事件‐②

俺はそのままパソコンのある別室に移動すると、電源を入れモニター画面を見つめた。


「映してくれ」


AIにはWiーFi機能が内臓されているので、いちいち操作する必要は無い。


『分かりました』


頭の中に返事が返ってくる。

同時に、時計盤の青点滅の速度が上がった。


最初に映し出されたのは、遺棄された遺体と周辺の現場写真だった。


五十代だろうか──


スーツ姿の初老の男性が、仰向けに横たわっている。

胸部には遠目にも容易に判別できる殺傷痕が、少なくとも四つ付いていた。

刃物による刺殺とすれば、かなりの大きさだ。

一つは心臓付近にあり、どうやらこれが致命傷のようである。

画面の端にブランコと砂場らしきものが写っているところをみると、何処かの公園の一角らしい。


「次を」


俺の指示で画面が切り替わる。


今度は、遺体を複数の角度から映した近影写真だった。


男は、かなり恰幅かっぷくが良い。

身長も優に一八〇センチはあるだろう。

スーツに乱れはなく、苦悶の表情も見られない。

苦しむ間もなく命を落とした可能性が高い。


よほど意表をつかれたのか……


背部の地面に付着した血痕からみて、傷口は貫通しているようだ。

殺傷痕の大きさに比して、血量が多くないのが少し気になった。


「被害者のデータに替えてくれ」


再び画面が切り替わり、印字された書類の文面が映しだされる。

警察が作成した報告書だった。


[氏名・川瀬成彦 年齢・五十五歳 職業・防衛装備庁電子装備研究所副所長]


