後日談2
戦後処理が落ち着いた頃になって、ロイドは国王に呼び出された。
とはいえ、豪華絢爛だった王宮は、魔神将ビフロンスが顕現した際に派手に吹き飛び、王宮があった場所は現在、地面に開いた大穴と辺りに散らばる瓦礫の山という廃墟同然の有り様になっている為、彼が呼び出されたのは貴族街にある邸宅だ。
この屋敷は元々、お取り潰しになった元貴族……具体的にはベレスフォード家が所有していた邸宅だが、現在は王家によって没収され、国王の仮家と化している。
先日、ロイドを筆頭とする海神騎士団の面々は、魔神将を撃破して王都と民を護った功績によって、国王および王太子から直々に感謝の言葉を受け取った。
王国側としては褒賞を授与する意向を示したが、女神に仕える神殿騎士団として、仕える神以外から金品を下賜される訳にはいかない為、そちらは固辞した。
相手側もそれは承知の上だったようで、後日改めてアルティリアを経由して臨時ボーナスが出る事になったようだ。客観的に見れば踏む必要の無い、無駄な手続きのように見えるが、形式や建前というのも大切なのだ。
そしてその直後に、側仕えの騎士――近衛騎士の中でも、最後まで己が使命を全うしながら、あの未曽有の災害を生き残った古強者だ――から、国王の伝言を受け取った。
その伝言、王からの秘密の呼び出しを受けて、ロイドは元ベレスフォード邸へと足を踏み入れたのだった。
「よく来てくれたな、ロイドよ。さて……今回そちを呼び出したのは、謝罪の為じゃ。国王という立場上、人前で頭を下げる訳にもいかぬゆえ、このように呼びつけさせてもらった次第じゃ」
寝室に案内され、国王と面会したロイドはそのように告げられた。
「謝罪……とは」
「そちの父、ジョシュアの事じゃ。余と我が国はジョシュアと、その父祖たるランチェスター伯爵家の長年の忠勤に報いる事なく、真の背信者共の謀略と諫言によって、英雄であった筈のジョシュアに謀反者の汚名を着せて、処刑台へと送ってしまった。これは決して赦される事ではない。そればかりか、そちやその家族も大層な苦労をかけてしまった」
国王は椅子から立ち上がり……そして王冠を自らの頭から外すと、ロイドに向かって深々と頭を下げた。
「本当にすまなかった……! 何と詫びれば良いか……!」
「……頭をお上げください、陛下。確かに、辛い事はありました。苦労もしました。……一時は、罪人となった父を恨んだ事もありました。ですが、全ては終わった事です。私はアルティリア様と出会い、そして多くの仲間を得て、報われました。そして父も、怒りと憎しみから魔神将の配下となっておりましたが、最期には高潔な戦士として死ぬ事ができました。ですから、もう良いのです」
「ロイド……すまぬ……そして、ありがとう……。約束する。余の名にかけて、必ずやジョシュアとランチェスター伯爵家の名誉を回復させると……!」
そうして、話は綺麗に纏まったかと思われたが……国王は最後に、ロイドに対してある提案をしてきた。それは……
「ランチェスター伯爵家の復興、そして俺が当主に……か。どうしたものか……」
翌日、自室のベッドに横になり、天井をぼんやりと見つめたまま、ロイドは呟いた。
前夜、国王から出された提案は、まさにそれだった。
「いやいや、今更俺が貴族とかなぁ……」
ロイドが貴族として過ごしたのは、まだ幼い少年の頃の話であり、貴族としての礼節や、領主としての知識などまるで身に付いていない。そんな人間が今更、領主貴族に任命されたところで、果たして務まるだろうか。
「大粛清のせいで貴族が足りないって事情はわかるが……」
結構な数の貴族家が直接あるいは間接的に謀反に関わっていたせいで、ローランド王国は粛清とその後の処理に大忙しで、それ以上に処分された貴族の領地の住民達は混乱している事が予想される。
代わりにその土地を治める領主が必要だが、それが務まる者が足りず、王家も先の反乱および魔神将との戦で大ダメージを受けている為、手が回っていない状況だ。
そして休戦中とはいえ大昔から仲が悪い大国が隣に居座っている為、早急にその状況を何とかしなければならない。この混乱の隙にアクロニア帝国が、王国の領土を侵略してくる可能性はゼロではない。
そこに汚名が晴らされたかつての英雄の息子であり、今回の魔神将との戦いでも活躍した、女神アルティリアの一の騎士が領主貴族として新たに立ったとなれば、民衆は恐らく安堵し、歓迎してくれるだろう。
ロイドとしても、父がかつて治めた土地の民……ジョシュアが反逆者の汚名を着せられても、彼を信じて庇っていた者達に、報いてやりたい気持ちはあった。
「しかし、そうなると俺は、アルティリア様の下を離れる事になるのか……」
領主貴族ともなれば、これまでのようにアルティリアの側に仕える事は難しくなるだろう。それが最大の問題であった。
アルティリア。ロイドが信奉する女神。彼女が居たからこそ、反逆者の息子と蔑まれ、ケチな海賊の頭へと落ちぶれていたロイドは、今や誰もが認め、敬意を払う聖騎士へと変わる事ができた。
彼女に仕えてから一年も経っていないが、それでもロイドにとって、アルティリアは己の全てと言っていいくらいに大切な存在であった。
「そうだな……聖騎士だの英雄だの色々言われるようになったが、それも全部アルティリア様の導きがあったからこそだ。そんな俺が、今になってアルティリア様から離れるなど、あってはならない事だ。この話は断ろう」
ロイドは、そう結論付けた。
彼の独り言をアルティリア本人が聞いたら、
「いやいや、そんな大した事してないから。お前の功績は他でもないお前自身の物だし、お前が変われたのもお前が努力したからだろ。そこは胸張りなさいよ」
とでも言いそうなものだが、生憎アルティリアはこの場にいない。
「つーか、さっさとグランディーノに帰ってアルティリア様に会いてぇ! 何で俺達は戦いが終わって、怪我も治ったのに未だに王都に居るんだ!? いや復興中でまだまだ不安定な王都の住人を助ける為だってのは分かるけどよ!」
自分の発言にセルフツッコミを入れて、ロイドは勢いよくベッドから起き上がった。
「とにかく、陛下には正式に断りを入れて、それから早急にこっちの問題を全部片付けて、グランディーノに帰る算段を……」
そう今後の予定を呟いたところで、ロイドの部屋のドアがノックされた。
「団長、辺境伯がいらっしゃいました! 団長に用があるとの事です!」
「わかった、支度をしてすぐに向かう! 最高級の茶葉でおもてなししろ!」
「了解!」
ロイドが急いで海神騎士団の団長用制服に着替え、応接間へと向かうと、そこではケッヘル辺境伯が待っていた。
「やあ、ロイド君。突然訪ねてきてすまないね」
「とんでもない。辺境伯ならばいつでも歓迎いたしますとも。ところで、本日はどのようなご用件で……?」
ケッヘル辺境伯はここのところ、王都の立て直しの為にいつも忙しそうにしていた。先の戦でも大いに活躍し、他の貴族達から一目置かれるようになった彼を慕う若手の貴族は多く、彼らを率いて王都の復興に励んでいる。そんな多忙な彼がわざわざ時間を作って訪ねてきたという事は、よほど重要な用事なのだろうと考えたロイドは、次に彼が放った一言に驚きで目を白黒させた。
「一つ提案があるんだ。ロイド君……グランディーノを、領主として治めてみないかい?」
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