後日談14
「はぁ……熱くなりすぎだ、お前達。少し頭を冷やせ」
やがて槍から噴き出した水が止まると、今度は垂直に突き刺さった槍の柄尻に、一人の女性がふわりと、重力を感じさせない軽やかな動きで降り立った。薄水色の長い髪に、濃い青色の瞳。エルフである事を示す細長い耳に、人間離れした美貌。長身で、かつ非常に豊満で蠱惑的な体格の女……アルティリアである。
「アルティリア様!」
信奉する女神の登場に、ロイドと神殿騎士達が跪く。地面に降り立ったアルティリアは、そのままロイドの前まで歩いていき……下げている頭の上に鋭いチョップを落とした。
「ロイド。安い挑発に乗るのは構わん。喧嘩を売られたら買うのも自由だ。だが、やるならキッチリ勝たんかい。まんまと相手のペースに乗せられて、イチかバチかの勝負に挑まされた時点でお前の負けだ。あのまま続けていれば、良くて相討ちに終わっていたぞ」
「申し訳ありません!」
「戦闘勘が鈍っているようだし、明日からは久しぶりに私が稽古をつけてやる。楽しみにしていろ」
「はっ! ありがとうございます!」
ロイドにそう伝えたところで、アルティリアは「さて」と呟き、今度はアンドリューの方を向いた。
「お前がアンドリューか。私の騎士が世話になったようだな。それで、この私に何の用だって?」
そうアルティリアに問われ、アンドリューは……不敵な笑みを浮かべた。
「ガハハハハ! これは女としても、戦士としても想像以上だ! よし、決めたぞ! 女神アルティリアよ、俺様は貴様に勝負を申し込む! そこの騎士との戦いに文字通り水を差されて、不完全燃焼だったところだ! その責任は主である貴様に取って貰わなければな!」
右手に持った剣をアルティリアに向けて、アンドリューはそう宣言した。
(馬鹿野郎、死にたいのか……!?)
ロイドを筆頭に、神殿騎士達はその姿を見て心中で呟いた。
「ほう。それは別に構わんが……お前が私に勝てるとでも?」
「さあて、難しいかもな。だが俺様は、勝負を挑む時に負ける事など考えんぞ」
「その気概は大変結構。……それで? 仮にお前が勝ったら、お前は私に何を望む?」
「その時は、貴様には俺様の嫁になって貰う! 俺様が負けた時は好きにしろ!」
(あっ、こいつ死んだわ……)
アンドリューの言葉を耳にした神殿騎士達は、心の中で合掌した。
「……こっちに来てから、私に求婚してきた馬鹿はお前で二人目だ」
「ほう! 俺様が二人目とは、他の男共は随分と見る目が無いか、或いは腰抜けだったのだな! それで、その一人目とはどこのどいつだ」
(お前みたいな無礼な命知らずが、そう何人も居てたまるか!)
