3 天に使える者
「見つかってしまったか」
ディエは両手をあげて私から離れると、村長の方へと歩いて行く。
「サヘーラ、お前はここから出るんじゃないぞ!わかったな。朝になるまでここにいろ」
乱暴に扉が閉められる。
私に優しくしてくれた彼は、村長と一緒に教会を出て行った。
静かになった教会は、いつもと同じはずなのに少しだけ寒くて、寂しい。
「悲しみが溢れそうになった微笑んで……だっけ? 誰かが歌ってた言葉」
孤独も悲しみも、それを感じるのは
だから、こうして毎日、ちゃんと祈ってきたのに。
どうしてまだこんなに寂しいの。
慣れてしまっていた。平気だと思っていた。
今日いきなり現れたあの人が、他人と話すことは楽しいってことも、優しく頭を撫でられることは温かで幸せなことだってことも、思い出させた。
祈っても、痛みも、孤独も癒やしてくれなかった。
「孤独になった時は、空へ手を伸ばすんだ……」
禁じられた言葉を紡ぐ。
理性が止める。けれど、私は大きく頭を振った。
頭を持ち上げて、寒さが立ち籠めた部屋の中で声を張り上げる。
「もう嫌だよ、助けて」
髪の色が金色じゃないから。
瞳の色が空の色じゃないから。
両親が
それだけの理由で、私は殴られて、閉じ込められて、怯えないといけないなんて。
「なんで私だけ……死ねなかったの……」
シンと静まりかえった教会の中で、自分の泣き声と鼻を啜る音だけが響く。
お父さんの胡桃色をした髪と、お母さんの綺麗な黒髪を思い出す。
薔薇の香り。麦の匂い。葡萄と木の匂い。
焼け焦げた血と肉の匂いと煤。
赤くなった空が落ちてきた日、私を抱きしめてくれた、顔も覚えていない彼を思い出す。
手首に巻いていた布を取って、それを凝視する。
――月の子よ、
涙を服の袖で拭った。
手首に刻まれている花弁を見ていたら、勇気が湧いてくる。あんなに忌々しく思っていたのに。なんでだろう。
連れて行かれた彼を思い出して立ち上がる。
もし、あの人が酷い目に遭って閉じ込められているなら、逃げる手伝いくらいは出来るはず。
胸に手を当てて、深呼吸をする。
外に行こう。そう決めた時に、教会の天井がものすごい音を立てて破れた。
頭の上に、瓦礫が降ってくる。
太陽の色をした髪の女の人が、夕日を浴びて上から落ちてきた。
時間の流れが遅くなったみたいに、一つ一つの瓦礫がよく見える。折れて鋭い木の板、薄く焼いた煉瓦の板。
足が動かなくて、ああ、死ぬんだな、あの人を助けたかったのにな……なんて思っていたらすごい勢いで肩をひっぱられた。
「危なかったね」
誰かに抱きしめられて驚く。ガラガラとすごい音を立てて祈りの場に瓦礫が落ちる。それと同時に、私の顔を人懐っこい笑顔を浮かべたディエが覗き込んだ。
頭を撫でられて、ほっとしていると瓦礫が落ちた方を彼が見る。
瓦礫を押しのけて、さっき落ちてきた女性が現れた。背中に生えた両翼を広げた彼女は腰まである金色の髪を後ろへ払う。
「この村に来た夜の民は、一人だと聞いているが」
胸の前で拘束されている彼女の両手首は、両足首と白銀の鎖で繋がれている。
目元だけを覆うような鉄の仮面と、白い衣で申し訳程度に隠された胸元のすぐ下には
彼女が歩くと、下腹部に纏った鉄の鎖と錠前がぶつかり合う音が響いた。
慌てた様子で走ってきた村長が、私たちを通り過ぎて、女性の前で祈りの姿勢を取る。
床に頭を擦りつける村長の方へ、女性は顔を向けた。白磁みたいに真っ白な肌が、蝋燭の火に照らされている。
「
私のことを考えて、助けてくれようとしているの?
少しだけうれしくなって、それと同時に申し訳なくなる。私のために心を痛めながら折檻をしてくれていたのに……。
私を抱きしめているディエの腕から降りて、村長の隣でこの女性に謝ろうとした。
でも、そんな私の肩をディエは少し力を込めて抱きしめる。なんで? と問いかける代わりに彼を見上げると、彼は人差し指を自分の唇に当てて「シィー」と息を漏らした。
「信徒よ。邪法の獣除け目当てに汚れた民を匿うなど、
邪法の獣除け? と首を傾げる。ククッとディエが肩を揺らして笑った。
「……それは、その」
「この二人は、
ジャラリ……と耳慣れない音を響かせて、
「……はい」
村長は、私たちの横を走り抜けて教会から出て行った。すれ違いざまに「恩知らずが」というしわがれた声が聞こえて胸の奥が冷たくなる。
教会の外が少しだけ騒がしくなった。
伯母夫婦二人は、私が死ぬことを多分よろこぶのかな。夜の民を育てているなんて怖いって夜更けに話していたのを私は知ってるから。
「逃げ出さずにいたことは褒めて差し上げましょう。では、その汚れた身体に別れを告げなさい」
彼女の拘束された両手の前に、赤い光が灯る。
「大人しくしていれば、
赤い光が熱を帯び始める。ぐるぐると渦巻く炎の球を見ても、ディエの笑顔は曇らない。
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