第167話 再会※

 うみきんぐが神力を用いて開いた門を通って、ギルド『OceanRoad』の所属メンバー一同は、異世界へと転移した。

 現実世界にいるプレイヤー達は、目の前のモニターに映る、自らが操るゲーム内のキャラクターが虚空に開いた門に入るのを見届けた直後に、意識が遠くになるのを感じた。そして一瞬の後に、彼らの意識と感覚は先程までマウスとキーボード、あるいはゲームパッドを通して操っていたキャラクターと一つになっていた。


「うおおっ!? マジでゲーム内のキャラになってるぞ!」


「異世界転移キター!」


 事前に知らされていたとはいえ、超常現象を目の当たりにして彼らのテンションは爆上がりだ。


「落ち着け、これからガチで命懸けの戦いに行くんだぞ。気を引き締めろ」


「お、おう。そうだな。アルティリアの奴を助けるんだったな」


 そんな中でも冷静な者達が注意を促し、シリアスな空気が戻った。


「しかしリアルで船の操縦とか戦闘なんかやった事ないが、大丈夫なのか?」


「きっと大丈夫だ。キャラクターの経験や記憶、技能はしっかりと受け継がれているみたいだ。感覚でどうやればいいのかわかる」


「なら、長らくゲーム内で愛用し続けてきた、この身体の記憶を信じて委ねるか」


 ところが、そんなシリアスな空気も長くは続かない。その切欠は、あるプレイヤーが放った一言だった。


「あっ、ところでリアルの身体と体格違う奴、大丈夫か? 俺もそうだが、けっこう身体を動かす時の感覚が違うから、違和感があるなら今のうちに慣らしておいた方がいいぞ」


 その人物は極めて真面目であり、その発言も真っ当なものだったが……


「俺、女キャラだから違和感バリバリだわ。リアルおっぱい付いてて草なんだが」


「それな。俺も巨乳に設定してたから動くたびにめっちゃ揺れて大変だわ。俺のサイズでこれなんだから、アルティリアはもっとやべーだろ」


「それな。ところであいつ自分で揉んだと思う?」


「そら揉むだろ、あんなでっかいの」


「揉んだほうに10M賭けるベット


「じゃあ俺も揉んだ方に花京院の魂を上乗せレイズ


「賭けになんねーだろ」


 真っ直ぐに進んでいた筈の話の航路は、いつのまにか下ネタ方向へと舵を切り……


「あっ、そういえばクロノは大丈夫か?」


「おっ、そうだな。おっぱい消えてチンコ生えたけど大丈夫か?」


 その矛先は、過去にある出来事によって多くのプレイヤーにリアルの姿が割れているクロノへと向かった。

 彼らのセクハラに対して、クロノは笑顔を浮かべながらブリューナクを取り出した。純白の神槍の穂先が、雷を纏ってバチバチと音を鳴らしながら発光している。

 ブリューナクを片手で軽く振り回しながら、クロノは言った。


「そうですね。多少違和感があるので、ここで貴方達相手に軽く準備運動でもしておきましょうか」


「「「すいません許して下さい! アルティリアが何でもしますから!」」」


 彼らは一糸乱れぬ揃った動きでDOGEZAをしつつ、しれっとアルティリアに責任をなすり付けるクズムーブを見せつける。


「お前達、はしゃぐのはそれくらいにしておけ。そろそろ出発するぞ」


 そんな彼らに声をかけたのは、彼らのリーダーである男、うみきんぐだ。しかしその姿は、いつもの黒髪の小人族のものではなく……


「ああ、すまねぇキング……って、誰だお前は!?」


「ど、どちら様ですか……?」


 彼らの前に立っていたのは、青いメッシュが入った白銀色の髪に蒼い瞳の、長身の美青年であった。


「我が名は大海神マナナン=マク=リール。そしてお前達のキングの真の姿である。こうして俺にとっての故郷に戻ってきた事で、本来の姿と力をある程度取り戻す事が出来たようだ」


「アルティリアに関する記憶を戻したり、人をこうやって異世界に送ったりできるんだから普通の人間じゃあないとは思っていたが……」


「まさかのガチ神様だったとは恐れ入った」


 マナナンの名乗りにギルドメンバー一同は驚きながらも納得し、それを受け入れる。


「そして俺がスナイパーおじさんこと、魔眼の神バロールだ」


 その隣には、マナナンよりも一回り背が高く、筋骨隆々で鋭い目つきの、黒髪の中年男性が立っていた。


「スナおじはあんまり変わってねぇな……」


「いや、目つきと人相の悪さと威圧感が5割増しになってる……うおっ危ねぇっ!」


 不用意な口をきいた男は、腰のホルスターから無造作に抜かれた拳銃からノールック射撃で放たれた銃弾を、咄嗟にブリッジ回避した。


「チッ」


「こいつ何の躊躇いもなく人の頭に向かって銃弾を……! しかも避けられて舌打ちしやがったぞ!」


「まあスナおじだしな……拳銃使っただけ有情。狙撃銃だったら死んでたぞ」


「しかし銃弾を見てから回避できるあたり、本当にLAOのキャラと一体になってるんだな。リアルの身体じゃ絶対に無理だわ」


 思わぬところで、彼らは自分がいつもゲームで使用している超人の持つ力を、現実で手にした事を実感したのだった。


「バロール、これから戦いだというのに味方を撃つんじゃあない」


「おう悪いな、ついやっちまったぜ」


 そんな軽いノリで人を撃つな、と一同は心の中で突っ込んだ。

 口には出さない。目の前の男が特に理由も無く、ただ単にムカついたというだけで他人に向かって鉛弾をブッ放すような危険神物だという事が、言葉ではなく魂で理解できたからだ。