神殿騎士達は憤慨し、アンドリューへの同情を心の中から消し去った。
「聞きたいか? 魔神将フラウロスというんだが、馬鹿さ加減ではお前といい勝負だったぞ」
アルティリアのその言葉を聞き、背後でスカーレットが頭を抱えた。
「さて……それでは、いつでもかかって来るがいい」
アルティリアがそう促すと、アンドリューは思わず、先ほど地面に突き刺さり、そのままの状態になっている三叉槍へと視線を向け、問いかけた。
「おい、槍は拾わんのか?」
「不要だ。お前相手には必要ない」
アルティリアのその言葉に、侮辱されたと感じたアンドリューの頭に血が上る。
「なんだと!? おのれ、その思い上がりを後悔させてやる!」
アンドリューが素早い踏み込みと共に、アルティリアに攻撃を仕掛ける……が。
「遅い!」
それよりも速く、アルティリアが右手を振り抜く。パーン! と乾いた音が鳴り響き、アンドリューが地面に倒れた。
「悪ガキの躾に武器など不要。お前相手には
「お、おのれぇ……よくも俺様の顔を! 誰にも、親父にすら打たれた事が無いのに、よくもやってくれたな!」
激昂して掴みかかるアンドリューを、再びアルティリアが強烈な平手打ちで、反対側の頬を張り飛ばした。
「親に殴られた事もない男が、ろくな大人に育つものかよ! 父親の代わりに、私が根性を叩き直してやる! どうした、さっさと立ってかかって来い!」
「言われずとも!」
「動きが直線的すぎる! この私を相手に、そんな力任せの攻撃が通じると思うな!」
アンドリューは正面から攻めかかるが、アルティリアは彼の攻撃を軽く受け流しながら強烈な平手打ちをカウンターで入れ、またしてもアンドリューは地面に倒された。
「ちぃっ! だったら、これでどうだ!」
「フェイントを入れるのはいいが、目線は正直だな! 格上を相手にするなら、もう少し工夫する事を覚えろ!」
そしてアンドリューは、起き上がって挑みかかる度に、何度もアルティリアに頬を叩かれ続けた。何度叩かれようとアンドリューはしつこく挑み続け、アルティリアは彼の戦い方に駄目出しをしながら叩きのめす。結局それは、アンドリューが気絶するまで続いた。
そして、それから数時間後。
「ぐっ……ここは……」
アンドリューが目を覚ますと、そこは見覚えの無い部屋だった。華美ではないが、上品な家具や調度品が配置された寝室であった。
「起きたか、アンドリュー……」
アンドリューが目を開け、体を起こしたのを見て、ベッドのすぐ隣で椅子に座っていた人物が声をかけてきた。それは、このローランド王国の先代国王であった。こころなしか疲れた顔をしている。
「親父……ここは何処だ? 俺は何でここにいる?」
「ここは、わしが隠居している屋敷じゃ。……お前は愚かにもアルティリア様に勝負を挑み、散々に打たれて気絶したのを、ここに運び込まれたのじゃ。頬がパンパンに腫れていたのは、運んできたアルティリア様が魔法で癒してくれたが……それを見た時、わしは心臓が止まるかと思ったぞ」
その言葉を聞いて、アンドリューは気を失う前の事を思い出した。生まれながらの強者で、向かうところ敵無しだった自分がまるで構わず、まるで子供扱いだった事を。
「……そりゃあ、悪かったな。残り少ねぇ寿命がうっかり無くなっちまうところだった」
「やかましいわ馬鹿者が。わしは窮屈な玉座から解放されて気ままな隠居生活を満喫し始めたばかりじゃぞ。あと50年は生きてやるわ」
減らず口を叩く息子を叱りつけた後で、先代国王は深い溜め息を一つ吐いて、アンドリューに語りかけた。
「アルティリア様は、お前を許すとおっしゃられた。悪ガキがはしゃぎすぎたから、お仕置きをしただけだとな。そして、わしに……お前の代わりに殴っておいたぞ、と……」
そこまで言ったところで、先代国王は手で目元を覆った。
「アンドリュー、わしはお前が恐かった。幼い頃より強く、武の才に恵まれ、成長するごとに粗暴で野心的になっていくお前が恐ろしかった。お前を叱りつける事すら満足に出来なかった、そんなわしの弱さがお前を歪ませ、間違った方向へと進ませてしまったのだと、わしは今日になってようやく気付かされたのだ……。すまぬ、アンドリューよ……」
