後日談11

 リン=カーマインは勇者や英雄と呼ばれるような選ばれた人間ではなく、ごく普通の一般庶民だ。少なくとも本人はそう思っている。

 生まれは特筆すべき事など一つも無い一般市民だし、過去の因縁や背負った宿命なども無い、ほんの少し人より魔法の才能に秀でていただけの、ごく普通の魔法使いの少女。それがリン本人の自己認識であった。

 しかし、それとは逆に周りからの評価は高い。

 女神アルティリアに仕える精鋭・海神騎士団の創設メンバーにして、貴重な後衛火力職として前線で戦う騎士達を支え、幾つもの厳しい戦いを乗り越えてきた歴戦の術者。ローランド王国、いや大陸中を探しても右に出る者がいない程の腕前を誇る大魔導師。そして、魔神将ビフロンス討伐の立役者。

 本人の自己評価の低さに反比例して、彼女の名声は日に日に高まるばかりである。まるで、無自覚の内に女神として祀り上げられ、信仰を集めていたかつてのアルティリアを思わせるほどに。

 そんな彼女は今、目の前で頭を下げる者達を前に、うんざりした表情を浮かべていた。


「カーマイン殿、どうか魔法大学アカデミーの教壇にお上り下さい!」


「我々には貴女の力が必要なのです!」


「どうか魔道の深淵を我らに示していただきたく……!」


 地面に頭を擦り付けるように頭を下げる彼らの肩書は、魔法大学アカデミーに所属する教授である。

 魔法大学は、魔法都市ヴェルーナの中心にある学校だ。ヴェルーナは自由都市同盟に属する独立都市国家の一つで、アクロニア帝国の領土に近い位置にある。ヴェルーナは魔法都市と呼ばれるだけあって、この大陸で最も魔法の研究や、魔法使いの育成が盛んな場所だ。そして、その中心が魔法大学である。また、ヴェルーナは魔法以外の学問や、芸術や音楽に関しても進んでいる、自由都市同盟の中で特に大きく豊かな都市である。アクロニア帝国領のすぐ近くにありながら、未だに独立を保っている事からも、その強さは明らかだ。

 そんな大都市の中枢たる魔法大学の教授たちが自ら、リンをスカウトする為にやってきた。言うまでもなく、これは凄い事だ。リンは数年前、まだ独学で魔法を学び始めたばかりの頃に、魔法大学の入学試験を受ける為にヴェルーナを訪れた事があるが、結果は不合格であった。実技試験では良い成績を残せたが、筆記が壊滅的だった為だ。

 リンは生まれつき高い魔力と魔法を使いこなす才能を有していたが、平民出身でコネも無い彼女の魔法は全て独学であった。その才能があった故に独学で、感覚だけで初歩の魔法をあっさりと行使する事が出来たが、逆にそのせいで理論が疎かになった事が原因だ。

 試験に合格した、魔法使いの家に生まれたというエリートに、所詮は平民の小娘と嘲られた事を覚えている。リンにとっては苦い記憶だ。

 そんなエリートの巣窟である魔法大学からのスカウト。それも教授が直々に頭を下げての、だ。しかし、リンの胸中にあるのは優越感などではなく、ただただ居心地の悪さのみであった。今更頭を下げてももう遅いなどと、自分が優位に立った途端にデカい態度で威張り散らかすような気持ちには到底なれそうにない。

 その理由は、リンが自分など到底及ばない、本物の化け物たちを知っているからだ。確かにリンは昔に比べれば大きく成長し、一流の魔法使いと呼んで差し支えない実力を身に付けたが、彼らに比べれば赤子のようなものだ……と、少なくとも本人はそう思っている。

 リンが比較対象にしているのは、彼女が仕える女神にして水属性の魔法や精霊術を極めたアルティリアであり、また、それとは別に二人。その内の一人が、突然リンの部屋へと音もなく姿を現した。転移魔法で直接ここまでやってきたのだ。