「まあいい。では各自、自分の船に乗って出発だ! 航路を南方に取れ!」


 そうして、マナナン=マク=リール率いるOceanRoadの面々は、アルティリアを助けるべく出航した。

 全員がアルティリアに並ぶレベルの、超一流の航海士である彼らは、航海の神であるマナナンの権能もあって、凄まじい速度で大洋を南下していき……


「見えたぜ。アルティリアの野郎、敵にとっ捕まってやがる」


 最初にそれを発見したのは、バロールであった。魔眼の神である彼の人間離れした視力は、地獄の道化師に捕まっている瀕死状態のアルティリアの姿を確かに捉えた。


「助けられるか?」


「……駄目だな。もう間に合わん。ちょうど今、あの化け物に食われたところだ。急いで助けてやらにゃあ、手遅れになるぞ」


 バロールの視界に、丁度アルティリアが魔神将ウェパルの触手の先端に飲み込まれた姿が映った。


「そうか。ところで、俺達の友達に"上等ジョートー"くれやがった野郎への報復は?」


「ああ……それなら、もう済んだ」


「パーフェクトだ。よくやった」


 その時既に、バロールは狙撃を終えていた。常人には視認すら不可能な距離で、対物狙撃銃による狙撃で地獄の道化師に対してヘッドショットを決め、相手が撃たれたという自覚すら無いままに、鮮やかに殺傷して見せたのだった。


「さて皆、聞いての通りだ。アルティリアがいつものようにドジこいて敵にとっ捕まったそうなので、さっさと助けに行くぞ」


「おう、了解」


「しゃーねぇな、俺達が尻拭いしてやるとするか」


「あいつのデカい尻をな」


「拙者、むちむちケツデカエルフ大好き侍。義によって助太刀いたす」


 そして彼らは、友を救出する為に迅速に動き出した。


「現地の連中も、アルティリアを助ける為に一斉突撃してるみてーだな」


「うっし、じゃあ俺達も便乗するか」


「それにしても、あいつ向こうじゃ相当慕われてる様子だな。かなり必死になってるぜ」


「だが、ちょいと冷静さを欠いてるみてーだな。仕方ねーから俺様が軽く強化魔法バフでもかけてやるか」


「ってお前、メイン聖者カーディナルでサブ大軍師グランドマスターのガチガチ支援特化構成じゃねーか。お前の軽くとか並の人間にとっては過剰なんだが?」


「ところでさ、あの派手に動き回ってる触手に飛び移って、アルティリアを助けに行ける奴いるか? 移動だけでもだいぶ骨が折れそうなんだが」


「居るさっ、ここに一人なっ!」


「ヒューッ!」


「ゼブラじゃねーか!」


 OceanRoadのメンバーが、現地の者達と合流して彼らを支援し、ある者は自らアルティリアを救出する為に、危険な任務を買って出る。


 一方、魔神将ウェパルのすぐ近くでは、ルーシーが強大な魔神将を相手に、一歩も退かずに奮戦していた。


「アルティリア様、すぐにこいつを倒してお助けします……!」


 聖剣フラガラッハを手に、ルーシーは魔神将の巨体を幾度も斬り続ける。確実にダメージを重ねている実感はあり、このまま攻撃し続けていれば、この怨敵を倒す事は可能であるという確信も持っている。

 だが、瀕死の状態でこの化け物に飲み込まれたアルティリアの命が尽きるまでに、果たしてこの存在を倒す事ができるのか。その考えが焦りを生み、ルーシーに攻めを急がせ、隙を作らせた。


「しまった……!」


 信奉する女神の十八番である『激流衝アクア・ストリーム』に似た、黒い渦巻く激流による魔法攻撃が、至近距離からルーシーに襲い掛かる。

 防御や迎撃は間に合わないタイミングだ。かくなる上はライフで受けつつ、相打ち上等で全力の一撃をブチかましてやろうと覚悟した瞬間、突如ルーシーに向かって放たれた激流が霧散し、無力化された。


「落ち着け。そして気を静めよ。どんな時でも冷静さを欠いてはならぬ。全く……すぐ熱くなるところも、あの馬鹿者にそっくりだな」


 いつの間にそこにいたのか。ルーシーは自分のすぐ後ろに、誰かが立っているのに気付いた。その人物の気配に、知らない筈なのに、どこか懐かしい感覚を覚え、目から涙が溢れ出る。


「あ、貴方様は……まさか……!」


 振り返ったルーシーが見たものは、始祖王の記憶にあったものと寸分変わらぬ、神の姿だった。


「既に分かっているとは思うが、名乗っておこう。我が名はマナナン=マク=リール。……ようやく会えたな、小さな王レグルスの後継者よ」


 気が遠くなる程の長い年月の果てに、大海神と小人族の王は再び邂逅した。

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