第162話 決戦、開幕

 グランディーノを出航してから数時間後。汚染された海を浄化し、襲ってくる異形の怪物達を退けながら、俺達は遂に魔神将ウェパルが居る海域へと辿り着いた。

 そこで俺達を待っていたのは、あまりにも異様でおぞましい姿の怪物だった。横幅は小さな島くらいのサイズで、奥行きも同様。高さは俺の超大型ガレオン船のメインマストよりも高い、海洋レイドボス『アイランド・タートル』を思わせる、規格外の大きさだ。そんな超大型の、無数の触手が生えた腐敗した肉塊としか形容できない代物が、月明かりに照らされて水面に浮かんでいた。

 見た目もさることながら、悪臭も酷い。奴が浮かんでいる周辺は俺の力も届かず、赤黒く濁って汚染された水域となっており、相乗効果で俺達の視覚と嗅覚に対して持続ダメージを与えてくる、存在自体が害悪極まりない化け物だ。


「各船、散開して砲撃! あれだけのサイズだ、ろくに狙わずとも当て放題だぞ! ただし絶対に足を止めず、奴に近付きすぎるな! 敵の遠距離攻撃に注意!」


 そう指示を出して、俺は船の甲板から飛び降りて、水面に降り立った。その直後、小人族の乗る快速巡洋戦艦『サン・レグルス』の甲板から、一人の小人族が俺の隣に降下してきた。その人物は勿論、小人族の王の後継者にして我が騎士、ルーシー=マーゼットである。


「あれが魔神将ウェパル……その成れの果て、ですか……」


「一族の宿敵を前にして、やる気になっているのは良いが、あまり気負い過ぎるなよ、ルーシー」


「はい、お任せください。アルティリア様は必ず、私がお護りいたします」


 聖剣フラガラッハを手に、ルーシーが魔神将ウェパルをまっすぐに見据える。それに反応したのか、ウェパルの注意が俺達に向いたようだ。


「Regulusuuuuuuuuuuuuu!!!」


 巨大な腐敗肉塊が全身を震わせながら、地獄の底から響いてくるかのような低い声で叫び声を上げた。あのような姿になっても……いや、ああなったからこそ、自分をそのような目に遭わせた者の事だけは覚えているのだろうか。ウェパルはレグルスの剣、フラガラッハを持つルーシーに向かって、無数の触手を鞭のように叩きつけて攻撃を仕掛けてきた。


「『プロテクトオーラ』! 『セイクリッドシールド』!」


 ルーシーはそれに対して、全身に闘気を纏って守りを固め、光属性を付与した盾を前面に構えて攻撃を受け止めた。そして、盾で弾き返した触手を聖剣で斬り飛ばす。


「ふむ、あれを切断したところで、本体にダメージは無いか」


 触手は本体とは別のモンスター扱いになっているようで、何本か斬り飛ばしたところでまだまだ沢山生えており、いちいち倒してもキリがなさそうだ。


「ですが、聖剣のおかげか再生は出来ていないようです。片っ端から斬ってしまえば、攻撃の頻度も減るかもしれません」


「そうだな。ならば守りを優先しつつ、可能なら斬っておいてくれ。私は本体を攻撃しよう。そこでルーシー、お前に頼みがある」


 俺はそう言いつつ、道具袋からとあるアイテムを取り出した。


「何なりとお命じ下さい」


「私を護ってくれ。私はこれから攻撃に専念するので、無防備な状態になる。あの触手の攻撃を一発でも受ければ、それだけで倒れかねない危険な状態だ。……本当ならこんなリスクのある策は取りたくないんだが、相手が相手なので、勝ちを拾う為にはそうせざるを得ない」


「わかりました。ならばその間、アルティリア様には指一本触れさせません」


「頼んだぞ」


 そして俺は意を決して、取り出したアイテムを装備した。

 そのアイテムの名は、『青き叡知の冠サークレット・オブ・ウィズダム・ブルー』。頭に装備する防具であり、深海の三叉槍トライデント・オブ・アビス水精霊王アクアロードの羽衣に続く、俺が持っている3つ目の神器アーティファクトだ。

 その名の通り、額の部分に蒼い大粒の宝石……『大洋の結晶』が嵌められている冠であり、水精霊ウンディーネ達の親玉である、水の大精霊『叡知の青ウィズダム・ブルー』から授けられたものだ。

 大精霊自らが作り出した神器なので、凄まじい効果を持ってはいるのだが……俺がこいつをこの世界に来てから、一度も使ってこなかった事から分かる通り、このアイテムにはメリットと同時に、とんでもないデメリットが存在しているハイリスク・ハイリターンな代物なのだ。その効果はと言うと、


 ➀装備者の物理攻撃力を0にして、減少した数値を魔法攻撃力に加える

 ②装備者の物理防御力を0にして、減少した数値を魔法防御力に加える

 ③装備者の物理耐性を0%にして、減少した数値を魔法耐性に加える

 ④装備者の移動速度を半分にして、減少した数値を詠唱速度に加える

 ⑤HPとスタミナの自然回復が停止し、MPの自然回復速度が大きく上がる


 ……という、とてつもなく極端なものだ。これを装備した瞬間、俺は接近戦では初心者以下のクソ雑魚に成り下がる。

 しかもこの装備、純粋な魔法使いが装備したところで元々持ってる攻撃力や防御力が低い為、大して強化されないというのが実にクソである。ゆえに使いこなせるのは俺のような魔法戦士タイプのキャラクターだけなのだが、それにしたって普段と戦闘スタイルをガラッと変える必要がある上に、習得している接近戦用の技能は全て使い物にならなくなる為、普段使いするにはあまりにもデメリットが大きすぎる。

 なので、この神器はLAOに存在する神器の中でもトップクラスの外れ扱いされており、作った事のある人間は俺を含めて、片手で数えられるくらいではなかろうか。


 だが、この神器は特定条件下で俺が装備した時のみ、凄まじい性能を発揮する。

 特筆すべきは④の能力、移動速度の半分を詠唱速度に加えるというものだ。

 これを、水泳スキル4000オーバー、時速200キロを超える速度で水中を移動できる俺が、水上や水中で装備した場合……詠唱速度が限界を超えて跳ね上がり、あらゆる魔法を無詠唱で行使可能になる。


「ダイヤモンドダスト! コールドディザスター! アイスコメット! グレイシャルウェーブ! アクアストリーム! コキュートス! ヘルブリザード!」


 いつもは消費MPや詠唱速度の関係であまり使わない上級・最上級魔法だって、今だけは無詠唱で使いたい放題だ。壁役タンクのルーシーが俺を護ってくれると信じて、全力全開で最大火力を発揮して、魔神将ウェパルに攻撃を仕掛ける。

 それと時を同じくして、ウェパルを包囲する船から照明弾が上がり、続いて艦砲による一斉砲撃が、ウェパルを襲ったのだった。

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