「ふふふ、来てやったぞ小娘。今日こそ妾の弟子になって貰うぞ」


 突然現れてリンにそう告げたのは、艶やかな長い黒髪に紫の瞳の、美しい顔に自信に溢れた表情を浮かべた絶世の美女であった。アルティリアに匹敵する程の豊満な肢体は、全身を覆い隠す黒いローブをもってしても隠しきれず、何もせず、ただそこにいるというだけで、世の男達は魅了され、彼女に傅くであろう。そう思わせるほどの妖艶さだ。

 彼女の名はヘカテー。冥王プルートの懐刀にして、冥界に住まう魔女神である。その実力は、主である冥王と比較しても劣るものではないという。

 彼女がリンと初めて会ったのは、今から数日前の事だ。冥王への報告の為に冥界に戻ったフェイトを捕まえて、先に起こった地上での大戦の事を根掘り葉掘り聞き出したヘカテーは、フェイトの話の中に出てきた地上の勇者達に興味を抱いた。中でも彼女が興味を惹かれたのは、最も新しき女神アルティリアと、その信徒の若き魔法使い、リンであった。

 そしてヘカテーは、衝動のままに冥界を飛び出した。ヘカテーは、奔放で我が儘な女神である。彼女が本気になれば、止められるのは同じく本気になった冥王くらいのものだ。あっさりと冥界を脱け出したヘカテーは、そのまま地上へと向かい、リンを訪ねた。そして彼女の資質と実力を高く評価したヘカテーは、リンに自分の弟子になるように要求したのだった。場合によっては強引に冥界へと連れ帰る事も考えていたヘカテーであったが、しかしその企ては阻止された。


「待て! お前の好きにはさせんと言ったはずだ」


 ヘカテー同様に音もなく現れ、そう言ってリンを庇うように立つのは、青い外套を纏った長身の美丈夫であった。身に付けた装備はどれもが国宝級、あるいはそれ以上の価値がある超一級品であり、本人の実力も無論、それに見劣りするものではない。

 この男の名は『あるてま』。アルティリアの友人であり、彼女に魔法戦士としての戦い方を叩き込んだ師であり、そしてやべーやつ揃いの一級廃人共の中でもトップに君臨する激ヤバ野郎だ。


「むっ、来たか小僧! 今日こそ決着をつけてくれる。表に出よ!」


「望むところだ」


 先日、突然押しかけてきて弟子になれと一方的に告げたヘカテーを、これまた突然現れて撃退したのが、あるてまであった。

 そして、そんなやり取りが今日まで毎日続いている。窓の外では、ヘカテーが放った超威力の広範囲魔法を連発し、あるてまがそれを打ち消し、あるいは対象を術者自身に移し替えたり、魔導銃に込めた大威力の魔法で相殺したりと的確な判断で対処している。


「おおっ……! なんという魔法の攻防……!」


「あれほどの大魔術をいとも簡単に連続で放つ魔女は、まさに火力の申し子、固定砲台としての術者の極み! 魔道の神髄を極めし者に他ならない……!」


「だが、その攻撃を全て、瞬時に適切な対処法で無力化している相手の男! 引き出しの多さと、それを使いこなす頭脳を併せ持った、まさしく大賢者! 彼もまた、あの魔女とは別の頂にある存在じゃ……!」


「あれらに比べたら、わしらの魔法はカスじゃ……」


「剛と柔、対極にある魔導の極み……その激突をこの目で見る事ができるとは……まるで神話の戦いのようではないか。皆、決して見逃すでないぞ」


「それにしても、あの方々に弟子として声をかけられているリン殿もまた不世出の天才……! やはり何としても、我が大学にお招きしなければ……」


 リンをスカウトしに来た大学の教授達は、すっかり少年のような瞳で、窓の外で繰り広げられている怪獣大決戦に夢中になっている。こころなしか、皺だらけの彼らの顔は来た時よりも若返っているように見える。

 そして……


「貴様等いい加減にしろ!」


 と、毎日のように繰り広げられる戦闘による騒音や振動の被害にブチ切れたアルティリアが二人に向かって『海神の裁きジャッジメント・オブ・ネプチューン』を叩き込んだ事で、今日の喧嘩はお開きになった。

