指令-③

──SR〈スパンタニウス・リミッション〉──


聴き慣れない言葉かと思うが、[自然治癒力]を意味する。

身体に何らかの損傷を負った場合、自動的に自己修復プロセスを活性化する力の事だ。


人間は誰しも、生まれながらにこの能力を持っている。

先天的には遺伝による継承が一般的で、後天的には特定の鍛錬や生活習慣などの環境要素でも変化すると言われている。

自然治癒力には外傷などを修復する自己再生機能と、細菌などを排除する自己防御機能とがある。

傷口が炎症を起こしたり、瘡蓋かさぶたができたりするのもこの力の一つのあかしだ。


実は、俺の腕にレフティが接合された理由もここにある。


なんでも、俺のSRはらしい。

ただ【強い】といっても、あくまで抵抗力や回復力の話であって、SFアニメのように無くなった手足がまた生えてくる訳では無いので誤解しないでくれ。

負傷した際は、当然治療も必要だし、傷跡も残る。

違うのは、その治癒期間が驚異的に短いという事だ。

全治一ヶ月の怪我でも、三日あれば完治してしまうといった具合である。


俺の場合、この体質は先天的なものらしい。


確かに、生まれてこのかた病気には縁が無く、怪我らしい怪我をした覚えも無い。

しかしながら、俺の家系に同様の体質を持った者はいなかった。

つまり、遺伝では無いという事だ。

特隊の研究班からは、誕生と共に体質が変化した、いわゆる突然変異だろうと言われている。

数万人に一人の発生率だそうだ。


狩矢本部長が、「お前のSRがあれば心配ない」と言ったのはこのためだ。


ついでだから、俺とレフティの話もしておこう。


俺が特殊部隊の存在を知ったのは、刑事の仕事をしていた時だ。

ある日突然、関係者と名乗る者が接触してきた。

特隊が体制強化のため設置を検討している[特能部隊]──通称SSSスリーエス(スペシャル・スペック・スクワッド)に、俺を迎えたいと言ってきたのだ。


特能部隊とは、隊員個々が基本スキルとは別の固有スキルを有し、個人を活動単位として難易度の高い潜入捜査や諜報活動を行う遊撃部隊の事だ。


分かり辛いと思うので、もう少し詳しく話そう。


特隊にはその任務の性質上、武装集団との交戦など常に命の危険が付きまとう。

戦闘レベルに比例して負傷リスクは跳ね上がり、致命にならないまでも、身体に修復不能な損傷をこうむる確率が高くなる。

勿論、損壊した部位が四肢の場合、義手や義足などの人工物で補強は出来る。

だが、それはあくまで代替品であり、本来の働きを取り戻せる訳では無い。

義手で繊細な作業は出来ないし、義足で走る事も困難だ。

要はそうなった時点で、元の職務への復帰は不可能になるという事だ。


特隊の資格条件は厳しい。


過酷な訓練により修得した技能は、米軍の海兵隊やグリーンベレーにも引けを取らないものだ。

だが、せっかくの能力も上述した身体的損壊によって、一気に宝の持ち腐れと化してしまう。

実際、本部の情報解析部門や通信オペレーターの中には、これがもとで転属してきた者が何名もいる。

一線を退き、不本意なデスクワークの日々を送らざるを得なくなったのだ。

このため、隊への貢献意欲が減退し、退役してしまう者も少なくない。


当然、特隊にとっては大きな損失だ。

貴重な現場戦力が減ることで、他の隊員への負担が増加し、ひいては総体的な機動力の低下を招く事になるからだ。

国家の保全を担う機関が、百パーセントの能力を発揮出来ないでは済まされない。


この問題に対処するため、特隊本部はあるプランを採択した。


SSSスリーエス計画]である──


ここで言う特能ー特殊技能ーとは、損壊した身体箇所をコンピューターやハイテク機器を内蔵した人工臓器に代替することで、既存の身体機能に科学的な能力を付加させた状態をいう。

