第168話 夜明けを導く光

「アルティリア様! 良かった……間に合わないかと思いました……」


 魔神将ウェパルの触手による拘束から脱出した俺がルーシーのもとに戻ると、彼女は心底安堵した様子を見せた。


「すまない、心配をかけた。だが、もう大丈夫だ」


 そう告げて、次に俺はルーシーの隣に居る男へと視線を向けた。その銀髪の青年は見慣れた姿とは違うが、こっちの……本来の姿もレグルスの記憶の中で見た覚えがある。


「キング、世話をかけたな」


「なに、礼には及ばん。元々この魔神将は俺にとっても因縁の相手だし、俺がギルドメンバーであり、友であるお前を助けるのは当然の事だ。何故ならば俺は……」


「キングだから……か?」


「そう。キングだからだ!」


 ふんぞり返っていつもの決め台詞を言い放った後に、キングは周りに集まったギルメン達に指示を出す。


「奴を仕留めるぞ。各自、現地の者達を援護し、魔神将ウェパルを攻撃せよ!」


 キングがそう言った直後、轟音と共に放たれた砲弾がウェパルの巨体に直撃し、爆発した。自然と全員の視線が、それを放った者のところに集まる。

 そこでは一隻の戦列艦が、とんでもなく巨大な砲身を持つ船首砲から白煙を上げていた。

 そして、舳先にはよく見覚えのある、赤い髪の巨人族ジャイアントの巨漢……バルバロッサが仁王立ちしている。


「お先に失礼! 続けて行くぜ! ガトガトガトガトガトガトガトガトガトガト!! ガトリングフィーバー!!」


 両手に持ったガトリング砲を全弾一気に打ち尽くしたバルバロッサが次に取り出したのは、二挺の大口径バズーカだ。


「ダブルバズーカって男の子だよなぁ!」


 バルバロッサは一切躊躇う事なく片手でロケット弾をブッ放し、最後には桁外れの巨体と怪力を誇る彼でも、肩にかついで両手で構えなければ扱えないほどの、ロボットアクションゲームでガチタンに載せるような、化け物サイズの超巨大グレネードランチャーを装備した。


「正義とはパワー! ならば力とは何か? これこそが俺の答え、全てを破壊し尽くす暴力だ!」


 間違いなく、奴以外には使うどころかまともに持つ事すら出来ない規格外兵器から、破滅的な一撃が放たれる。


「消し飛びやがれ! 『暴君の火タイラント・ファイア』!!」


 夜空を消し飛ばし、地上に太陽が落ちたと錯覚したかのような、とてつもない大爆発に、ウェパルが苦悶の叫びを上げる。


「あれ一発撃つのに200Mメガかかるんだよな……」


「ようやるわ……」


 近くにいたギルメンが呟く声が聞こえた。マジかよ俺達クラスのプレイヤーでも、一週間みっちり狩りしないと稼げない金額じゃねーか。


「クロノぉ! ダメ押し頼むぜぇ!」


「了解……!」


 そしてバルバロッサが放った砲撃によって出来た隙に、クロノが追撃を入れる。

 クロノがブリューナクを投擲すると、それが無数の小さな光の矢へと分裂して、ウェパルの身体へと降り注いだ。

 あのブリューナク専用の広範囲多段必中技、相変わらずのチート性能で草生える。俺も女神形態で借りてる時は便利だから使わせて貰っている。


「こうしちゃいられねぇ、俺達も続くぞ!」


「おうよ、海洋民の力を見せつけてやるぜ!」


「海を汚してんじゃねーぞこのグロ肉塊が! 汚物は消毒だァー!」


「拙者、重装甲ロリ騎士大好き侍。義によって助太刀いたす!」


 頼りになるギルメン達が一斉に、ウェパルに対して攻撃を開始した。あと大好き侍はうちのルーシーに変な視線を向けるんじゃない。殺すぞ。


 あいつらだけに戦わせるわけにはいかない。ここは俺も……と思ったが、


「無理はするな。お前はもう、ろくに動けんだろう」


 マナナンが俺の肩を掴んで止めてきた。確かに、ギルメンに回復魔法をかけてもらって傷は治ったが、疲労困憊でまともに動けそうにないが、


「なーに、確かに疲れちゃあいるが、後ろから魔法で援護するくらいなら出来るさ」


 そう言って強がってみせるが、マナナンは首を横に振った。


「それよりも、お前にはやって貰いたい事がある。ルーシー、こちらへ」


「は、はい! マナナン様!」


 ルーシーがこちらに近付いてきて、マナナンは彼女に……正確には、彼女が持つ剣へと視線を向けた。


「アルティリア、これからフラガラッハを覚醒させる。お前にはその手伝いを頼む」


「フラガラッハを?」


「うむ。お前もこの剣に宿る記憶を見たならば知っているだろうが、このレグルスが使っていたフラガラッハには、あの魔神将ウェパルとの間に神代から続く因縁がある。そして、奴を一度倒したのもこの剣だ」


