番外編 日比乃京香の思い
私の名前は日比乃京香。
私立荻野原高校に通う高校一年生の女子生徒だ。
部活には所属していないが、委員会には所属している。
広報委員会というところだ。
そこでは、広報誌という誰が読んでるのかもよくわからないものを作っていて、生徒たちはその記事づくりをしなければいけなかった。
そして、そんな広報委員に所属している私には先輩がいた。
柳川新という人だ。
その人はいつも不愛想で何を考えているのかわからない。正直最初に会ったときは苦手だった。
同じ委員会に所属していてもあんまり話すことはないだろうなと私は思っていた。
しかし時間が経つにつれて、その考えはどんどん変わっていった。
最初のきっかけはささいなことだ。
たしかワードの設定に関して助けてもらったことだった。
広報誌の作成の時には記事をワードなどで作って提出するのだが、そのためにはパソコンを使わなければいけない。
でも、私は中学までパソコンなんてものに触ったことはほとんどなかった。
なにかを調べたり動画を見るときにはスマホを使えばいいわけだし。
だからワードを使ったことなんてほとんどなくて、ファイルの保存すらおぼつかないような様子だった。
途中で何かしら困ったことがあったときにはスマホで調べて、なんとかかんとか記事つくりを進めていた。
でもそれだけじゃ限界があって、今がどんな状況かもわからなくなって途方に暮れることもあった。
後から考えてみればそれはなんてことのない些細な問題だったのだけど、当時の私にとっては大問題だったのだ。
そしてあわあわして何もできない私のところに来たのが、学校のパソコン室で同じように記事を書いていた柳川先輩だった。
先輩は困っている私のところに来て、どうかしたのかときいてくれた。
ワードを使っている時に問題が起こって、どうしたらいいのかわからないことを説明すると、先輩は画面を見て瞬く間にそれを解決してみせた。
私は別にその姿をかっこいいと思ったわけではない。
でも、優しい人なんだなと思った。
そんな先輩に興味を持った私は、だんだん先輩に話しかけるようになったいった。
いつも放課後にパソコン室で作業しているのだ。会話をする機会はたくさんあった。
そしてわかったことは、彼は別に優しくはないということだ。
返事はぶっきらぼうだし。
ノリは悪いし。
愛想も悪いし。
ときどき私の胸に目線がいってるし。
でも困っている時には助けてくれた。
そしてそれが、私にとっては十分だった。
先輩のことをもっと知りたいと思うには十分だった。
だから私は先輩に話しかけて、時々ちょっかいもかけて。
そうして先輩と過ごしていくうちに、いつの間にか好きになってしまった。
具体的なきっかけはもう思い出せない。
本当に、いつのまにか好きになったのだ。
まあきっかけなんてどうでもいい。
私にとっては、先輩のことが好きだと自覚できたことが重要だ。
先輩が好きだとわかった私は、アプローチをしかけることにした。
でもどうすればいいのかわからない。
今まで恋愛経験というものがなかった私には、どうすれば男の人に自分のことを興味持ってもらえるかなんてわからなかった。
そんなときに思い出したのは、先輩の視線だった。
私の胸にときどき来る視線。
胸に関して、同年代の女の子よりも大きいという自覚はある。
男の人が大きい胸が好きだということも知っていた。
これは使えると思ったし、他にどうすればいいのかもわからなかった。
私は胸を先輩に押し付けて、自分のことを意識してもらおうとした。
でも真面目な風にやるのはとても恥ずかしかったから、からかい半分でそれをおこなった。
からかい半分ならば、これは冗談なのだと自分に言い聞かせて自分の中の恥ずかしさを幾分か少なくすることができた。
それに、もし仮に先輩から拒否されても冗談だと言うことができる。
もちろん先輩の方から乗ってきてくれたら私は冗談だと言うつもりはなかった。
