指令-⑤

「結局、何も分からなかったという事だ。誰かは知らんが、相当肝の座った奴だよ、まったく……」


本部長は、俺の心を見透かしたように吐き捨てた。


「最後に、一連の防衛省要人殺害事件との関連性についてだが……」


そう言って、本部長は地下施設の写真をくしゃくしゃと丸めた。

そのまま、横に立つ恵子に手渡す。


「当初、上層部は先の二件の殺人と今回の刺殺事件との関連性は無いと判断していた。お前とレフティの働きで、すでに容疑者は捕縛されているからだ。特隊の介入も、一旦そこで終わっている。しかし……」


本部長はそこで一呼吸おくと、怪訝そうな顔をした。


「私には、どうも釈然としないものがあった。それは、容疑者と被害者との接点が見つかっていない事だ。裁判では容疑者の証言が争点となるが、いまだ自供の裏付けが取れていない。おかげで検察側はやきもきしているよ。弁護側は、当然そこを突いてくるだろうからな」


本部長は、呆れたように首を振りながら言った。


裏付けが取れなければ証言自体の信憑性が疑われ、最悪精神鑑定に持ち込まれる可能性もある。

検察にとって最も厄介なのは、それにより容疑者の責任能力が否定される事だ。

入院措置となれば、実刑を免れるのは必定だ。


「二か月という短期間で、同じ防衛省の人間が連続して殺害され、容疑者たちは自分がやったと自白している。動機も明白だ。しかし、肝心の動機の裏付けが全く取れない。容疑者の自供と、被害者の行動が合致しないのだ。当然、容疑者の偽証という事も考えられる。だが、嘘発見器ポリグラフや心理テストの結果は白だった。つまり、彼らは嘘をついている訳では無いという事だ。勿論、二人の容疑者に接点は無い……偶然にしては、少し出来過ぎてるとは思わんかね」


言いながら目を細める本部長に、俺は会釈を返した。


この人の物事の本質を見抜く目は確かだ。

怪しいと言うなら、間違いなく何かあるに違いない。


「実を言うと先の二件については、私の独断で再調査を行っているところだ。勿論、確かな確証を掴むまで上層部と警察には内密にしてある。色々な角度から、容疑者と被害者の身辺を洗い直している。そんな矢先、第三の殺人が起こった。しかも被害者は、これまた防衛省の人間だ……」


そう言って、本部長は肩をすくめて見せた。


こういうところが、この人の「らしさ」だった。

自らの信念のためなら、規律違反など全く意に介さない。

納得のいくまでやり通す意思の強さは、一見無謀に見えるが最大の武器でもあるのだ。


「実は今回の刺殺事件を受けて、私の中にある疑惑が芽生えた。ほとんど直感と言ってもいいが……何だか分かるかね?」


「疑惑……ですか」


「ヒントは被害者たちのだ」


首を捻る俺に、本部長は試すかのような視線を向けた。


職務か……


俺は宙を睨みながら、無い知恵を絞った。


先の二名は、調達管理部監理官と会計補佐官。


そして今回は、電子装備研究所の副所長。


本部長は三つの事件を繋ぐ何かを、そこに見出みいだしたのだ。

数えきれない経験と深い見識のなせるワザである。


はたして……この人は、何を見つけたのか?


軽く深呼吸し、俺は被害者たちの職務を掘り下げて考えてみた。


調達管理部監理官──国家予算により建造する物件の資材調達を担う部門の責任者 


会計補佐官──防衛省予算の収支管理を担う部門の責任者


電子装備研究所副所長──防衛用電子機器の研究開発を担う部門の責任者


資材……資金……開発……


そこまで考えた時、脳裏に一つのイメージが浮かんだ。

ハッとした顔で見返す俺を見て、本部長がニヤリと笑う。


「そう……いずれも、【】に関連している職務だ。【開発】した何かを具現化するには、【資金】と【資材】が必要となる。そして被害者は皆、それらを扱う部署の責任者だった。これまた、単なる偶然とは思えない」


「彼らが職権を利用して、何かの開発に関与していたと言うのですか!?」


本部長の言葉尻を取り、俺は声を上げた。


「そういった可能性も否定できんという事だよ。それが、自らの意思によるものかどうかは分からんが……」


爛々と輝く瞳で語り続ける本部長。


「殺された三人に何らかの共通点があるのは間違いない。真の殺害理由も、恐らくそこにあるのだろう。容疑者たちが唱える、裏付けの無い動機以外の何かが……そして、今回の武装ドローンの登場だ」


そこで言葉を切ると、本部長は俺の顔を覗き込んだ。

その瞳には、決意を秘めた輝きがあった。


「九牙……今回の一件、思った以上に厄介かもしれん。私が最も危惧するのは、今回の件が国家の存亡に関わる可能性のある事だ。仮にそうであるなら、早期に芽を摘み取っておかねばならん」


俺は即座に、本部長の言った【危惧】の意味を理解した。

この人は極秘の開発品の正体が、例のドローンであると考えているのだ。


「最初は楽観視していた上層部の重い腰も、お前のこうむった被害によりやっと持ち上がった。特殊技能を有するSSS隊員が、生死に関わるほどの重傷を負わされたのだ。さすがに、只事では無いと判断したのだろう……今回の件については捜査権限が正式に移行し、今後は特隊が対処する事となった」


本部長は、俺の目を見ながらそう言い放った。

僅かに強まった語気が、事の重大さを物語っている。 


俺を襲ったドローンは武装していた。

しかも装備された兵器は、かなりの破壊力を有するものだ。

尾行した際の航続距離や反応速度からも、その性能の高さは汎用タイプの比では無い。

もしあのような武装ドローンが、闇社会の耳目を集めたとしたらどうだろう。

新世代の戦闘兵器として手に入れたがるやからが増えるのはまず間違いない。

資金力や需要の高さから、テロリストなどの武装集団が顧客リストの筆頭に上ることも容易に想像出来る。


この日本という、世界でも有数の治安優良国家から、テロ使用の武器が出回るなどあってはならない事だ。

ましてや、それに防衛省という国の中枢組織が関与したとなれば、この国の威信と信用は一気に失墜してしまうに違いない。

世界からテロ支援国家のレッテルを貼られ、経済制裁により日本経済はとてつもないダメージをこうむる事になる。


まさしく、国家の存亡に関わる事態だ。


俺は、額に流れる冷たいものを手でぬぐった。

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