 ルーシーが差し出したフラガラッハの柄を握り、彼は言う。


「なるほど、話が読めてきたぞ。つまりこの剣は、あれに対する特攻武器になりえるという事か?」


「話が早くて助かる。この剣に俺とお前が持つ神の力を注ぎ込み、覚醒・進化させる」


 そう告げて、マナナンは剣に自らの力を注入する。俺も彼に倣って、一緒に柄を握って残った力を振り絞り、一心に念じた。

 フラガラッハよ、どうか頼む。今度こそ、レグルスの時のような悲しい別れが訪れないように、俺の騎士を護ってやってくれ……と。

 本当は、魔神将を倒す為の力を望むべきなのかもしれないが……俺が一番最初に思い浮かべた願いはそれだった。


 そして、俺達の力を注ぎ込まれた剣が、新たな姿を得る。蒼い刀身に金色のオーラを纏った聖剣を、マナナンと俺が二人でルーシーに差し出すと、彼女は跪いてそれを受け取った。


「マナナン様、お会いできて嬉しかったです。今日ここで、私が始祖王レグルスとの因縁に決着をつけて参ります」


「うむ。全てが終わったら、ゆっくり話をしよう。お前の一族の者達も一緒にな。話したい事が沢山あるんだ」


「はい、是非とも。楽しみにしておきます」


 マナナンとの会話を終えたルーシーは、今度は俺のほうを向いた。


「アルティリア様。剣からアルティリア様の想いが伝わってきました。ご安心下さい。必ず勝って、アルティリア様のもとに戻って参ります」


「ああ。それが分かっていれば十分だ。前にも言ったが、勝手に死んだら冥界まで追いかけていって、ブン殴って連れ戻すからな」


 そうなったら冥王プルートはきっと、ルーシーを冥戒騎士団にスカウトしたがるだろうが、邪魔をするなら冥王でも殴り倒す所存である。


 ルーシーは俺に対して頷き、魔神将ウェパルに向かってフラガラッハを構えた。ギルメン達や現地民が猛攻を仕掛け、確実にダメージは与えていて弱らせてはいるが、魔神将ウェパルはまだ死んでいない。

 つーか何だあいつ、しぶとすぎるだろ。魔神将がゾンビ化するとあれほどまでに死ににくくなるのかと、改めて戦慄する。

 だが、それもここまでだ。


「これで、終わらせます! 『コル・レオニス』!!」


 ルーシーが聖剣を振りかぶって……全力で振り下ろす。フラガラッハが纏う黄金に輝くオーラが、津波のように魔神将ウェパルを襲った。


「Regulusuuuuuuuuuuuuu!!」


 魔神将ウェパルが、最後の抵抗とばかりに全ての力を振り絞って漆黒の瘴気を放ち、ルーシーの攻撃に対してぶつける。

 この攻防が、この長い戦いの決着になるだろう。


「負ける……ものかあああああ!」


 魔神将が全身全霊をかけて放つ濃密な瘴気の波を、ルーシーは小さな身体で一人、押し返そうとする。

 少しでも気を緩めれば圧倒されそうな重圧の中、必死に踏ん張っているルーシーが持つ聖剣の柄を、俺とマナナンは彼女の背後から同時に握った。


「あの時はただ、友が犠牲になるのを見ているだけだった。だが今度こそ、必ず助けると誓った」


「頑張れルーシー、私達がついているぞ」


 そして、彼女の味方は俺達だけじゃない。


「皆、これが最後の攻撃だ! どうか我が騎士ルーシーに、皆の祈りを、力を集結させてくれ!」


 俺の呼びかけに、魔神将ウェパルとの戦いに参加している者達が全員、祈りを捧げる。俺はその祈りによって生まれた力を集めて、聖剣へと注ぎ込む。


 かつて、マナナンは俺に言った。神とは人々の願いによって生まれ、その祈りに応え、力に変える存在だと。ならば出来る筈だ。

 頑張れ、負けるな、魔神将を倒してくれ、誰一人として死ぬな、皆で生きて帰ろう……と、皆の祈りが俺の身体に集まって、力に変わる。


「もう一息だ! パワーをフラガラッハに!」


「「「「「いいですとも!!」」」」」


 そして遂に、ルーシーが魔神将ウェパルの瘴気に打ち勝って、黄金色の閃光がウェパルの身体を切り裂いた。


「Regulusuuuu……!」


 その原型を留めない、腐敗した肉塊が、切り裂かれた箇所から白い灰になり、徐々に消滅していく。

 魔神将ウェパルは、今度こそ本当に滅びを迎えるのだ。

 それを見届けた瞬間、一気に身体から力が抜けて、俺は意識を失ったのだった。

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