幽霊列車

山咲銀次郎

第1話

正太郎は古い車で田舎道を走っていた。


スポーツカーでもないのにいちいち道の凹凸をギシギシと拾っていく車は、10万円で買えた中古相応の音を出していた。


家を出てからもう一ヶ月車上生活が続いている。


家を出た理由に確固たる理由はないのだが、正太郎にはひとつ癖があった。

仕事が長く続かない。


仕事を長く続けてしまうと、嫌と言えない性格が余計な仕事を呼び込み、正太郎も無言でそれを引き受けてしまう物だから、精神と肉体が疲れ果ててしまうのだ。


正太郎のそれまでの仕事は商品取引会社の営業だった。


紳士録に載っている経営者にかたはしから営業電話をかけるのであるが、一日200件のノルマは朝八時から夜九時まで続く過酷なものだった。


地元の定時制高校を出た正太郎にとって、商品取引の会社でさえ就職できたのは幸運というべきであったが、それにしても社訓を大声で叫ばなければならない朝の朝礼、2年も経ったときには正太郎はもう寝床から起きられないようになっていた。


会社から出社催促の電話が割れんばかりにかかってきていたが、それに出られる気力はもう正太郎には残っておらず、床から外に出られない状態は、彼に床ずれを起こさせるまでになっていた。


正太郎はぼんやりとしている意識の中でふと考えた


「・・俺は幽霊みたいなものだ。人に期待しないし、人に期待されたくない。どちらもこのうえない苦痛だ。」


30になる正太郎の人生は自分でも負け犬の人生に思えた。


友人の中には経営者の夢を持って上京した人間もいるし、会社の中でそれ相当の地位に行った人間もいたが、正太郎にとってはそんなことを考えること自体も苦痛なのだ。


いつからだろう。


あまりつきあいのない人と挨拶することさえ重い荷物を引き上げるような、そんな精神的な負担になってしまうようになったのは。


自分の性格に問題があることがわかっているし、周囲に申し訳ないと思うのであるが、人が怖い自分をどうしようもなかった。


正太郎は気づいたらアパートを逃げるようにして出ていた。


車はとある山合を走っていた。


ふと見かけた公園で車を停め、傍らにある湖まで足を運ぶ。


高地にある湖らしく、浜辺に座ると水は透明度が高かった。


レンガや割れたガラス、それら幾千の石がいつの間にか丸みを帯びて水底に広がっている。


ラムネの色、レンガの色、白黒タイルの色、太陽の光を浴びたそれらが水面に光っていた。


「・・・このまま死んだら楽だろうなあ。」


ふとそんなことまで考えていた。


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幽霊列車 山咲銀次郎 @Ginziro-yamazki

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