指令-②

「ここに来てどれくらいだ?」


俺は、にこりともせずに尋ねた。


この場所を好まないとは言ったが、別に恵子自身を嫌っている訳ではない。

ドライな性格の俺には、むしろ付き合いやすいくらいだ。

だが白衣を着た彼女を前にすると、どうしても身構えてしまう。

この場所で、この人物によって、自分は【作り変えられた】という、一種の被害者意識が顔を覗かせるからだ。

勿論、助けてもらった事に感謝していない訳では無い。

そのどうしようも無いジレンマが、俺の態度を硬化させている原因だった。


「相変わらず無愛想ね。まる二日間、寝たきりだったわよ」


怒りもせずに恵子は答えた。

彼女にしても、俺の態度などとっくの昔に慣れているのだろう。


二日か……


かなりのロスタイムだな。


これ程意識を失っていたのは、左腕を失った時以来だ。

寝ている間に、事件の真相が遠のいていく危機感が胸を締め付けた。


「右肩甲骨骨折、肋骨三本骨折、内一本が肺を擦傷、左足じん帯損傷、頸椎にもヒビが入ってる。打撲で肝臓は鬱血うっけつしてるし、頭部の裂傷も浅くは無い……全く無茶するわね」


「よく俺の居場所が分かったな」


恵子の細かい病状説明を無視し、俺はぶっきらぼうに言った。


「レフティの緊急通信をキャッチしたのよ。位置はGPSですぐ分かったわ。現地に到着した時は、あなた川に浮かんで流されてる最中だった」


カルテに書き込みながら、肩をすくめる恵子。

彼女の言葉に、俺はハッとした。


そうか!緊急通信システムの事を忘れていた……


宿主が緊急事態に陥った場合、AIは独自判断で特隊本部へSOSを送信することが出来る。

通信はGPSを利用するため、全国どこにいても俺の居所はすぐに判明する。

今回のように意識を失い、連絡出来ないといった不測の事態を想定してのオプション機能だ。

今まで使ったことが無かったので、すっぽり記憶から抜けていた。


断崖から落下してからの記憶は全く無かった。

川に沈まず浮いていたのも奇跡と言える。

俺はちらりと左手に目をやった。


結局、こいつに救われたのか……


機械相手に感謝する気も無いが、それでも複雑な思いが胸中をぎった。


『感謝の言葉は結構です。これが私の任務ですので』


俺が何か言い淀んでいると判断したのか、唐突にレフティの合いの手が入る。

人間並みにようだ。

俺は我に返ると、すぐさまソッポを向いた。


「……ばかやろ!誰が感謝してると言った」


天井を睨みながら声を荒げる俺を見て、横に立っていた恵子がくすりと笑う。


「そんなことより……」


俺は仏頂面のまま、初めて恵子の方に顔を向けた。

薄笑いを浮かべた表情が、しゃくさわるが仕方ない。


「状況はどうなんだ。俺の身に起こった事はもう分かっているんだろ」


レフティには高精度のレコーダーが内蔵されており、俺の行動については二十四時間記録されている。

これも不測の事態に備えてのものだ。

音声、映像の双方が記録され、俺の指示でオンオフが切り換えられるようになっている。

任務中は記録が義務付けられているので、現場検証以降の一連の出来事は、全て知られているはずだ。


ちなみに、任務時以外では必ずオフにしている。

プライベートまで記録されては、溜まったものではない。


「あなたが、正体不明のドローンに遭遇した経緯は確認済みよ。相手が何者であれ、あなたに対する殺人未遂犯である事は明白ね。しかも、その手口が尋常ではない……本部でもすぐさま緊急会議が招集され、状況分析と今後の対応について協議が行われたわ。いずれにしても、ただの犯罪では無いというのが大勢たいせいの見解よ。あと、そうね……詳細については、今から来る人に直接聴いて頂戴」


恵子の言葉が終わると同時に、誰かが病室の戸をノックした。


全身に緊張が走る。


相手が誰か、想像がついたからだ。


入室してきたのは、背の高い初老の男性だった。

眉の濃い精悍な顔立ちで、黒いスーツを羽織った上からでも筋肉質の体形が見て取れる。

真っ直ぐ伸びた背筋せすじや機敏な物腰は、紛れもなく軍人のそれであった。


「狩矢本部長!」


俺は反射的に身を起こそうとしたが、また激痛に唸った。


「ああ、そのまま、そのまま」


男性は片手で俺を制すると、人懐っこい笑みを浮かべながら近寄ってきた。


狩矢かりや計一郎けいいちろう──


特殊部隊統括管理本部の本部長である。


防衛省陸上自衛隊出身で、一等陸佐まで上り詰めたやり手だ。

特殊部隊設置にあたり、その手腕を買われて防衛大臣から直々に本部長推薦を受けたと聞いている。

起案から僅か一年足らずで、組織編制と主要施設の配備を成し遂げた実績からも、その能力の高さがうかがえるというものだ。


叩き上げの軍人である反面、科学分野にも精通したかなりのインテリでもある。

実際、この本部内の主要設備も、大半が狩矢本部長と有馬恵子の構想によるものだ。


だが、この人の凄さはそれだけでは無い。

驚嘆すべきは、その統率力と管理能力の高さだ。

それはひとえに、この人の人柄に起因していると言える。


本部長という最高位にありながら、その物腰は常に飄々ひょうひょうとしており、威圧感を全く感じさせない。

軍人特有のいかめしさが、全く無いのだ。

そのくせ、指示命令はいかなる時も迅速かつ的確だ。

決して多弁ではないが、軽やかな口調に織り込まれたユーモアが、聞き手に安心感を与える。

ゆえに、自然と本音が漏れ、嘘がつけなくなる。


この人になら、自分の身を預けられる──


そういった、信頼と忠誠心を抱いてしまうのだ。

総じて、部下の信望も厚くなり、統率力アップに繋がる。

一般企業なら、『理想の上司』の筆頭に挙がるのは確実だろう。


補足すると、本部内でその私生活を知る者は誰もいない。

自らを語る事は、一切無いからだ。


全くもって、不思議な人である……


ちなみに、特隊本部の中で俺が信頼を置く数少ない人物でもある。


「具合はどうだ?どうみても、早く動きたくて仕方無いといった顔だが」


狩矢本部長は無邪気な笑みを浮かべ、ベッド脇に椅子を引き寄せた。

そのまま、よっこらショと腰掛ける。


「まあ、有馬先生のサポートと、お前の持つがあれば、さほど心配はしとらんがね」


本部長は俺と恵子の顔を交互に見ながら、嬉しそうに呟いた。

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