第161話 なかなかの成長ぶりだ※

 グランディーノ港を出航した船団は、北へと舵を取った。俺の船を旗艦に、20を超える数の大型船舶がズラリと並んだ大船団を見ると、所属していたギルド『OceanRoad』の事を思い出す。所属メンバー全員が海洋民のギルドでは、よくこうやって皆で自慢の愛船に乗って航海をしたものだ。

 だが、そんな楽しい思い出とは逆に、今の状況は全く面白くない。なんてったって、ひっきりなしに襲ってくる異形の怪物共を、船の大砲や甲板からの射撃で撃破しながらの強行軍だからだ。

 俺は操舵を水精霊に任せ、甲板上でウェパルが放つ瘴気によって汚染された海を浄化しながら指揮を執っている。本当なら自分で槍を振り回し、魔法を放って暴れたいところではあるが、体力や魔力を温存する為に、戦闘は信者達に任せている状態だ。


 時刻はもう間もなく夜を迎えようとしており、夕陽が完全に西の水平線へと沈もうとしている。

 今日は激動の一日だった。朝から王宮に出向き、そこから襲撃してきた魔神将ビフロンスの軍勢と数時間ぶっ通しで戦い、グランディーノに戻ってきた後は街を襲ってきた魔物を蹴散らして、海を浄化した後に急いで出航して今に至る。そして本番はまだこれからという、かつてないハードスケジュールだ。休憩を入れたくても、ウェパルのせいで海がどんどん汚染されているせいで時間を置くわけにもいかない。

 おかげで俺のコンディションはだいぶ悪いが、信者達がそんな俺を助けようと死に物狂いで戦ってくれているので、ここで俺が泣き言を言うわけにもいかない。


「くそっ、全部終わったら一か月くらい有給を取るぞ。高級レストランやカジノで豪遊するんだ。暖かくなってきたしアレックスとニーナを連れて、キャンプに行くのもいいな」


 そんなぼやきを口にしながら船の進行方向へと目を向けると、俺の目が他の魔物とは毛色の違う奴等を捉えた。どうやら向こうも俺が気付いた事を察したようで、高速でこちらに接近してくる。

 どっかで見た貧乳だと思ったら、その相手は王宮で戦った人魚のユニークボス個体、紺碧の女王だった。氷に閉じ込めてやった筈だが、どうやら脱出して先回りして来たようだ。その背後には、彼女と同じ人魚タイプの魔物を従えている。

 彼女は俺の船の近くまでやって来て、水上で優雅に一礼した。


「またお会いしましたわね」


「何をしに来た……とは聞くまでもないか。しかし生憎だが私は今、あまり機嫌が良くないんだ。どうしてもやると言うなら、次は氷漬けだけでは済まさんぞ?」


「おお怖い。わたくしとしても気は進まないのですけれど、一応は主の命令ですので、ここで足止めをさせていただきますわ」


「残念だが先を急いでるんだ。押し通らせて貰うぞ」


 この女は中々の強敵だ。この船に乗っている船員や冒険者達では止められないだろう。ここは俺がやるしかなさそうだ、と槍を構えようとした時だった。


「待て! 貴様の相手は我々だ!」


 高速で接近してきた船の甲板から飛び降りながら、紺碧の女王に攻撃を仕掛けた男がそう叫んだ。

 銀髪の、海上警備隊の制式鎧を着て十文字槍を持った青年、クロード=ミュラーだった。彼の十文字槍は、紺碧の女王が持つ細身の槍に受け止められていた。

 攻撃を押し返され、着水するクロードの身体は水に沈む事なく、彼は波打つ水の上に、二本の足でしっかりと立っている。水上を歩く為の『海渡り』の技能は、完璧にものにしているようだ。


「何ですの? いきなり横から現れて、無粋な男ですこと」


「黙れ! アルティリア様の邪魔はさせんぞ、海を汚す邪悪な魔物め!」


 クロードが繰り出した連続突きを、紺碧の女王が槍の穂先を使って、最低限の動作で次々に逸らしていく。クロードの槍の腕前は一流と呼んで差し支えないものだが、それを軽々と受け流す紺碧の女王もまた、大した腕の持ち主だ。乳は無いが。


「クロード! 一人で先走ってはだめよ!」


「うむ、その通りだ。まずは冷静になれ。あれはお前一人で勝てる相手ではないぞ」


 海上警備隊の副長グレイグと、その娘のアイリスがクロードに追いつき、彼の隣に立つ。アイリスは刺突細剣レイピア、グレイグは巨大な斧槍ハルバードを手にしている。親子だけあって二人とも鮮やかな赤い髪の持ち主だ。しかし筋肉モリモリ髭親父のグレイグと違って、アイリスのほうは推定Fカップの巨乳美人だ。

 ……いや待て、どうやらしばらく見ない間に育ったようで、改めて俺のエルフアイで彼女の胸部装甲を測定してみると、約95センチのGカップという測定結果が出た。

 くっ、俺としたことが間近で観察してみるまで気が付かなかったとは一生の不覚。まだまだ精進が足りないようだ。


 それはさておき、グレイグは勿論、その娘のアイリスも中々の腕利きだ。彼らと共に戦い、海上警備隊の精鋭達の援護があれば、クロードにも勝機は十分にあるだろう、と判断する。


「よし。ではクロード、そして海上警備隊の諸君。人魚共の相手を任せる。必ずしも勝利する必要は無い。誰一人欠ける事なく、生きて帰還する事を第一に考えよ」


「はっ! アルティリア様の仰せのままに!」


 俺は彼らに紺碧の女王と、その配下の人魚達と戦うように指示して、他の船に進軍命令を出した。

 人魚達を無視して進む船団への、彼女らの追撃は無い。

 まあ……それも当然だろう。紺碧の女王はリーダーだけあってポーカーフェイスも得意なようで分かりにくかったが、配下の人魚達はあからさまに士気が低く、やる気が無さそうだったからな。海に棲む彼女らにとっても、ウェパルが行なった海に対する広範囲汚染は赦し難い行為だったのではなかろうか。

 しかし創造主にして上位存在である魔神将には逆らえない為、こうして渋々俺達を足止めしに来たんだろうが、最初からやる気が無いので素通ししても仕方がないという言い訳さえ用意できれば、簡単に通してくれる。

 あくまで俺の推測ではないが、概ね間違ってはいないだろう。その証拠に人魚達、すぐ近くを通る船に対して敵意も攻撃しようとする意志も全く感じられない。だからこそ俺も、勝利よりもあくまで生還を優先するように指示したのだ。


 ともあれ、これで障害は無くなった。後はウェパルのもとに辿り着き、撃破するのみだ。

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