簡単に言うと、自らの身体そのものが特殊装備と化す訳だ。


[SSS計画]は、二段階のプロセスで構成されている。


本来、義手や義足は欠損部分を補助するだけで、それ自体は可動機能を持たない。

まずはこの問題を解消するため、欠損箇所に対し最新テクノロジーを駆使した人工関節を移植し、本物と遜色ない動作が出来るように復元する。

表皮も精巧な人工皮膚で覆い、一見しただけでは生身との判別をできなくする。


一種のサイボーグ化だ。


これが第一段階──


さらに衛星通信やレーダー、各種の解析機能を備えた高性能コンピューターを内蔵し、任務遂行の円滑化を図る。

通常なら重い銃火器とは別にこれらの機材の携帯が必要となるが、身体そのものに組み込む事でその必要が無くなる。

これにより荷重ロスが激減し、任務の遂行スピードが大幅に上昇する。

戦闘時外なら、ほとんど手ぶらで任務につくことも可能となる──今の俺が、まさにこの実例だ。


これが第二段階──


厳しい訓練で得た豊富な知識と技能に、電子機器を内蔵した肉体──


これにより、隊員の力量は飛躍的向上を遂げる。


たった一人が、一個小隊に匹敵する存在となり得るのだ。

まさに、夢のような計画と言える。


特隊の出した条件は、任務中に俺が身体的損傷を負った場合、即座に[SSS計画]の被験者になるというものだった。


なぜ俺が……と思われるだろうが、ここでSRが絡んでくる訳だ。


いかに技術の粋を集めた代替臓器とはいえ、そこはやはり人工物である。

生身の身体と接合するには、相応の拒絶反応を覚悟しなければならない。

無理に行うと接合部が壊死し、正常な身体組織まで破壊してしまうからだ。

その点、特殊なSRを有する俺なら、拒絶反応の心配はいらない。

体組織の損壊より、修復スピードの方が速いからだ。

まさに、俺は理想的な被験者なのである。


だが、説明を聞いても、俺は嬉しくも何ともなかった。

そして、当たり前のように断ったのだった。

特隊への入隊そのものが、嫌だった訳ではない。

むしろ、その崇高な使命や目的に対しては、称賛の念さえ抱いたくらいだ。

子供の頃から人一倍正義感の強かった俺は、将来は自分の力を正しい事に使いたいと考えていた。

刑事になったのも、そのためだ。

特隊の隊員になる事で、非道なテロ被害から人命を守れるなら、それもありだと思った。


だが、被験者の件だけはどうしても受け入れられなかった。

自らの身体が人工物になるなど、嫌悪以外の何物でも無い。

俺の体は、髪の毛一本に至るまで生きている。

生きて、俺の肉体をしっかり守ってくれている。

これまでの人生が、それを証明していた。

SRが人より強かろうが、そんなことは関係ない。

どんな目に遭おうとも、自分は決して壊れないというのが、俺の信念であり誇りだった。


最終的に俺は被験者ではなく、一般の特殊部隊の隊員として入隊を許可された。

いずれにしても、その特異な能力を警察勤務だけに留めておくのは惜しいと判断されての事だ。

勿論、俺はになれた事を喜んだ。

自分の力を活かせる場所を得た俺は、大志を胸に懸命に過酷な訓練に耐えた。


そして、ようやく迎えた卒業訓練の日──


何度も悪夢に出てきた、あの悲劇が俺を襲う。


正体不明の敵に襲撃され、仲間と身体の一部を失なったのである。


そう──


その一瞬の出来事で、俺の中の不壊神話は砂塵の如く崩れ去ってしまった。

自分の能力を活かすどころか、日常生活もままならない身体となってしまったのだ。

俺が、言語を絶する絶望と挫折感にさいなまれたのは言うまでもない。


あの日……


目を覚ました俺の左手は、AI内蔵の人工腕にすり替わっていた。

俺の承認を得ずして、狩矢本部長が独断で手術を決行したのだった。


「手術は無事成功したよ……」


静かに言い放つ本部長に、俺はこみあげる怒りを爆発させた。


なぜ、勝手にこんな事をした!?


襲った相手の正体を掴めていない事が、怒りを更に増長させた。


なぜ、俺の体にこんな事をしたんだ!


人に、物に、ありとあらゆるものに俺は矛先を向け、荒れ放題に荒れた。

そんな中でも毎日のように訪れ、俺を説得したのは他ならぬ狩矢本部長だった。


今の特隊にとって、俺がいかに重要な存在であるか。

増加の一途を辿る非人道的侵略の抑止に、俺の力がどれほど必要であるかを説き続けた。

テロで孤児となった子供や、命を落とした人々の映像を前に、こんな事が許される筈がないと唇を震わせた。


そこに、いつもの飄々とした本部長の姿は無かった。

顔を紅潮させ、信念に満ちた眼差しで訴えるその姿に、俺の氷結した心は少しずつ溶かされていった。


そして……


最終的に、俺はその思いを受け入れた。

身体損壊によるダメージよりも、生来の正義感がまさったのである。


俺は、差し出された本部長の手を黙って握り返した。


こので人の命が救えるなら、目一杯使ってやろうじゃないか。


そう決心して……


こうして、俺のSSS隊員としての活動は始まったのだった。

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