ちょっとずるい戦法かな、と思う時もあったけど、他の方法はわからなかったからしょうがない。
そうやってあくまでもからかい半分ということにして、私は先輩にくっついてボディタッチを行っていった。
結果としては意識してもらうことには成功したけれど。
でも、もしかしたらアプローチ自体もからかいだと思われてる可能性があった。
それがわかったのは、ある日の放課後だ。
●
「ねー先輩」
放課後のパソコン室で、私は先輩に話しかけていた。
「先輩って彼女いないんですか?」
これは確認だ。
先輩に彼女がいるかどうかの確認。
ちなみにこのとき私は、十中八九いないと思って質問していた。
先輩は地味だからモテる方ではないだろうと考えている。
先輩の魅力は私だけがわかっていればいいのだ。
「いないぞ」
「ま、そうですよねー」
わかっていたことだ。
けれども彼女がいないと知れて、ちょっと嬉しくなってしまった。
そして、そんな嬉しさとチャンスが来たという期待に動かされて、私は大胆なことを口にしてしまった。
「ふーん。先輩って彼女いないのか―。あ、じゃあじゃあ。私と付き合ってみませんか?」
言ってしまった、と思った時にはもう遅い。
止まることはできなかった。
「偶然。運よく。たまたま。たまっっったま、私は今フリーですし。恋人がいなくてさみしーい先輩のために、特別に私が先輩と付き合ってあげてもいいかなって」
冗談。
あくまで冗談っぽく言う。
「私が先輩の彼女になってあげますよ?」
言ってしまった。
彼女になってあげる、と言ってしまった。
上から目線の台詞ではあるが、これはこれで告白だ。
言い方は冗談っぽくても、言葉は本気。思いも本気。
先輩が一言「いいよ」と言ってくれたなら、私はそのまま先輩と交際する覚悟である。
そして先輩からはわからないように隠しているが、これでも緊張している。
心臓はバクバクと激しくなっている。
告白したのだ。当たり前だ。
私は『彼女になってあげる』というために、かなりの勇気を出していた。
そんな私の(一応)告白に対し、先輩の答えは
「大きなお世話だ」
というお断りの一言だった。
「はいはい。さっさと作業を終わらせるぞ。今日は早く帰りたいんだ」
相手にしていない。
これは完全に本気ととらえていない。
私でもわかる。そんなことは。
「えー。先輩ひどーい。せっかく私が付き合ってあげるって言ってるのにー」
「冗談を言うのもほどほどにしておけよ、全く」
「なんなんですか、もー」
冗談、とはっきり言われた。
言われてしまった……。
せっかくの告白を冗談だと思われてしまった。
違うのに。
冗談じゃないのに。
そう強く思った私は、思わず
「冗談じゃ、ないんですけどねー」
と呟いてしまっていた。。
もう。
もうもうもうもう!
勇気出したのに!
せっかく勇気を出してアプローチしたのに!
先輩のバカ!
彼女になってあげる、なんて冗談で言うわけないじゃん!
本気に決まってるよ!
先輩が頷いてくれさえすれば、私はいつでも先輩の彼女になるのに!
先輩が時々見てる私の胸も、いつでも触らせてあげるのに!
そりゃ私も悪いけれど!
冗談っぽくふるまって、断られたときの予防線を張っちゃっている私にも悪いところがあるのはわかっているけれど!
でも全く取り合わないってどういうこと!
ちょっとは取り乱してくれたり、『本気か?』って聞いてくれたりしてもいいでしょ!
なんで最初から冗談だと思ってるの!
も~~~~~~!
こうなったらいつか絶対。
絶対にいつか私が先輩を大好きだってことを信じさせてみせるから!
絶対にいつか、本当に先輩の彼女になってみせるんだから!
そう私は固く心に誓った。
これは、先輩と私が付き合う少し前の話だ。
やたらと距離が近い後輩が俺に絡んでくるけれど、俺は絶対に騙されないからな! 沖田アラノリ @okitaranori
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