「やはりか」


俺は、職業欄の表記を見て呟いた。


あるいはと予測はしていたが、それでも身中に動揺が走る。


まただ──


この二カ月間で、見つかった防衛省要職者の変死体は三人目である。


一人目は防衛省調達管理部の管理官で、絞殺死体で発見された。

その数日後、やはり防衛省会計補佐官が、今度は撲殺死体で発見された。

無論、当時のメディアは大騒ぎした。


短期間での政府関係者の謎の死……


格好のワイドショーネタだ。


警察当局はかなりの人員を捜査にあてたが、思うように進展しなかった。

それでも数週間後には、どうにか容疑者逮捕まで漕ぎ着けた。

上層部の指示により、俺が途中から捜査に関与したからだ。


絞殺については重度の右翼狂信者、撲殺は指定暴力団員による凶行だった。

いずれも、俺のAIがその僅かな痕跡を発見し、逮捕に結びついたのだった。

眼前に突きつけられた証拠を前に、容疑者たちも罪を認めるしか無かった。

そして今現在、事情聴取は続いている。


だが……


捕まえておいて言うのも何だが、俺は何故か気に入らなかった。

警察からの情報では、容疑者たちは個々に被害者に対して憎悪を抱いており、口を揃えて「殺されて当然」と豪語しているらしい。

右翼狂信者の方は被害者の売国行為に対して鉄槌を下したと胸を張り、暴力団員はコケにされた報復だと満足げに笑っていたらしい。

当然証言の裏付け捜査が行われたが、被害者との接点も含めそれらしき事実はいまだ確認できていない。


つまり、のだ。


虚偽の可能性もあるが、それにしては証言内容があまりに具体的過ぎる。

意気揚々と話す容疑者には、一部の迷いも無かった。

当然、容疑者二人の間にも接点は無い。


俺が気に入らないのもこの点だ。


なぜ、揃いも揃って動機の裏付けが取れないのか──


なぜ、容疑者と被害者にのか──


だが、これはあくまで俺個人の疑念に過ぎない。

審議は進み、俺がこの件に介入する必要性はもう無くなった。

最終的には精神鑑定の結果を待って、起訴の是非が判断されるだろう。

スッキリはしないが、上からの指示なので大人しくするしかない。


言い忘れたが、管理本部というのは内閣調査室直属特殊部隊の統括管理本部の事だ。

俺が所属している対テロ対策専門機関であり、でもある。

国の保安に関する事件や国益に影響する案件に関しては、如何なる事象であろうとこの特隊本部が介入する。

警察機構とは一線を画す捜査権を有しており、容疑者の招致拘束は勿論、お抱えの機動部隊を指揮する権限も有している。

俺が先の二件に関与したのも、被害者が政府機関の上級幹部だったからだ。


今回三件目が発生したことで、さすがに特隊本部も浮足立ったのだろう。

この短期間で、三人もの防衛省要人が不審死を遂げたのだ。

異常事態と言っても過言では無い。


あくまで偶然に過ぎないのか、それとも何か因果関係があるのか……


いずれにしても放置すれば、国の保安を脅かす事態に発展しかねないと本部は判断したようだ。

加熱するメディア報道に沸き立つ世論を鎮静化させる意味でも、早期解決を図る必要がある。

俺が再び出動命令を受けたのもそのためだ。


この三件目の事件について、俺には当初から予感めいたものがあった。


先の二件だけでは収まらないのではないか……

同じような事がまた起こるのではないか……


具体的な確証があった訳ではない。

刑事時代に培った直感が、俺にそう囁くのだ。

今回の指令を受けた時、「やはり」と思ったのはそのためだ。


「遺体の写真を拡大してくれ」


俺の指示で、画面全体が遺体の写真で埋まった。

発見からまだ二時間ほどしか経っていないので、検死も済んでいない筈だ。

手をこまねいて待つのも、時間が勿体無い。


「この写真から、犯行時刻と凶器を特定出来るか」


俺は画面を見ながら、左手のAIに問いかけた。

画像検分する際、たいてい最初にする指示だ。


何万という検死データをインプットしているAIは、ともすれば実際に検死を行った検死官よりも正確に死因を判別する事が出来る。

実物の遺体を調べた方がより正確だが、画像からある程度の情報を引き出す事も可能だ。

今は少しでも事前情報が欲しい。


『解析します』


返事と同時に、時計盤の青点滅が点灯に変わった。

膨大な量の記憶データを高速計算しているあかしである。


『解析完了しました』


僅か数秒で点灯が再び点滅に戻る。


『被害者の皮膚の血色、瞳孔の状態から判断して、死亡経過時間は約十時間、犯行時刻は本日零時から二時の間と思われます。また、傷痕の形状、衣類への血痕の付着度合いから見て、使用された凶器は長さ五十センチ以上、直径十五センチ前後のと思われます。四か所の傷痕全てが骨格と内臓を貫通しており、凶器の材質は金属もしくは同等の硬度を持ったものと推測されます。現在の日本において同様の形状を有した刀剣類は存在しません。凶器の代用となりそうなものとして、工業用品の中に類似形状のものが三十七種類存在しています』


工業用品か……


可能性が無くはないが、人を刺し殺すのに刃物を使わずわざわざそんな扱いにくい器具を使用するとは思えない。

刃物類で無いとすると一体何なのか。


「殺傷方法は分かるか」


俺は質問を変えた。


解剖を行った検視官ならともかく、死体の写真だけで殺し方まで分かるのかと疑問に思われるかもしれない。

当然の反応だ。

だが俺のAIの分析能力は、通常のコンピューターのように特定の事象に対してデータ保存、抽出、比較検証をするだけでなく、その事象から発生過程を【再現】することが可能だった。


つまり殺害凶器を刃物と推測するのが通常コンピューターの限界とするなら、俺のAIはそれがどの位置から、どのような方法で使用されたかまで推理する事が可能なのである。

優秀な探偵が、常時からわらにいるとでも思ってもらうといい。


俺も刑事時代にはよく、犯行現場から犯行状況を推理したものだが的中した事は半分も無い。

全く羨ましい機能だ。

ちなみにこの能力は、先に述べた二件の容疑者特定にも大いに活用されたものだ。


『解析完了しました』


思考状態を終えた時計盤から返答が返ってきた。


俺は息を詰め、耳を澄ませた。

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