「親父……」
こうして、長い間すれ違い続けてきた親子は、ようやく向き合う事が出来るようになったのであった。
めでたし、めでたし……と、ここで話が終わっていれば、綺麗に纏まったのだが。
「なあ、親父……俺はアルティリア様に、俺が勝ったら嫁になるように言ったんだが……それは間違いだったぜ」
「お前はなんと畏れ多い事を……当たり前じゃ馬鹿者が。はぁ……これは改めて頭を下げに行かんとな……」
アンドリューは自らの過ちを認め、それを素直に口にした。そこまでは良かったのだが……
「ああ。俺は間違っていた。そう、アルティリア様は……俺の母上になってくれる御方だった!」
「お前は何を言ってるんじゃ!?」
アンドリューの生母は先代国王の側室であり、王国の下級貴族の娘であった。彼女は容姿こそ美しかったが野心が強く、性格のきつい女だった。息子のアンドリューの事を己や実家の権力を高める為の存在としか見ておらず、アンドリューは母親から愛情を受けた記憶など、皆無であった。
そして父親である先代国王もまた、アンドリューの力や気性の荒さを恐れて遠ざけており、アンドリューは親の愛情を知らずに育ち、生来の力の強さや、己が第一王子であるという自負も合わさって、極めて傲慢で粗暴な性格に育ったのだった。
彼を叱ったり、性格を矯正してくれる者など誰一人としておらず、それゆえに我が儘放題の手がつけられない蛮族王子になってしまったアンドリューだったが、そんな彼が今日、初めて子供扱いされて、叱られた。アンドリューにとっては人生を変えるような、衝撃的な出来事だったのだ。
「すまなかったな親父。俺はこれからは、アルティリア様……いや、母上に恥じない、立派な男に生まれ変わってみせるぜ! うおおおおおおおおお!」
「待て、アンドリュー! どこへ行く気じゃ! アンドリューーーー!!」
そしてアンドリューは、再びアルティリアの神殿に向かって爆走する。
「うわっ、また来やがったぞあいつ!」
「何ぃ!? 性懲りも無く、またアルティリア様に無礼を働く気か!?」
思わず警戒し、行く手を遮ろうとする神殿騎士達だったが、そんな彼らを前に、アンドリューは深々と頭を下げた。
「君達、さっきはすまなかった。このアンドリュー、心から謝罪しよう。俺はアルティリア様のおかげで心を入れ替えた。これは心ばかりの謝罪の品だ。皆で楽しんでくれたまえ」
謝罪の言葉を伝え、アンドリューは途中で店に立ち寄り、購入した高級ワインの瓶を騎士団員に手渡した。
(いや誰だよてめぇ!?)
団員達は心の中で呟いた。
「ついては、アルティリア様にも直接謝罪をしたいのだが、通らせて貰っても構わないだろうか?」
「あ、あぁ……どうぞ」
アンドリューの変わりように面食らって、思わず素通ししてしまう騎士団員達であった。
そしてアンドリューは遂に、アルティリアの神殿に到着し……
「母上! このアンドリュー、母上の厳しくも暖かい慈愛に触れ、生まれ変わった心地にございます! つきましては今後もご指導ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い申し上げます!」
「は? お前みたいなクソデカい息子を持った覚えはないわ! 私の息子はアレックスだけだっての!」
……それから、アルティリアはどうにかアンドリューを説得して、王族や将軍としての自分の務めを果たして、正道を歩むようにと言い聞かせたのだった。
程なくして王都に戻ったアンドリューを見た彼の弟達、国王セシルと宰相サイラスは、その凄まじい変わりように驚愕しながらも、問題児だった兄を更生させた女神アルティリアに深い感謝と敬意を向けるのであった。
特に四兄弟の次兄にして宰相のサイラスは、胃痛の種であった兄を生まれ変わらせてくれたアルティリアに対して、それはもう深く感謝し、週末には必ず王都の中央広場に建っているアルティリアの神殿に出向いて礼拝し、また年に一度はグランディーノへと出向いて、直接アルティリアに感謝の言葉を伝えた。それによってサイラスは、王都で最も敬虔なアルティリア信者として名声を高め、死後に列聖された。
