つけ出さねばならん」


本部長は、真っ直ぐ俺の顔を見据えて言い放った。

司令官としての確固たる意志が伝わってくる。


「分かりました」


俺の力強い返答に大きく頷くと、狩矢本部長はそのままドアの方に向かった。

去り際に恵子にも一瞥を送り、片手を挙げてよろしくというポーズをとった。

本部長が退出したのを見届け、俺は恵子の方に向き直った。


「恵子……いや、有馬先生。俺はいつ動けるようになるんだ」


恵子も、すでにベッド脇に戻ってカルテを眺めていた。


「一か月は絶対安静……といっても、あなたの事だから納得する筈ないわね」


恵子は、カルテから俺の方に視線を移して言った。

その表情は諦めというよりは、どこか楽しんでいるようにも見受けられた。


この才女とは、俺が特隊に入った頃からの付き合いだ。


当初は医務室でたまに顔を合わす程度だったが、俺がSSS要員の誘いを蹴った話を聞くと、やたら話しかけてくるようになった。

単なる興味本位なのか、他に何か意図があるのか、その時は分からなかった。

理由を知ったのは、彼女がSSS計画のメンバーと分かってからだ。

本部長から、俺の日常に注意を払うよう指示を受けていたらしい。


ついでに補足すると、この女性──経歴も、かなり変わっている。


特隊に入る前は、某有名大学にて量子物理学を研究していたらしい。

当時、量子コンピューターを利用した思考型AIの新理論を提唱するも、あまりに荒唐無稽という理由で大学からは全く相手にされなかったと聞く。

だが、彼女は信念を曲げようとはしなかった。

学内で厄介者扱いされていた彼女に目をつけたのが狩矢本部長だ。

本部長自ら内閣調査室の上層部に掛け合い、[SSS計画]に使用する内蔵型コンピューターの候補として恵子のAI理論を推奨したのだった。


正式に特隊本部職員となってからは、医師資格を活かして医療部門勤務となった。

今では、[SSS計画]のメインスタッフとして多忙な日々を送っている。


俺が左腕を失い、感情抑制が効かなくなった時期、精神面で立ち直らせてくれたのは狩矢本部長だが、身体面でのケアを請け負ったのが彼女だ。

文字通り昼夜を徹して、俺の身体機能回復につとめてくれたのだ。


本来なら、俺はこの女性に感謝すべきなのだろう。

俺にレフティを接合したのも、彼女の意思ではない。

あくまで、本部からの命令によるものなのだ。


勿論、そんなことは分かっている。


分かってはいるが……


顔を合わせても、いまだに愛想良くはなれない。

心奥に根付いた人工臓器への偏見と疎外感が、どうしても態度を硬化させてしまうのだ。


俺も、まだまだ未熟者って訳だ……


俺は、自虐的な笑みを浮かべるしかなかった。


「今の回復状態からみて、あと二、三日もあれば骨は癒合するでしょうね。内蔵の出血も、もう止まっているし……あちこちの損傷が分刻みで回復している。全く、呆れるくらいの治癒力ね。時々、細胞がバクテリアなんじゃないかと勘違いするわ」


たいして驚いた様子も無く、恵子が言い放つ。

とても重症患者に対しての台詞とは思えないが、俺も聴き慣れているので気にもならなかった。


「この分なら、一週間ほどでリハビリに移れるわよ」


「四日だ」


俺はまた、ぶっきら棒に言い放った。

早く治るなら、体がバクテリアでも何でも構わない。


「四日経ったら退院する。リハビリは必要ない。どのみち、外に出れば身体を動かすんだ」


のんびりと、リハビリなど受けている時間は無い。

少しでも早く、捜査に戻りたかった。


「そう言うと思った」


恵子は肩をすくめると、カルテを抱えたまま病室から出て行った。

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