後日談5
「両親か……。知りたいというなら教えるが、それを知ってどうする?」
「どうもしない。ただ、知っておきたいと思っただけだ。死んだ母の事や、父親が居なくなった理由を」
長老の問いに、アレックスはそう答えた。
「よかろう。まず父親だが、お前達の父親は、『白狼』と呼ばれた高名な冒険者じゃった。主に活動していたアクロニア帝国では、知らぬ者が居ないほどのな」
白い髪に狼の耳と尻尾を持つ獣人族の男で、アレックスが成長して大人になれば、よく似た風貌になるだろう……と、長老は語った。
アクロニア帝国を支配するのは人間であり、獣人や蜥蜴人、小人といった人間以外の人型種族は亜人と称されて下に見られがちであり、場合によっては差別や迫害の対象になっているが、アレックスの父はそのような環境においても最高位の冒険者として、多くの人に信頼され、慕われていたという。
「だが、その栄光も過去の話……ある時、あやつは帝国を追われる身となった。その原因となったのが、お前達の母親じゃ。彼女は、魔族という種族の女じゃった。魔族の事は知っておるか?」
アレックスは頷いた。こことは違う、魔界という場所に住む人型の悪魔だ。以前対峙した、仮面を被った怪しげな男……地獄の道化師も、魔族と呼ばれる存在だった。
「魔族は基本的に別の世界の住人じゃが、過去にこの世界へとやってきて、そのまま住み着いた者や、その子孫達が少数ではあるが確認されておる。しかし彼らに対する迫害は、亜人に対するものの比ではない」
魔界の住人である彼らの中には、人間に対して敵対的な者も多く、また人間達の中にも彼らを恐れ、嫌う者は多くいる。
アレックスの母は、そんな魔族を迫害する人間達に捕まり、虜囚の身となっていた。その人間達を倒し、彼女を助けたのがアレックスの父だったのだが、相手がまずかった。
帝国の貴族を手にかけ、魔族を逃がした事で彼は帝国から追われる身となった。
「それでも、あやつは後悔などしておらんかったがな。相手の貴族は権力を笠に着て、亜人や魔族の者達を奴隷のように扱っていた下衆じゃった。あやつがその男の屋敷に侵入し、貴族を殺害したのも元々は、同族の獣人達を助ける為じゃった」
それから、アレックスの父は囚われていた者達を連れて帝国を脱出し、ここダルティの街へと流れ着いた。
「それから、あやつはこの街を拠点に便利屋や傭兵として活動を始め……数年後に、自分が助けた魔族の娘と結ばれ、やがて二人の間におぬしが生まれた。おぬしの母は魔族だが心優しい娘で、街の者達からも好かれておった。……その後、あの娘はニーナを懐妊したのだが、丁度その頃から体調を崩し始めてのう。何とかニーナを産んだのはいいが、その後ほどなくして力尽き、命を落とした。おぬしの母については、こんなところじゃな」
続いて、長老はアレックスの父について話す。
「あやつは、そんな妻の身体を癒す為の手段を探す為に、わしに身籠った妻と、幼いおぬしを預けて街を出た。街の者から聞いた話によれば、西に……帝国へと向かったらしいが、それっきり消息を絶ち、誰もその行方を知る者はおらん。恐らくは、もう生きてはいないじゃろう」
なぜ彼が行方知れずとなったのか……可能性として高いのは、帝国に見つかり捕らえられたか、抵抗の末に殺されたか。
「そうか……。ありがとう長老。知る事が出来てよかったよ」
「おぬしにとっては、辛い話でしかなかったと思うが……」
「親父が俺達をいらなくなったから捨てたんじゃなくて、ちゃんと愛してくれていたんだって分かっただけで十分だ」
アレックスは今よりもっと幼い頃は、父親は自分達兄妹と死んだ母親を捨てて居なくなったものだと思い込んでいた。過酷な貧民街での暮らしの中で、自分と妹以外は全てが敵だと思い込んでいた。その頃のアレックスであれば受け容れられなかっただろうが、アルティリアに拾われ、彼女や周囲の者達の愛情を受けて、まっすぐに育った今のアレックスは、亡き両親の愛を信じる事ができた。
長老との話を終えたアレックスはその後、背負い鞄の中から巨大な寸胴鍋と、様々な食材の山を取り出した。
「随分と大きな鍋じゃのう。どこから出てきたんじゃ?」
「この鞄は中が広い空間になってて、見た目より大量の物が入るんだ。中に入れてる物は重さも無くなる」
「ほほう、マジックアイテムっちゅう奴か。して、その食材は……随分と多いのう」
「腹減ったから飯を作る。長老も食え。いっぱいあるから他の奴らにもやる」
アレックスが取り出した食材は、豚肉とネギ、人参、大根、牛蒡といった様々な野菜類、それから味噌だ。
アレックスは巨大な寸胴鍋でそれらを煮込み、豚汁を作った。
「母上曰く、炊き出しといえば豚汁が定番らしい」
「ほほう。初めて見るが、美味そうなスープじゃのう……。香りがたまらんわい」
「銀シャリもある。長老、いっぱい食え」
それからアレックスは、豚汁の良い匂いを嗅いで集まってきた貧民街の住人達にも、ご飯と豚汁を振る舞った。
「ふおお、美味い、美味すぎる……!」
「坊主、なんちゅうモンを食わせてくれたんや……! 明日からいつもの固くてパサパサしたクソマズいパンや、干からびた干し肉が食えなくなったらどうする……! クソッ、だが美味ぇ……!」
夢中でご飯と豚汁を口に運ぶ住人達に、アレックスは告げる。
「ミュロンド商会のじじいに、定期的に食材を届けるように頼んである。鍋と作り方を書いたメモは置いていくから、次からはお前らが自分で作れ。ちゃんと皆で分けないとだめだぞ」
その言葉を聞いた貧民街の住人達から、歓声が上がった。
「坊や、お前さんが神か……」
「いや、神はうちの母親なんだが……」
「では神の子か!」
「万歳! 神の子万歳!」
「救世主万歳!」
自分を讃える彼らに囲まれて、アレックスは信者に囲まれてきまりが悪そうな表情を浮かべている母親の気持ちが分かった気がした。
ちなみにその後、豚汁はこの街の住人達の間で、神の子が貧しい者達を救済する為に齎した聖なるスープ料理として、長く親しまれる事になった。
ちなみに、その話を率先して広めたのは、ミュロンド商会の会長であるやり手の老紳士、ダグラス=ミュロンドその人である。
「フッフッフ。これでこの街に名物料理が生まれ、貧民街の治安や住人の健康状態も大きく改善された。貧民街に送る食材にかかる費用を補って余りある利益が出せるぞ。流石はアルティリア様の養子になり、その薫陶を受けただけの事はある。おい、お前達。今後もあの坊やの頼み事には応えるようにしておけよ。儂の勘だが、あの坊やはいずれデカい事を成し遂げる漢に育つぞ。アルティリア様にするのと同様に、最大限の敬意と誠意を持って当たれ」
「「「へい、会長!!」」」
「……さて、儂は帝国の伝手を使って、白狼の最期について調べてみるか。これも勘だが、何か大きな裏がある気がするぞ。儂の勘はよく当たるのだ」
その、ミュロンド商会の会長が調べたアレックスの父、白狼と呼ばれた冒険者が消息を絶った事件と、その裏に隠された陰謀について、アレックスはこれより約8年後、帝国での冒険の最中にその真相に迫り、巨大な帝国の闇に潜む者達と対峙する事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます