追跡-⑤

まさかもう一体現れるとは、予想だにしていなかった。

黒いドローンは急速に高度を下げ、俺のいる平地の真上で静止した。


底面の二か所に丸い回転翼があり、三角形の先端にカメラのレンズらしきものが光っている。

殺人現場に現れたドローンに比べるとかなり大型だが、飛行音は全くしなかった。

カメラレンズが緑色に点滅しているのが見える。

俺同様に、相手もこちらの様子をうかがっているようだ。

呆然と立ち尽くす俺の姿は、丸見えだった。


このタイミングで現れたという事は、この地下設備と無関係では無い筈だ。

恐らく俺が入口を開けたので、文字通りのだろう。


という事は……


ここがのか!?


こいつらを操るがいるのは、別の場所……?


だが、今は考えている余裕は無い。


俺は慌てて周りに視線を走らせ、逃げ場所を探した。

たかだかドローン相手にと思われそうだが、こいつからは危険な匂いがぷんぷんする。


逃げろ!


俺の直感が、そう叫んでいた。


『飛行物体の底面にが見られます』


ほら来たっ!


レフティの警告が脳内を走る。


目を向けると、ドローンの底面が開口しているのが見えた。

機体の半分ほどの空洞が、ぽっかり口を開けている。

さらにその奥に、鈍い銀色をした流線型の物体が垣間見えた。

それを目にした途端、全身が総毛立った。

もはや、レフティに確認させるまでもない。


あれは……ミサイル!


なぜ、ドローンにミサイルが!?


俺は心中で叫んだ。


想定外にも程がある。

あれが本物であるなら、もうハイスペックなどというレベルではない。

戦闘機と同じく、上空から襲い来る兵器だ。

しかも、どう見ても狙っているのは俺である。

つまり、ドローンを操っている奴はだという事だ。


脳裏に密林踏破訓練時の悪夢がよぎり、冷や汗が噴き出す。


ドローンは空中静止したまま、さらにゆっくりと高度を下げ始めた。


とにかく、逃げなければ!


硬直した身体をどうにか動かし、俺は森の中に飛び込んだ。

そのまま、草木の密集した箇所を選び疾駆する。

なんでわざわざ走りにくい場所をと思われるかもしれないが、この状況下ではこれが最善策なのだ。

相手の視認を阻害できるし、いざとなれば群生した樹木が攻撃による衝撃を吸収してくれる。

これも、特隊の訓練で学んだノウハウである。


俺は、後ろを振り向く事無く全力疾走した。


背後でヒュルヒュルと笛を吹くような音が聴こえた次の瞬間、ドーンという地響音が鳴り響いた。

同時に、四肢が引きちぎれんばかりの衝撃波が襲いかかる。

俺はまわりの木々諸共、その場から数メートル吹き飛ばされた。

密集した樹木の枝にぶつかり、そのままコロコロと転げ落ちる。

肩関節と背中に強烈な痛みが走ったが、幸い意識は失わずに済んだ。

予想通り、植物たちが緩衝材となってくれたようだ。

これが何もない空間だったら、まともに衝撃を食らって命は無かったろう。


とは言え、右腕が動かせなくなったのも事実だ。

肩甲骨が損傷したと思われる。

痛む箇所から判断するに、肋骨も折れている可能性が高い。

激痛で冷や汗が拭き出したが、止まって痛がっている暇はなかった。

爆撃が、一回とは限らないからだ。


恐らく森林が邪魔で、奴からは俺の姿が見えていないだろう。

となれば、広範囲に連続攻撃を仕掛けてくるに違いない。

ミサイルの残数は不明だが、できるだけ離れた場所へ回避しなければならない。

俺は右手をぶらぶら揺らしながら、懸命に森林の深奥へと走った。


『右肩鎖関節の脱臼及び右第二肋骨に骨折の症状がみられます。広背筋にも広範囲にわたって打撲による内出血が生じています。至急応急処置が必要です』


レフティの診断報告を黙殺し、垂れ下がる枝葉を顔面で受けながら俺はひたすら走った。

極度の緊張で、全身の激痛も次第に麻痺しつつある。

今の俺の頭には、逃避の二文字しか無かった。


前のめりに転倒しかけた次の瞬間、いきなり視界の開けた場所に飛び出した。

森林の切れ目に出てしまったようだ。

進路は数メートル先で断たれている。

そのまま進んで確認すると、眼下は切り立った断崖だった。

はるか底部に川が見える。

どうやら、道志川の河岸に出たらしい。


これは、まずい……!


逃げ場を失った俺は、その時初めて後ろを振り返った。

数十メートル後方に、周辺探索しながらゆっくり蛇行飛行するドローンの姿が見えた。

まだミサイルが残っていると見えて、相変わらず底面は開口したままだ。

一旦その場で静止した後、ゆっくり向きを変えると河岸に立つ俺目掛けて加速してきた。

隠れ場所を探す間もなく、気付かれてしまったらしい。


俺は迫り来るドローンと、眼下に流れる川を交互に眺めた。

もはや、どこにも逃げ場所は無い。

絶体絶命とは、まさにこの事だ。


俺が選べる選択肢は、一つのみ……


命の保証は無いが、今はそれしか無い。


俺は意を決すると、思い切ってドローンに背を向けた。

再びヒュルヒュルと笛の音が鳴るのと、俺が空中に身を踊らすのとほぼ同時だった。


頭上で、聴き慣れた轟音が鳴り響く。


俺は、飛び散った木片や土石と一緒に落下していった。


何とか、直撃だけは避けられたな……


皮肉な笑みを浮かべながら、俺の意識は底無しの深淵へと沈んでいった。

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