月日というものは単純でいて、本当に不思議だ。無慈悲かと思えば、何よりも優しくて。

 夜を朝に変えて。

 昨日を今日に変えて。

 今日を明日に変えて。

 子供を大人に変えて。

 お線香を灰に変えて。

 冬を春に変えて。


 悲しいことすら、笑い話に変えてくれる。

 悲しいことは、それが笑い話になって、初めて受け入れられる。そのとき、ようやくそれが自分のものになる。自分のこととして考えられるようになる。そして誰かの悲しさを理解できるようになる。


 本当に悲しいことを、笑い話にするのは簡単じゃない。その記憶は鮮烈で頑丈だから、時間で以てしても、風化させられないこともある。もしそうなら、私たちが変わるより他にない。

 その悲しさはあまりに大きく、今の私たちが足掻いても、払い除けられないものかもしれない。だけど時間というものはあなたに知恵を授けてくれる。勇気だって教えてくれる。契機だって連れてきてくれる。

 時を経た、あるいは未来のあなたの強さは、それまでのあなたの比ではない。あなたは思いの外強くなっているし、強くなれる。だけれど人は、案外それに気が付けない。自分の姿は見えないものだ。鏡を見たところで、そこに映るのは気取った自分。記す日記だってどこか浮わついている。


 本当の自分を知るためには、他の誰かに、自分を重ね合わせるしかない。

 自分ならどうするか、どうしたか。

 誰かの成長が、誰かの勇気が、誰かの悲しさが、あなたの本当の姿を、あなたに教えてくれる。

 あなたより弱い、あなたより強い、他の誰かが、あなたの強さと優しさを教えてくれる。

 笑い話が1つ増える度、人は優しくなれる。

 人に優しくなれたなら、それは本当に素敵なことで。だから、悲しいことすべてに意味がある。


 空が厚い雲に覆われて、連日連夜雪がふり、辺りが暗闇と雪に占められたとしても、いつか必ず風が吹き、雲は流れ、太陽が顔をだす。そのときの景色は、いつにもまして美しい。一面の雪は、太陽の光を一心に反射させ、銀色に眩く輝いて、空気は浄化されたように澄んでいて。空はどこまでも高く、地上の輝きに、光輝いてさえいるようで、あんなに狭かったというのに、無限に広がっている。

 こんなに広い空になら、できないことは何もない。


 夜空は無限を閉じ込めて。

 青空は無限に広がって。

 青空は地平線より遠いばかりか、水平線よりまだ遠い。

 夜空は山々も海も染め、私たちに優しく寄り添う。

 空は煌めく万華鏡。

 空は夢見る望遠鏡。

 黒が藍に、藍は茜に、そして広がる淡い青。

 青が茜に、茜は藍に、そして寄り添う深い黒。

 朝焼けと夕焼けが、あんなにも美しいのはどうして?

 多分それは、朝と夜がどうしようもないくらいに、仲良しだから。本当は一緒にいたいけど、それができなくて、別れが辛くて、泣いて、それでも束の間会えて、嬉しくて、笑っているんだ。


「そろそろ夕方ね」


「もう行こうか」


「気を抜くと空も燃え尽きるかもね」


「違いない。ヨシヤー。帰るぞー」


「おかえりー!」


 待ちくたびれていたのか、ヨシヤは近くに生えた大きな切り株に、腰を下ろしていた。

 お墓参りの道具を片づけ、来た小路を引き返していく。

 空はまだ青いけど、微かに夕方の匂いがした。

 私は息をいっぱいに吸って、ヨシヤに声をかけた。


「帰りに、何か食べて帰ろうか」


「やったー!」


「何が食べたい?」


「パパのおすすめ!」


 言ってヨシヤは小路を駆けていく。


「あんまり遠くに行っちゃだめよー! おすすめだってさ」


 ユミコはこちらを向きながら、顔を少し綻ばせた。


「任せろ」


 ヨシヤは小路を駆けていく。遅い遅いというように、時折こちらをふり返り、その度に外套をマントのように、はためかせながら。

 ヨシヤは小路を駆けていく、一本道をどこまでも、外套を肩がけにして。

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外套を肩がけにして 倉井さとり @sasugari

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