後日談13
バーツと共に、散々に飲み食いした翌日も、アンドリューは同じ調子でグランディーノの街を徘徊しては、他の土地にはない品物や建造物に目を輝かせ、美味い飯と酒に舌鼓を打ち、思うがままに遊び歩いていた。
「全く、どこのどいつだ? 辺境のド田舎にある港町などとほざいておったのは。飯は美味いし酒も極上、店に売っている武器や防具も俺様が身に付けるにはやや不足だが、それでも性能に対して値段がかなり安い。その上、これだけの品が量産品として普通に売られておる。部下共に持たせる為に仕入れたいくらいだ。さらに、馬もこの街の馬屋で売られていたものはどれも名馬だった。あれも我が騎馬隊用に是非欲しい。まさか、こんな場所に優れたブリーダーが隠れておったとは」
遊び呆けながらも自らの立場は忘れていないようで、時々そのように武具や馬に目を向けては軍人の顔をするのだが、それでも今の彼は(半ば無理矢理に部下に仕事を押し付けてきたとはいえ)休暇中である。またすぐに遊び人の顔に戻って、自由気ままに街を徘徊し始める。
そうやってしばらくの間、アンドリューはグランディーノの街で観光&豪遊を楽しんだ。それから数日後、遂にアンドリューは街外れの丘の上にある、女神アルティリアの神殿へと足を運んだのだった。
神殿に向かって道なりに丘を上っていくと、その道の途中には海神騎士団の詰所があり、そこでは騎士団員が24時間体制で、神殿に向かう道を監視している。そして神殿へと向かうアンドリューを発見した騎士達は、完全武装した状態で詰所内から姿を現した。
騎士達は既にアンドリューがグランディーノを訪れた事を把握しており、また粗暴な性格で、度々問題行動を起こしている彼の悪評も承知している。ゆえに騎士達は普段よりも街の警備に割く人員を増やし、仮にアンドリューがアルティリアに接触しようとした場合、それを止める為にいつでも出動できる態勢を整えていたのだった。
「ん? 何だ貴様等」
詰所内から現れ、道を遮る騎士達に向かってアンドリューが問いかける。
「失礼、アンドリュー殿下ですね? 我々はアルティリア様に仕える海神騎士団の者。私が団長のロイドと申します」
彼らの先頭に立つ男、海神騎士団の団長にしてグランディーノの領主である、ロイド=ランチェスターが質問に答え、続いて逆にアンドリューに問いかける。
「して、殿下。一体この先にどのような御用でしょうか」
「何だと? 何故俺様が、貴様にそんな事を答えねばならん」
「アルティリア様の身辺を守護するのが我々の務めですので。失礼ながら殿下の目的次第では、アルティリア様に近付ける訳にはいきません」
毅然とした態度でそう答えるロイドに、アンドリューは小さく舌打ちをした。
(こいつ、王族である俺様に向かって随分とデカい口を利きやがって。後ろの連中も、まるでビビってる様子が無い)
その態度を嘗められたと感じたアンドリューは、苛立った表情でロイドに近付きながら、
「目的も何も、ただ王国を救った女神様の神殿に礼拝に訪れただけだが!? 貴様等はただの参拝客を、それも王族であるこの俺様を危険人物呼ばわりして、不当に足止めするつもりか?」
と、まくし立てた。
そう返されると、ロイドとしては引き下がらざるを得ない。仮にアンドリューが何かを企んでいるとしても、それを証明する手段が無いからだ。それでも万が一の事態の為に、せめて武装解除と、自分を含めた数名が護衛の名目で、すぐ近くで監視するくらいはしなければ……とロイドが考えた時だった。アンドリューの心中で、悪戯心がむくむくと顔を出した。
