キミは私の世界
神凪
きっといつか逢う日まで。
「3、2、1」
最後のカウントはしない。また私は戻ってくるから。
視界が歪み、崩れ、暗転する。全身に痺れるような痛みが走って、散った。
日付の確認、8月31日。終末の一日の始まりだ。
私にはどうやら、少しだけ不思議な力があるらしい。有り体に言えばループ。都合のいいようには動いてくれない、面倒な能力だ。
「あおいー!」
やれ、また来やがった。このループ多分キミのせいだぞ。
インターホンも鳴らさずに勝手に家に入ってきた彼は
「あのねぇ……キミ、そろそろインターホンって文明覚えよ?」
「悪い、夏休み最後だからどっか行きたくてさ」
「引きこもりの私に外に出ろと? 鬼畜か、鬼畜なのか」
何度繰り返したかわからないこの会話。また流されてしまった。
彼はこの一日で、私の前から消える。いや、私の中から消えると言った方が適切かもしれない。8月31日、その日中に私は彼の全てを忘れてしまうのだ。顔、名前、特徴、匂い、温もり。その全てが私の中から消えて、そしてこの日を繰り返す。
「なんか変だぞ? 大丈夫か?」
「私はいつも変だよ?」
「おっと想定外の返しだな。お前はいつも可愛いぞ」
「百点満点のお世辞をありがとう。お礼にどこかへ遊びに行ってあげるよ」
「さすが葵だな、ノリが良くて助かる」
「キミの幼馴染みはできる引きこもりなんだよ」
おもむろに立ち上がって適当なワンピースに着替える。見られるとか、そんなことは面倒なので今更気にしていられない。
「どこ行きたい?」
「んー、そうだなー……」
映画は嫌だ。もうこの時期のものは全部見たし、そろそろ飽きてきた。水族館も却下だ。なかなかに楽しいけれど、かれこれループ中に30回くらい行っている。
そうだ、海なんてどうだろう。
「海がいいかな」
「えらく活発な引きこもりだな……いいけどさ」
「うん。キミも私の水着は見たいんじゃない? さっき下着も見てるけど」
「まあ、うん。それは見たい」
「素直だ。いいね」
となれば、すぐに準備をしよう。結構いい感じの水着があるのだ、自信はある。
そこは大切なところではなく、今回こそ蒼斗の記憶を保持しておかなければならない。そのためには、ちゃんとずっと蒼斗の隣にいなければいけない。それはおそらく私がいちばん得意なことだろう。あれ、もしかして私、とんでもなく蒼斗のこと好きなのでは?
電車に乗って、海水浴へ。それなりに長い時間乗っていると酔いそうになる。
着いた頃には、私はフラフラだった。
「大丈夫か……?」
「うん、大丈夫。大丈夫すぎてやばい」
「大丈夫じゃないだろ……」
大丈夫かどうかと言われれば大丈夫じゃない。気持ち悪いけど、せっかくの海なら遊びたい。
以前一度だけ来たことがあるその海水浴場。そのときも蒼斗と2人、確かに約束をした。海岸の岩に2人の名前を刻んで。
「絶対に、離れ離れになってもお互いを忘れない」
「……懐かしい約束、覚えてたな」
「……ごめんね」
何を言ってるのかと言ったように小首を傾げられる。そりゃそうだけど、私は蒼斗のことをもう何度も忘れているのだ、申し訳なくもなる。
更衣室へ。ふりふりの水着なんて似合うかどうかもわからないけど、可愛かったから買った。着る予定は元々無かったけど。
早々に着替え、人が多い更衣室から抜け出す。
「あっつ……」
引きこもりには厳しい気温。というか、周囲の視線も少しばかり熱い。やめてくれ。そして早く来てくれ蒼斗、私は暑い。
「ごめん、遅くなった」
「うん、遅かった」
「かき氷買うから許してくれ」
「完璧、許す」
「ブルーハワイだろ?」
「百点満点だよ。褒めてあげようか?」
「やめてくれ」
なんでだよ褒めさせろよ、と思いはしたが黙っておく。そんな駄々をこねるのは私のキャラからはかけ離れすぎているから。私は多分クールな方だろう。そう信じたい。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない方の思考してたかも」
「あははっ、葵ってほんとたまに変だよな」
「なにさ、文句ある?」
