優艶な花宴

電咲響子

優艶な花宴

△▼1△▼


「ご愁傷様です」


 悲惨な事件がこの街を襲った。しずかな街を襲った。

 少年による凶悪犯罪。

 今現在、全国で多発しているが身近に起こったことにより、住民の動揺は尋常ではなかった。


 サバイバルナイフを用いた連続殺人事件。


 その全容は公式には明らかにされていない。が、地域住民は誰もが知っている。

 年端もいかぬ双子の少女が無惨極まりなく殺されたことを。


「……ありがとうございます」


 私が述べたお悔やみに、遺族が返礼する。娘を失った彼と彼女が返礼する。


△▼2△▼


「殺してやりたい。私たちの手で。それが本音です」


 刑事の私に、被害者の両親は涙を浮かべながら訴えてきた。はなはだ問題がある行為だが、


「落ち着いてください。彼は法の下、大人と同様に裁かれます。幸い、と言っていいのかどうか。先日、少年法が見直されたのはご存知でしょう。彼の年齢は十六歳。充分、処罰を受けるに値する年齢です」

「…………」

「どうか冷静に。我が国の現行の法律では、私刑は禁止されています。ですが、民意を汲み取りされた法律により、彼は裁かれます。明日には各種メディアによって、本名や顔写真等も公開されることでしょう」

「刑罰とは、この、この心情を」

「はい、はい。お気持ちはよく理解できます。が、私の立場上、前言が限界なのです」


 と、私は被害者の両親をなだめ、なんとかその場を乗り切った。


△▼3△▼


『殺してやりたい。私たちの手で。それが本音です』


 ――か。


 私のてのひらで濡れくすんだハンカチ。止まらない涙を受け止め続け、濡れくすんだハンカチを見ながら思う。

 どの口が。

 どの口が言いやがる。


△▼4△▼


 逮捕された少年は一貫して容疑を否認した。

 当然だ。

 冤罪の被害者になれば必死にもなろう。


 だが。


 私は彼を徹底的に追い詰めた。

 戦時中の特別高等警察も真っ青な尋問方法でなじり尽くした。二十四時間、責め続けた。


 その結果。彼は


△▼5△▼


 冤罪被害者の両親が涙ながらに発する言葉。

 それはあたかも咲き誇る花びら。


「この度は息子が――」


 当然、自白だけでは根拠が薄い。しっかりと証拠も用意しておいた。


「私たちの教育が――」


 優雅に咲く花唇を聴きながら、私の心は底の底まで堕ち、


「ご心配なく。少年法の改正と同時に設立された更生プログラムがありますので――」


 と言った。

 だから何だと。だから私が、私の罪をなすりつけた彼。に。対して。どんな。言い訳を。


 …………。


△▼6△▼


 私の姉は奴らに殺された。


 そのときのことは、毎晩夢に見るほどしっかり、しっかり覚えている。

 そのときの犯人の言葉もしっかり、しっかり覚えている。


「俺たち、中学生だから」


 それからの日々はよく覚えていない。

 必死に勉強していたことぐらい、か。


 私刑。


 我が国では論外の行為だ。法的にも、倫理的にも。だが。

 どうしても、どうしても、どうしても許せなかったのだ。


 あのクズどもに自分と同じ絶望を味わわせたかった。

 無惨に殺された双子の少女の両親、そして、その犯人に冤罪被害者の両親。


 ……私は今、自宅の欄間に縄をかけている。


△▼7△▼


『本日、市内の警察署に勤務する警察官が、自宅で首を吊っているところを同僚に発見されました。同僚の通報により、即時緊急救命が行われましたが、搬送先の病院で死亡が確認されました』


<了>

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優艶な花宴 電咲響子 @kyokodenzaki

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