かけがえのないもの

「……ん……」


 眠い。

 とんでもなく長い夢を見ていた気がする。大して内容はない、まるで一日を引き伸ばし続けたような夢。


「てか、ここどこ……」


 波の音が聞こえ、やっと気づく。家じゃない。

 とりあえず日付を確認。9月1日、0時過ぎだ。


「なーんで私はこんなところにいるんだ。引きこもり根性はどこ置いてきた……?」


 一体どういう事だ。それに、何故私は泣いている?

 なにか大切なことを忘れているような、そんな感覚があるのはどうしてなんだ。

 頭が痛い。思い出そうとしてはいけないような気がする。


「……違う」


 思い出さなければいけない。忘れてはいけない。憶えていなければいけない。


『絶対に、離れ離れになってもお互いを忘れない』

「……えっ?」


 誰かとの約束。誰と? わからない。

 ここには誰かと来ていたのか。どうしてこんなところにいるのか。回らない頭をフル回転させて、私は理解しようと努力する。


「くっそ!」


 何も思い出せない。

 ふと、手元の岩から不思議な力を感じた。


「……私の名前」


 一人だけ。たった一つ、葵と刻まれていた。

 明らかにおかしい隣の余白には、どう考えてももう一人分名前が入る。でもわからない。私は引きこもりでぼっちで、友達なんて一人もいないはずなんだから。


「あか……つき……あおと」


 脳裏に浮かんだのは、言葉の羅列。

 あかつきあおと。赤月蒼斗。蒼斗。


「……っ、なんで忘れてたの……!」


 顔、名前、特徴、匂い、温もり、思い出。全て思い出した。忘れてはいけない、その名を。

 葵。その名の隣に、私は最高の恋人の名前を刻んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キミは私の世界 神凪柑奈 @Hohoemi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