 なお、『海神の裁き』は超級魔法であり、決して人に向かって撃っていいような威力のものではないのだが、実際にそれを撃たれた二人は大して堪えた様子もなく、


「チッ、仕方ない。今日はアルティリアの顔を立てて引いてやるとしよう。命拾いしたな小僧」


「それはこっちの台詞だ。リンは俺が見込んだ、あるてま式魔法戦闘術の正当後継者だ。お前のような火力馬鹿になどさせるものかよ」


「フン……貴様とはいずれ決着をつけるぞ」


「ええい、さっさと帰れ変態共! リンは私の大事な信者だぞ! お前達の流儀に染めようとするのはやめろ! これ以上やるなら推しと師匠とて容赦せんぞ!」


 睨み合って視線で火花を散らす二人を、アルティリアは必死に追い出すのだった。

 そして、そんな様子を部屋の中から見ていたリンは、


「……あれを日頃から見てると、ねぇ……?」


 そう言って、苦笑いをするのだった。

 しかし彼らの手によって自分が最強の魔法使いとして育成させられる未来を、彼女はまだ知らない。



【キャラクターデータ】


 名前:リン=カーマイン

 種族:人間

 性別:女性

 年齢:15

 所属勢力:海神騎士団

 メインクラス:魔術師メイジ

 サブクラス:神官クレリック召喚術師サモナー


 戦闘スタイル:後衛火力→コンボ型魔法戦士→あるてま式正統派

 主な生活スキル:採集、調合


 ステータス評価:

 筋力D 耐久D 敏捷B 技巧B 魔力A


 好きなプレゼント:『薬草』『宝石』

 苦手なプレゼント:『酒』『武具』


 特徴:『活発』『慎重』『独創性』『マルチタスク』『魔道の才』


 所有神器:

 なし


【概要】

 リン=カーマインは、ロストアルカディアシリーズの登場人物。初登場はロストアルカディアⅦ。

 グランディーノで暮らす魔法使いの少女で、海神騎士団の初期メンバーの一人。海神騎士団メンバーの中では最年少。勝気で無鉄砲のように見えて、引き際はしっかりと弁えており、魔法使いに必要不可欠な冷静さ、慎重さはしっかりと備えている。

 序盤から加入させる事が出来、前衛が多めなユニークNPCの中では貴重な後衛職であり、後衛火力に特化した純魔法構成のキャラ……だった。

 だがヤツは弾けた。中盤以降、アルティリアやロイド達と比較して自分の力不足を感じていた彼女は、これまでの固定砲台スタイルを捨てて新たな戦闘スタイルを編み出し、魔法戦士へと転身する。

 その戦闘スタイルは、一部のLAOプレイヤーにとっては酷く馴染みのある、あるてま式と呼ばれる戦闘法であった。


 ※あるてま式とは、LAOのトッププレイヤー『あるてま』氏が独自に開発した構築・プレイスタイルの事で、当初は不遇職とされていた魔法戦士という職業に光を当てた画期的かつ前衛的すぎる戦術である。

 広義には魔法戦士を軸にして物理と魔法を組み合わせた、永パを含むコンボ中心の戦闘スタイルの事を指すが、創始者のあるてま氏や、彼の薫陶を受けた弟子達によって様々な流派に分かれている。

 あるてま氏自身のスタイルは素手の格闘と高速詠唱を軸とするコンボに加えて、魔導銃による瞬間火力を軸とし、また全てのステータスが満遍なく高いバランス型のステータスと、あらゆる状況に対応可能な引出しの多さ、そしてそれを使いこなす技術によって戦局をコントロールする究極のオールラウンダーである。これのみが真のあるてま式であり、他は全て紛い物であるとする過激派も一定数存在する。


 続編のロストアルカディアⅧ、Ⅸにも引き続き登場し、そちらでは魔法使いとして大成し、立派に成長した姿を見る事が出来る。

 また、続編ではあるてま氏が乗り移ったかのような、敵の猛攻を冷静に捌きながら華麗なコンボを叩き込む様子を魅せ、一部のLAOプレイヤーが狂喜した。

 その一部のプレイヤー達からの愛称は『姉弟子』『妹弟子』『師範』『同志リン』等。

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