(待てよ? よく見ればこいつら、相当に練度が高いぞ。特に代表のこの男や、他にも何人かは頭一つ抜けている。或いはこの俺様に匹敵するかもしれん程の強者だ)
それと同時に湧き上がるのは、武人としての好奇心だった。
(ククク、最初は噂の女神の姿を拝み、あわよくば王国一と噂される爆乳を揉んでやろうと思っていたが、予定変更だ。それよりも先に、目の前に楽しめそうなオモチャが沢山あるではないか)
生まれついての強者であり、生粋の武人であるアンドリューにとって、強者との戦いは酒や美食、美女以上の愉しみである。ニタリと笑って、アンドリューは目の前の神殿騎士達に向かって大声で言った。
「おっとスマン、撤回しよう。今のは嘘だ。本当は美貌と噂の女神の姿を見ようと思ってやって来た。そして噂が本当ならば裸にひん剥いた上で、でっかいオッパイをモミモミしてくれようと思って来たのだ」
ゲスな笑みを浮かべて、両手で乳を揉むジェスチャーをしながらアンドリューがそう宣うと、途端に騎士達は激昂した。
「ダッテメーコラーッ!」
「スッゾオラー!」
「アルティリア様のオッパイをモミモミするだと!? そんな羨ま……けしからん事をさせてなるものか!」
迷わず武器に手をかける騎士達。王族に向かって刃を向ける事の重大さを理解していない者はいないが、それでも彼らにとって最も優先するべきはアルティリアである。その彼女を愚弄した以上、たとえ一国の王であろうと生かしては帰さん。一切躊躇する事なく、彼らは武器を抜こうとするが……
「静まれ!」
ロイドが彼らを制止して、改めてアンドリューに問いかける。
「殿下、撤回するならば今の内ですよ。アルティリア様に危害を加えると言われた以上、我々はたとえ王族が相手であっても、力尽くで排除しなければなりません」
「フン。ならば、さっさとそうすれば良かろう。分からんのならば、ハッキリと言ってやろうか? 俺様は貴様等……いや、貴様に喧嘩を売っているのだぞ。買うのか? それとも買わんのか? 貴様が売られた喧嘩を買えん腰抜けだと言うのならば、さっさと道を開けるがいい」
アンドリューの煽りに、ロイドは深い溜め息を一つ吐いて……後ろに立つ団員達に向かって、大声で問いかけた。
「我ら、海神騎士団の鉄則は! ひとつ!」
「「「「「女神に忠誠を捧げ、邪悪を討つ剣となるべし!!」」」」」
「ふたつ!」
「「「「「天下万民の為に尽くし、弱者の盾となるべし!!」」」」」
「みっつ!」
「「「「「
ロイドの問いかけに応え、団員達が唱和する。
「……という次第です。売られた喧嘩を買わずに道を開ける? あり得る訳ねェだろうが、そんな事! 高くつくぞこの野郎!」
ロイドは領主貴族としてはあるまじき、海賊時代に戻ったようなテンションでそう叫び、鞘から抜刀した愛刀の切っ先をアンドリューに向けた。
「面白い連中だ、気に入ったぞ!」
それと同時に、アンドリューも剣を抜く。彼の得物は、左右の手に持った二振りの
両者がぶつかり合う。機先を制したのはロイドだ。目にも留まらぬ連続攻撃を、しかしアンドリューが二刀で巧みに受け流し、逆に丸太のような脚でロイドの腹に向かって蹴りを放つ。しかしロイドは素早く身を翻して蹴りを回避しながら、すれ違いざまに胸部を斬りつける。アンドリューはそれを、上体を後ろに逸らして紙一重でブリッジ回避する。
(強い……! そして、堅い……! スカーレットのような、見た目通りのパワー系かと思ったが、剣士としての技巧も超一流! 王国最強と謳われる看板に偽り無しか……!)
