母親
しばらくして地元に戻り、親戚の知人の家に嫁いだ。三年後に長男の昭悟が生まれた。
夏休みには息子にも農作業を手伝ってもらう。
トマトやナスなどの夏野菜は昭悟の大好物だから、大変な作業も率先してやってくれる。
「俺、夏野菜は全部好きやわ。」
「やけん、夏野菜ばっかり植えているんよ、うちの畑には。」
「そうなん?」
「そうよー。」
「じゃあさ、かぼちゃも作らん?」
一瞬、心臓がどきりとした。
忘れかけていたのに、どうして今更あんな記憶を思い出さないといけないの。
「かぼちゃは嫌いやけえ、作らんのよ。」
「何で嫌いなん?」
「昔、散々食べたけん。」
自分でも驚くほど暗い声が出た。しまった、と思うが、上手く言葉を続けられない。
昭悟は何を察したのか神妙な面持ちになって「まあどうでもいいけどな。給食とかで食べられるし。」と言ったあと、トマトを収穫する作業に戻った。
子供に当たってしまったという後悔と、自分が幼少期に捕らわれている事実に気が付いてしまった衝撃とが、交互に心を支配していた。
その夜。夕食の支度をしていると昭悟が寄ってきた。その顔を見て、昼のことを謝らなくちゃ、と思った。
「昼は変なこと言ってごめんなあ。昭悟が好きなんやったら、明日スーパーでかぼちゃ買ってこようか?」
乗り越えなくてはならない。昭悟のためにも、かぼちゃを見たくないなんて言ってはならない。
「別に、今は食べ物もたくさんあるし。何でも食べられるんやけえ、母ちゃんも俺も好きな物を好きなように食べれば良いんじゃあけえさ。昼も言ったけど、給食でも食べられるし。」
「良いんよ、昭悟がそんなこと気にせんでも。」
「気にするっちゃ。そこまでして食べたいとは思わん。母ちゃんがかぼちゃなんか食わんでもこれからずっと生きていけるように、今よりもっと豊かな日本に俺がしちゃんけえ、本当に気にせんで良いけん。」
ああ、何て優しい子なんだろう。息子を抱き寄せると体温が伝わってくる。
いつになったら、私はこの忌々しい記憶を乗り越えられるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます