死神が死んだ日

はいる

第1話

この日記の「ようなもの」がなんらかの"奇跡的"(文字通り神の奇跡のような)作用によって何処かの誰かに読まれているとしたら、僕は少しだけ嬉しい。


さて、ここからはこの文章を"君"が読んでくれているという前提で書き進めさせてもらうよ。

まず、僕の名前は…っとその前に一応この文書が何のために書かれたのかを説明しておくね。

簡単に言うと、この世界に起こった極めてタチの悪い現象とそれにまつわるエピソードを僕なりに書き記したくて、なんとなく筆を取ったんだ。いつもの僕はそんなガラじゃないんだけれどね。でも、そういう時ってあるだろ?例えるなら、唐突にトースターの中の生焼けの食パンをひっぱり出したくなったりするようなものだよ。え?そんな事普通は無い?いや絶対あると思うけどなぁ…まぁいいや、そろそろ本題に移ろうか。そう、"この世界に起こった極めてタチの悪い現象"こそが全ての始まりであり全て、なんだ。


或る日、それは全世界の人類に対して同時多発的に発現したとされているよ。そう、「不死病」だね。この摩訶不思議な病気はね、簡単に言うと人間を不死身にしたんだ。バカみたいだろう?でも本当なんだ。世界は一瞬にしてB級、いやC級サイエンスフィクション映画へと様変わりしたんだよ。まず、始まりはどこかの誰かの呟きだった。「私は、死神を殺した。これで、みな不死身だ。」

もちろん、彼もしくは彼女の呟きは本来ならば狂人の戯言として聞き流される類いのものだ。しかし、世界はもはや本来の姿をその時点で失っていたんだ。初めに呟きを耳にした人から人へ、人類が不死身になったという情報は確信を伴って共有されていった。馬鹿げた事に「不死身になった確信」を得た人々の中に自分が不死身になった事を疑う人は殆どいなかったよ。そして、不死身になった確信を信じ切れていなかった一部の人達もすぐに信じざるを得ない状況になったんだ。動画配信サイト上での公開首吊り自殺さ。"それ"は当たり前のように行われた。一言二言ぶつぶつ呟いた後に即座に自殺を実行した人物(ナントカ教とかいう宗教を信仰しているようだった)は首を吊った後しばらくして意識を取り戻し、縄を自力で外してこう言った。「分かっただろ?神は我々に永遠を与えて下さった。」

こうなったらもう人々の中に不死病による不死を疑う者はいなかった。それに、もし疑ったとしたらナントカ教の敬虔な信徒達に何をされるか分かったもんじゃないしね。ちなみに、最初に不死病による不死を"確信"した人物の言葉にちなんで、この日は「死神が死んだ日」と広く呼ばれる事になった。

閑話休題。

後は早いもんだよ。人々は不死身を受け入れ、新しい秩序のもとで新しい"非人間的"生活を始めた。死のくびきから解き放たれた人間はまさに黄金時代を迎えたようだったよ。諦観と焦燥に蝕まれていくばかりだった老人達は少年の心の輝きを取り戻し、ある種"ふっきれた"若者達は冒険心を滾らせ色んな事に恐れることなくチャレンジし始めた。何があっても死にはしないってのが大きかったみたい。

ついでに戦争も無くなった。死なない兵士同士の"ゾンビバトル"なんて流石に誰も見たかないしね。

なんにせよ死から解き放たれた人間ってのは凄いね。

でもね、僕だけは違ったんだ。僕は「不死身になった確信」とやらを得ることが出来なかったし、逆に、僕は決して不死身では無いという人として当たり前の感覚すらあった。当時は色々面倒があった後だったから腹を立てる気力もなかったけれど、今思うと酷いもんだよね。世界中でおそらく僕だけが死から逃れられないなんて。まるでとてつもなく意地の悪い神のイタズラみたいだ。

でも、人生ってやっぱり分からないよね。いつだって逆転満塁ホームランがある。不死身じゃない僕だからこそ今こうして呑気にこの日記を書けるんだよ。僕は運が良かった。何しろ恐らく世界中に1枚しかない宝くじの当たり券を当てたんだからね。

何を言ってるのかって?副作用だよ。サイドエフェクト、望ましくない副次的な作用。

そもそも、「死神が死んだ日」に人類はみんな「不死病」により「不死身」になりました。人類はこれから永遠の繁栄を謳歌するでしょう、めでたしめでたし。なんて物語はつまらないし、あまりに楽観的すぎるしね。ある種退廃的ですらあるよ。そんな本は古本屋で投げ売りされるのがオチさ。あぁ、ダメだ。長々と書いている内に自分でもこの先何をどうやって書いたらいいか分からなくなってきたよ。閑話休題。

さて、副作用に話を戻すよ。人類に何が起こったか簡潔に説明しよう。不死病が全人類的に発生してから数年後の話さ。なんと、人類の中には肉体以外の人間的な部分も不死になってしまう人達がぞくぞくと現れ出したんだ。どういうことかって?例えばこういう事さ、ある男はある日突然副作用によって"性欲"が死ななくなってしまった。要するに性的に満たされることがなくなってしまったんだね。その日から男は性欲そのものになってしまった。まず商売女に金を注ぎ込み、三日三晩文字通り交わり続けた。やがて金が尽きた男は家を売り払って戸籍も売って家族も売って、消息を断ってしまったんだとさ。そして、その日から男が住んでいた街では"男女問わず"性犯罪による被害が劇的に増加したらしいよ。捕まらなかったのかって?それがね、被害にあった人々には穴という穴に棒状の突起物を激しく挿入された跡があったんだって。つまり、全盲になった被害者達からは有用な情報が得られなくなってしまったんだ。全く、人間の三大欲求とはかくも凄まじいものなんだね。この話を聞いた時にはそれこそ流石の僕も"死ぬほど"震え上がったよ。その後少し面白くて笑ったけれど。あぁ、気分をわるくしたならごめんね?でも副作用についての理解がある程度深まったんじゃないかな?そして僕がこの日記で何を書き記したいのかも。そう、不死病とその副作用についての面白いエピソードだよ。ん?お前はその情報をどうやって得ているんだって?存外に鋭いね、君は。そう、副作用が発現し出してから世界は絶賛大パニックだからね。副作用によって狂っていないまともな人間はもう僕だけかもしれない。でも副作用が出ている人間(僕は個人的に"死神の落とし子"と呼んでいる。)の中にも比較的マトモな奴らはいるんだ。人間としての"精神力"が死ななくなってしまった奴とかね。簡単に言うと、こんな狂った世界でも正気を失う事の出来なくなった奴の事だよ。僕はそういうまだマシな死神の落とし子達とコミュニケーションを取り、色んなエピソードを収集しているんだ。そう、日記のネタの為にね。僕が不死身じゃない事は隠しながらだけれど、楽しい交流だよ。この世界では上から数えて3番に入る娯楽と言っていい。1番と2番は何か気になるかい?なるだろう?やれやれ、全く君はせっかちだなぁ。僕はもう疲れたよ。今はもう夜遅くてね。続きは明日書き進めようと思っているよ。この世界についてもまだ断片的にしか説明出来ていないしね。あと、僕がどこで寝泊まりしていてどんなベッドに寝てどんな柄のシーツを被っているのかも説明しなくちゃいけない。え?鬱陶しい?もう、君は少し五月蝿いよ。あらゆる芸術において観客とは密やかであるべきってのが僕の信条なんだけれどね。そこの所を君にも少しくらいは理解して欲しいものだね。え?苛つくからもう読むのを辞める?すまない。今僕はベッドの中で五体を投地して反省の意を示しているよ。ビスケットを齧りながらね。分かって欲しい。そろそろ頭の限界が近いんだよ。この日記の今日の分を結ぶにあたって僕には糖分を火急的速やかに補給する必要があった。要するにもう眠いんだよ。流石の僕も死ぬほど書き疲れたよ。

とりあえず、おやすみ。

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死神が死んだ日 はいる @kou0827

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