「ないよ」
だいたい、さっきも私はいつも変だと伝えたはずなのだけど、その辺まるっきり忘れられていそうだ。
「とにかく泳ごうよ、暑いし」
「だな。暑いし」
意見は一致したので、かき氷は後回しにする。暑いなら先にかき氷を食べればいいのにとか、そんな話はなしでいこう。
日が暮れるまで遊んで、私の隣に立つ蒼斗はとある場所へと私を連れていった。
「ここは……」
「約束した場所」
「うん。覚えてる」
「……俺の名前は?」
「は? 赤月蒼斗、何言ってんの?」
「……覚えてるんだな、俺のことも」
「あっ!」
夢中で気づかなかった。今まで何度も忘れてきたのに、今回は覚えている。
「やった!」
「えっ?」
「いやいや、信じてもらえないかもしれないんだけどね、私実は今日を何回もループして……」
「ちょっと待て、どういうことだ?」
「いやだから、聞いて、よ……」
私の話を理解していない、というわけじゃないらしい。どうやら私に起こった現象に問題があるみたいだ。
「信じてよ」
「信じるもなにも、そのループを仕込んでたのは俺だ」
「えっ?」
「全部憶えてた、のか?」
「う、うん。蒼斗のこと以外は全部……」
意味がわからない。蒼斗が仕組んでいた? 一体なんのために?
「……いや、この際なんだっていい」
「どういうこと?」
「いいか、俺は明日、この世界から完全に消える」
「……えっ?」
蒼斗が、消える?
「タチが悪いな、私をぼっちにするつもり? 知ってるだろ?」
「冗談じゃない。俺は世界の理の外の存在、本来はいちゃいけない存在なんだ。だから、俺は明日で世界から消える。消されるんだ」
「えっ、なに? おもんないから。いやいや、ないから。何言ってんの? 頭打った? さすがに……」
「本当のことなんだ。その証拠に、お前すらも今日、だんだんと俺を忘れていった。今回は奇跡なんだ」
「なんで……」
「二度と会えないわけじゃない。多分」
蒼斗は近くにあった岩に手をついて、懐かしむようにその岩を撫でた。そこには、葵と蒼斗、2人の名前。
「……絶対に、離れ離れになってもお互いを忘れない」
「ああ、そうだ。俺は戻ってくる。だから、俺は何回も世界を再構築した」
「再構築?」
「そのままの意味だ。自然も、人も、なにもかもを構築しなおすんだ。そのときに、全ての物が元に戻る。怪我も、記憶すらも」
「……なるほどね。私は何故か覚えていたと」
「俺自身も無い記憶を、お前は全部もってたんだ」
「待って。ならなんで蒼斗はその再構築をしてたってわかるの?」
冷静になってきた頭をフル回転。必死に蒼斗を手放さなくてもいいように、術を考える。
「世界から存在しないことになってから、まあ、お前が俺を忘れてからのことは全部憶えてるんだ」
「なるほど……」
「もう、大丈夫か?」
「待って! 待ってよ……お願いだから……」
「あんまり時間が無い。明日って言ってるけど、ほんとはどのくらいの時間かもわかってないんだ」
「駄目、だよ……私は一人じゃ駄目なんだよ!」
「大丈夫。葵なら大丈夫」
「なんで……」
「世界が俺を忘れても、お前だけが憶えていてくれるなら。俺はきっと戻ってこられる」
私の頬を伝う涙を指で拭った蒼斗は、空を見上げている。私もそれを見て、同じように空を見上げた。
「……蒼斗」
「ん?」
「私のこと、憶えてて」
「当たり前だ。絶対に忘れない」
「忘れたら、私も絶対忘れてやる」
「それは辛いなぁ……」
知るか、私が一番辛い。
だけど、蒼斗の頬にも、私と同じように涙が伝っていた。そうか、碧斗も辛いのか。
「……なーに泣いてんの、馬鹿」
「泣いてねーよ……ただ、目から涙出てるだけだって」
「本気で馬鹿じゃん。それを泣いてるって言うの」
心の中に、だんだんと穴が空いていく。思い出が消えていく、そんな感覚。
「葵」
「なに?」
「好きだぞ」
「……うん、私もちゃんと、好き」
「ありがとう」
私は、私を抱きしめたその温もりに身を任せることにした。
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