二刀流といえば、二本の剣を使った連続攻撃……それによる手数と火力が長所と思われがちだが、本来は攻防一体にして変幻自在の戦術であり、決して攻撃一辺倒のものではない。そして二刀流の達人が守りに徹した時、その堅牢さは盾を構えた重騎士にも比肩する。
事実、アルティリアの友人・知人の中には凄まじい精度のパリィの使い手で、システム上パリィできる攻撃なら全部残らず弾いてやると豪語する二刀流剣士の
「ほう……俺様に防御をさせるとは、中々やるではないか。並の相手ならば守るまでもなく、最初に一撃入れて終わるからな。久しぶりに使ったぞ」
対するアンドリューも、難なくロイドの攻撃を捌き切ったように見えて、実際のところは少しでも対応を誤れば重傷を負いかねない、綱渡りの状態だった。それを顔色一つ変えずにやり遂げるあたりは流石の胆力といったところだが、見た目ほどの余裕は無い。
「しかし、そのツラにその太刀筋……どこかで見覚えがあると思ったが、貴様ジョシュアの野郎の息子か。ククク、面白い。奴はいずれ俺様がぶちのめして手下にしてやろうと思っていたが、俺様がガキの頃にくたばってしまったからな。代わりに息子の貴様を打ち負かして、子分にしてやろう。見たところ、貴様もジョシュアと同程度には使えそうだ」
まだアンドリューが幼い少年だった頃に、軍で頭角を現していたのがロイドの父親、若き日のジョシュア=ランチェスターだ。武の天才であるアンドリューは、同じく卓越した軍人としての才を持つジョシュアに目をつけて、いずれ自分が成長したら彼を超えて、自分の下につけてやろうと目論んでいた。しかしその前に、ジョシュアは反逆者の濡れ衣を着せられて処刑されてしまったのだが……何の因果か、その息子が目の前にいて、自分と剣を交えている。アンドリューは歓喜した。
「お断りだ! それと言っておくが、父上の剣はこんなものではないぞ! もし戦っているのが生前の父上なら、貴様なんぞ最初の一太刀で両断されているわ!」
「フッ、馬鹿め。確かにかつて見たジョシュアの腕前は、この俺様が認めざるを得ない程のものだったが、それでも今の俺様には及ばぬわ! 当然、息子の貴様もだ!」
「ほざけ!」
そしてロイドとアンドリューは、一進一退の攻防を繰り広げる。両者は全くの互角のように見えた。だが激突を繰り返す内に、徐々にロイドが守勢に回る回数が増えてきた。戦いの天秤は、少しずつアンドリューに傾きつつある。
その理由は体格、そして体力の差だ。互角の力量を持つ強者とのギリギリの戦いでは、体力や気力を著しく消耗する。その
「ロイドよ、領主の仕事で腕が鈍っておるのではないか? 我が代わろうか」
「いえ、ここはまず新参者の私が」
苦戦するロイドに、特大剣を背負った赤い鎧の巨漢と、突撃槍を携えた銀髪の精悍な青年が声をかける。スカーレットとレオニダス、どちらも海神騎士団の団員で、ロイドと互角の腕を持つ戦士だ。
「余計なお世話だ……! つーかお前ら、自分が戦いたいだけだろう……!」
「「ばれたか」」
「あったりめーだ馬鹿!」
仲間に向かって律儀にツッコミを入れながら、ロイドは内心で歯噛みする。
(くそっ、悔しいが体力勝負になると不利……! それからスカーレットの言う通り、少しばかり体が鈍っているのも確かだ。不甲斐ないぞロイド、魔神将との戦いが終わって、気が抜けたか! 自惚れるなよ未熟者め! 今日からまた、初心に帰って鍛え直さなくては……!)
そう決意を新たにするロイドだったが、それも目の前の戦いを乗り切ってからの話だ。
「かくなる上は……!」
ロイドが精神を統一し、静水の如く澄み切った闘気を刀身に漲らせた。このまま戦い続けてもジリ貧になると見て、奥義による決着を狙う。
「ほう……」
それを見たアンドリューは、両腕を大きく広げて重心を低くし、前傾姿勢になった。その姿はまるで、獲物に飛びかかる直前の大型肉食動物だ。ロイドの技をまともに受け切るのは不可能と判断し、紙一重で回避しつつ飛びかかり、カウンターで仕留める構えだ。
緊迫した空気が流れ、両者がぶつかり合おうとした、その時であった。
突然、二人の間……ちょうど中間地点に、一本の槍が天より落下し、地面に突き刺さった。そして、その場所から大量の水が噴水のように噴き出して、その場に居る者達へと降り注いだのだった。
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