4 宵闇色の花

「場所を変えよう」


 私の肩を支えるように手を置き、足の下にもう片方の腕を入れて私を抱き上げたディエは、そのまま駆けだした。

 教会の扉を蹴り飛ばして、外へ出る。村の人々の小さな悲鳴を後にして、金色と赤と紫が混ざり合った空の下を抱かれたまま進んでいく。頬を冷たい風が撫でて、私のくすんだ色をした灰色の髪が靡く。


「あの、なんで」


 彼に事情を聞こうとしたけれど、ちょうど良いタイミングで彼が地面を蹴って跳んだ。

 私たちがいた場所が、人二人を囲めるほどの大きさに赤く光る。赤い光は、周りの木を消し飛ばして、地面を真っ黒に焦がす。


「言っただろ? 大切なものを引き取りに来たんだって」


 にこりと笑ったディエは、足を止めて私を降ろした。

 少し拓けた場所だけど、周りは鬱蒼とした森が広がっている。


宵闇Mae arogl y香りtywyllwchyn君をeich守ってくれるamddiffynからchi


 そういって彼が片膝立ちをして、私の手首に口付けをする。

 宵闇色の花弁が熱を帯びて、薄らと紫色の光を帯びた。


Brenhines y Lleuad月の子よDeuthum約束 i gyflawni果たし fy addewid参りました


 浮かび上がった薔薇の花びらはいつのまにか増えていて、手首から広がった紫の光りに包まれた花弁たちが私の身体を包んでいく。

 視界のほとんどを花弁に覆われた私の腕を、立ち上がったディエが優しく掴んで引き寄せた。


「え」


 驚いていると、乾いた音が徐々に近付いてくる。

 森から姿を現したのは、背中の白い翼に黒煙を纏わせた天使レーテだった。

 彼女の身体と仮面に刻まれた太陽神シウテ様の印が赤く光っている。


 空は、太陽が沈んで暗くなっている。

 薄暗い中で、煌々とした光を纏っている天使レーテと、闇色の光を纏っているディエが向かい合った。


「しつこいと嫌われるよ?」


「汚らしい夜の民が話しかけるな。耳が腐る」


 挑発するように笑ったディエは、私を隠すように天使レーテの前に立つ。

 淡々と言葉を述べているけれど、彼女の唇に微笑みは浮かんでいない。ふわりと浮かんだ金髪が伸びてこちらに向かってきた。

 前に差し出したディエの腕に、金色の髪が絡みつき、彼の身に付けている服を焼き落とす。


「お気に入りの服だったのにな」


 細い絹の糸のような髪が、彼の腕に食い込んでいく。ディエの腕は少しだけ赤くなっているが、服みたいに焼けてしまう様子はない。

 腕を勢いよく振ると、彼に絡みついている金色の髪は簡単に引きちぎられた。


「……何者だ」


 ちぎられた髪の一部を縮ませて戻しながら、天使レーテはディエを睨んだ。

 彼女の四肢を拘束している白銀の鎖が光り始める。


「誰だと思う? 当ててみてよ」


「第一段階能力制限解除。神の銀で夜の民を処理する」


 両手首と足を繋いでいた短い鎖が解けて消えていく。

 腕が自由に使えるようになった天使レーテは両腕をいきおいよく振りかぶってから振り下ろした。

 ジャララっという音と共に鎖が伸びて来る。

 顔色一つ変えないままこちらへ戻ってきたディエは、私を軽々と担いで横に跳んだ。

 土が抉れて、私たちの後ろにあった木々がへし折れる。


「サヘーラ、俺を助けてくれないか?」


 追いかけてくる鎖を何度も避けながら、彼は私の顔を見てそう言った。


「え」


 私に一体何が出来るの?

 森の木を真っ黒にがし、太い木の幹をへし折るような天使レーテに、私が何かをすれば勝てる? 囮になれってこと?


「くく……大丈夫、俺の代わりに死んでくれなんて言わないよ。言っただろ? 大切だって」


 笑うディエの頬を、後ろからまっすぐに伸びてきた銀の鎖が掠める。

 再び飛んできた鎖が、彼の肩に少し当たり、ジュッという音を立てる。酷い火傷が出来たのを見て思わず小さく悲鳴をあげた。でも、彼は「なんてことないよ」と優しい声で囁くように言って、私を抱いている手に

少しだけ力を込める。


「一緒に歌うだけで良いから」


 一度止まって、彼は腰に結んでいた赤い腰布ベルトを解いた。

 私を降ろして、天使レーテが来る方へ向き直った彼は、飛んできた二本の鎖を腰布ベルトを振り回して叩き落とす。焼け落ちた腰布ベルトを地面に捨てて、彼は私の顔を肩越しに振り返って見る。


「それだけ?」


「そう。簡単だろ?」


 私が頷くと、彼が懐から出した一本の薔薇を地面に突き刺した。

 闇色の茨が伸びて、私たちの周りを取り囲んでいく。


「見つけたぞ」


 自分に触れる木を炭に変えながら森を抜けてきた天使レーテが、私たちに炎の球を投げつける。

 でも、炎の球は張り巡らされた薔薇のツルに当たると消えてしまった。


天使レーテの炎が効かずとも、こちらには白銀の鎖がある」


 私たちから少し離れた場所で羽ばたいている天使レーテが腕を振り上げる。鎖がぶつかって私たちを囲っている薔薇のツルがカシャンと音を立てた。


「大丈夫だから」


 白くヒビ割れた闇色の薔薇を見て表情を曇らせた私の頭を、ディエがそっと撫でる。

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