君を殺した言の刃を

ゆきちび

 

大丈夫だよ

そういって笑った彼女の顔を僕は一生、忘れないだろう。



「何やってんの?寒くない?」


へらりと笑った彼女は、寒い寒いと言いながらも、僕の隣に腰を下ろした。

2人並んで、しばらく何もしないで空を眺める。何でもないこの時間が、僕は密かに好きだったんだ。


「怖いものって、あるの?」

「……何?藪から棒に」


訝しげに眉をひそめる彼女の反応は、普通の事だと思う。僕だっていきなりそんな事聞かれたら、きっとそうする。

でもこれは、僕にとっては突然でも何でもなかった。ずっと、彼女に会ってからずっと考えていた事。

いつも笑みを出さずに、どんな状況でも笑って「大丈夫」が言える彼女に、怖いものなんて、あるんだろうか。


「…あるよ」

「嘘だ」

「嘘じゃないよ。暗いのも怖い。虫も嫌。あ、高いところもダメだなぁ。あぁ、それと…」


指折り数えられる彼女の“怖いもの”を聞くたびに、僕は嘘だと思った。だって、彼女はそんな素振りは今まで一度も見たことがないし、きっとこれからも見ることはないんだろう。


「嘘だ」

「嘘じゃないよ」

「だって貴女は強いから、そんなものに怯えるような人じゃないでしょう」


彼女は、また笑った。


「それは、君の思い違いだよ。ホントにはね、私は凄く弱いんだ。

「でも…」


彼女は人差し指を自身の唇へ当てた。

僕が続きを飲み込んだ事を確認すると、静かに手を下ろす。


「言葉は、人を殺すのよ」


彼女は、ポツリと呟いた。

それは僕に向けた言葉のような、ただの独り言のような響きを伴って、空中へ消える。


「誰かにそう言われた時、人は“そうならなくちゃ”と無意識に思うらしいよ。優しいと言われれば優しい人に。わがままだと言われればわがままな人に。強いと言われれば、強い人に。君が私の事を強いと感じるのも、今まで私が強いと言われて、強くならなくちゃと思った結果だったのよ。きっと、私の本当の私は、とっくに死んでるわ」


静かに目を伏せて、それでも彼女は笑っていた。ふるりと震えたまつ毛は、悲しみのせいか、それとも夜風のせいか。


「戻ろう。そろそろ本格的に寒くなってきた。風邪ひいちゃうよ」


僕を立たせた彼女は、そのまま僕を宿まで引っ張っていった。一回り小さなその手を握り返すと、彼女は嬉しそうにふわりと笑った。


君に与えられた褒め言刃を、僕が全部飲み込んであげられたなら、君はいつか僕の腕の中で泣くのだろうか。

いつかそんな日がきたら、泣き虫だなぁって笑ってやろう。

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