調査-②
見張りの警官が
具体的な目的があった訳ではない。
手掛かりの一片でも見つかればという漠然とした思いからだ。
街路に踏み入ると、西洋風の洋館を連想させる邸宅が左右に広がった。
庭に芝生や花壇を
駐車場も広く造られ、中には一軒家が買えるほどの高級車が停まっている家もあった。
表札を眺めながら五分ほど歩いたところで、ふいに声が響いた。
『後方九十三メートル上空に
俺は反射的に振り向きかけて、どうにか踏みとどまった。
全身の神経が一気に張り詰め、鼓動が高鳴る。
確かに手掛かりを期待してはいたが、まさか
何者は分からないが、今振り返ればこちらが気付いたことを悟られてしまう。
訓練で学んだ尾行術のイロハを思い起こし、俺は歩調を乱さず平静を装った。
『形態は幅約二十センチの半円形をしています。体色は白色。こちらとの距離を一定に保ったまま追尾しています。浮遊状態から推測するに
ドローンだと!?
またえらくハイテクなものを使ってきたな。
確かに近年、ドローンの普及率は増加傾向にある。
大半は人の立ち入れない地域の観測用だが、メディアの撮影用に使用されたり、個人の趣味で購入する者も増えてきている。
飛行機材や高感度カメラなど、性能も日を追うごとに上がってきていると聞く。
監視用の道具として使用されても、決して不思議では無いのだが……
九十メートル上空の二十センチ程の大きさでは、よほど注視しないと気付かないだろう。
それも、レフティの探知範囲ぎりぎりの高さだ。
もう少し上なら、確実に見逃していたところである。
「機種の特定は出来るか」
俺は立ち並ぶ家々を眺める振りをしながら質問した。
『製品登録されている既製品をチェックしましたが、該当品はありません』
なるほど、正体不明のドローンか……
となると自主製作されたものか、あるいは密輸品という線も考えられる。
いずれにしても、まともな
犯罪の臭いが鼻をつく。
俺を尾行するという事は、何者かが俺に興味を持ったという事だ。
ここに来るのは今回が初めてなので、それは俺が到着してからの事だろう。
殺害現場に現れた俺を、偵察中のドローンが捉えた。
その時、何かが相手の注意を惹いた。
そこで急遽、俺を尾行し始めた。
そんなところか……
どこぞのメディアの空撮という線も無くはないが、それなら未登録のドローンなど使用しない。
また、一般人を無許可で尾行し撮影するのは違法となる。
ここは、今回の事件に関連のある者と考えるのが妥当だ。
レフティの探知機能で、ドローンを誘導している発信源を探りたいところだが、この場合は不可能だった。
電波類の逆探知は、媒体との距離がAIから五メール以内でないといけない。
つまり、何十メートルも離れているドローンには、手も足も出ないという事だ。
それでも手掛かりの無い中、数少ないチャンスには違いない。
俺は一度も振り向く事なく、ゆっくりとした足取りで住宅街を先に進んだ。
ドローンの様子は、レフティが随時伝えてくれる。
俺は気付かない振りをしながら、対応策を検討した。
奴は、まだ後をつけて来ている。
引き付けるだけ引きつけて……さて、どうする。
俺はさらに五分ほど歩いた後、いきなり踵を返して今来た道を引き返した。
今度は全力疾走だ。
少し走るとすぐさま右折し、家と家の間の空間に入り込む。
先ほど通った際に見つけておいた場所である。
この辺りにしては狭い路地で、人一人がやっと通れるほどの幅しかない。
その割に塀の高さは背丈以上で、両家の庭の樹木が大きく張り出している。
上空からは完全に死角となっており、身を隠すにはもってこいだ。
俺は、生い茂った樹木の下で塀に張り付いた。
枝葉の間から、ゆっくり旋回する小さな影が見える。
当然、上からは見えていないはずだ。
俺は、そのまま息を殺して待った。
やがてそいつは旋回を止め、次第にその姿がしっかり認識できるようになってきた。
「やはり、下りてきたか」
ドローンが下の様子を確認するため、降下し始めたのだ。
俺は、これを待っていた。
「レフティ、ここから狙えるか」
そう言って、俺は枝葉の隙間に向け左腕を差し上げた。
『あと八メートル降下すれば、九十九パーセントの確率で命中させられます』
すでにお気づきだろうが、何に対しても百パーセントと言わないのが
たとえ探査結果が確実であっても、最後の一パーセントは必ず誤差として残す。
スーパーコンピューターの特徴と言ってしまえばそれまでだが、俺は「踏ん切りが悪い」といつも愚痴っている。
『腕をあと五センチほど下げてください……そこで結構です』
俺は指示通り、少しだけ腕を下げた。
あくまで目測だ。
微調整は、こいつが勝手にしてくれる。
そのまま構えていると、唐突に左腕の感覚が消失した。
ぶらりと垂れ下がる訳でもなく、上に向いたまま硬直している。
腕が
左手の甲に小窓が開き、細いチューブのようなものがせり出してきた。
その先端は、ドローンに向けられている。
拳銃を構えるように、俺はその姿勢を維持した。
かなり降下してきたため、ドローンの形態がはっきり識別できるようになる。
レフティの報告通り、全体が半円形をしている。
その中心に丸い回転翼があり、これにより浮遊しているらしい。
飛行音は全くしなかった。
機体の先端に、カメラのレンズらしきものが光って見える。
他に付属物は見当たらず、光沢のある白い表面が日差しを受け輝いていた。
パッと見はドローンというより、雑誌で見かけるUFOといった感じだ。
唐突に、シュっという小さな摩擦音が耳を突いた。
『命中しました』
特に得意げな様子もなく、レフティの報告が入る。
今の摩擦音は、チューブの先から何かが発射された音だった。
ほどなく左腕の感覚が戻ったので、俺は腕を下ろした。
ドローンは数回旋回を繰り返した後、猛スピードで急上昇を始めた。
これ以上の滞留は危険と感じたのか、それとも諦めたのか……
再び元の高度まで上昇すると、そのまま南西の方角へと飛び去っていった。
これでいい。
ドローンが視界から消えた事を確認し、俺は路地から外に出た。
一応、説明しておこう。
左手から発射されたのは、超小型の追跡用発信器だ。
粘着性の樹脂で覆われているため、どんなものにでも吸着する。
発信されるシグナルは、軌道上の衛星を介してレフティのGPSと連動している。
つまり奴が何処に行こうと、俺はその位置を把握できるという訳だ。
「モニターに映してくれ」
俺は、胸ポケットからサングラスを取り出して言った。
『分かりました』
サングラスを装着すると、内側にカラーの2Dマップが映し出された。
こいつにはスクリーン機能が装備されており、レフティからの追跡データが投影されるようになっている。
まあ、サングラス型のカーナビとでも思ってもらえばいい。
マップの中心の青い点滅が、俺の今いる場所だ。
そして動いている赤い点滅が、さっきのドローンである。
赤い点滅は、一直線に西の方角を目指していた。
俺は奴を捕獲せず、泳がす事にしたのだ。
こいつを追えば、操っている奴の元に
こんなハイテク機器を保有し、監視していたのは誰なのか……
賭けてもいい。
今回の件に関係した者である事は間違いない。
しっかり、案内してくれよ──
心中で呟きながら、俺は停めてある車に引き返した。
さあ、追跡の始まりだ。
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