また、アルティリアによって更生したアンドリューは、かつての傲慢さや粗暴さはなりを潜めた上に、元々持っていた軍人としての才能に更に磨きをかけていった。更に、かつては見向きもしなかった下っ端の兵士達や、平民達の暮らしにも目を向け始めるようになり、末端にまで細かい配慮が行き届いた体制作りに励み、かつては蛮族王子と揶揄されていた彼は、理想の将軍として主に平民層から強く支持されるようになっていった。
これには、隣国アクロニア帝国が誇る大将軍レイドリックも、
「アンドリューは変わった。ローランド王国軍、侮り難し……!」
と警戒を強め、帝国は引き続きローランド王国との休戦を継続する考えを示した。
「母上……アンドリューはこれからも、母上に恥じない男として、邁進していきますぞおおおおおおおおおお!!」
そしてアンドリューは今日も、ローランド王国を守護する総大将として精力的に働くのであった。
【キャラクターデータ】
名前:アンドリュー=ド=ローランディア
種族:人間
性別:男性
年齢:31
所属勢力:ローランド王国軍
メインクラス:軍神
サブクラス:剣闘王
戦闘スタイル:前線指揮官
主な生活スキル:なし
ステータス評価:
筋力A 耐久B 敏捷C 技巧A 魔力E
好きなプレゼント:『武具』『酒』
苦手なプレゼント:『書籍』『装飾品』
特徴:『王族』『粗野』『短気』『暗愚』『天賦の才:軍事』
【概要】
アンドリュー=ド=ローランディアは、ロストアルカディアシリーズの登場人物。初登場はロストアルカディアⅦ。
ローランディアの姓が示す通り、ローランド王国の王子の一人であり、長兄。容姿は筋骨隆々の粗野な大男で、どちらかというと線の細い弟達とはとても似つかないゴリマッチョである。王家に生まれた突然変異にして、生まれながらのウォーモンガー。そしてローランド王国の最終兵器である。
性格は、見た目通りの野蛮で粗暴、そして傲慢な男。蛮族王子と渾名される程の暴れん坊であり、王家が頭を抱える問題児。王族としては欠陥だらけだが、軍人としての才能・実力は間違いなく超一級品であり、ローランド王国軍の総大将を務める。
パーティーメンバーに加える事ができるのは、メインシナリオをクリアした後。グランディーノで発生する、とあるイベントを見た後に交流が可能になる。
そして肝心の性能だが、クリア後限定キャラである事から察せられるように、本作屈指の強キャラの一人。メインクラスが各国に一人しかいない強職業『軍神』であり、本人の強さもさる事ながら、指揮官としての能力が飛び抜けて高い為、大規模戦闘でこいつに部隊の指揮を任せるだけで難易度が大きく下がるレベル。
試しにこいつに騎兵部隊の指揮を任せて戦場に放り込んでみて、その姿を観察してみてほしい。Mount&Bladeシリーズのプレイヤーみたいなムーブをして敵軍を溶かしている姿が確認できるはずだ。
また本人の戦闘能力が高いので前線指揮官向けだが、軍神という職業自体は後方での指揮に長けている為、総大将として後方に置いても十二分に働いてくれる。
そして問題の、アンドリューの加入イベントだが……アンドリューが単身、グランディーノを訪れるところから始まり、数日後にはアンドリューがアルティリアの神殿を訪れ、海神騎士団のメンバーと対立する。
ロイドを相手に互角以上の戦いをするアンドリューだったが、そこで間に入ってきたアルティリアに挑んだアンドリューは、アルティリアに素手の平手打ちだけでボコボコにされ、圧倒的な惨敗を喫する。
その際に打ち所が悪かったのか(実際は彼なりの事情や理由はあるのだが、それは割愛する)、アンドリューは突然アルティリアに
アレックス/ニーナが主人公のロストアルカディアⅨにも登場し、二人を義弟/義妹と呼んでウザ絡みしてくる為、彼ら兄妹からは煙たがられている。
しかしアレックス編では終盤の加入になるが、Ⅶ同様のぶっ壊れ指揮官枠、ニーナ編ではニーナが軍神へと覚醒するきっかけを作る師匠枠として、さりげなく超重要キャラ。
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