第152話 父を超える時※

「嘘だッ! そうだというなら何故、死んだ筈の父上が魔神将の配下なんぞになっていると言うんだ!」


 自分こそが亡き父、ジョシュア=ランチェスターだと名乗る首無し剣士に、ロイドが激昂する。


「決まっているだろう。復讐だよロイド。私は私を貶め、殺したこの国に対して復讐をする為に蘇ったのだよ」


「復讐……」


「そうだ。私は二十年前、私の栄達を妬んだ者達の奸計によって国家反逆の罪を着せられ、斬首刑に処せられた。ギロチンの刃が私の首を断ち切り、私は死を迎えた……その筈であった」


 そう告げる男の頭部が胴体から切り離されているのは、或いはその死因のせいなのか。


「死の瞬間に私の心を支配したものは、私を裏切り、陥れた者達への怒り。そしてこの国に対する憎しみだけだった。そんな私に目をつけ、蘇らせてくれたのが、魔神将ビフロンス様だった。ゆえに私は決めた。この王都に住む全ての者を、ビフロンス様がこの世界に顕現する為の生贄として捧げようと」


 恐るべき企みを、首無し騎士……ジョシュアが告げる。


「そうはさせない。お前はここで滅する」


 フェイトが処刑鎌を手に、ジョシュアにとどめを刺そうと足を踏み出そうとする。だがその前に、ロイドがそれを制した。


「お待ちを、フェイト殿。どうか、この場は私に譲っていただきたい」


「……良いのか。父親なのだろう?」


「父親だからこそ、私が止めねばならないのです」


 その言葉に、フェイトはロイドの心にある深い悲しみと、それ以上に強い覚悟を感じ取り……一歩、後ろに下がった。


「愚問だった……許してくれ。武運を」


「感謝いたします、フェイト殿」


 ロイドが更に一歩、前へと進み、ジョシュアと向き合った。


「やはり……私の正体を知って尚、立ち向かうか。せめて何も知らないまま死なせてやりたかったのだがな」


「父上……。もう止めましょう。私も父上を陥れた者達は許せないし、俺も貴方のように冤罪によって軍と王都を追われた時は、人を憎んだ事もあった。それでも、罪の無い普通の人々までをも復讐の対象にするなど、あってはならない」


「ロイドよ、お前は何も知らぬからそう言えるのだ。あの日……私が処刑された日に、刑場に集まった民衆は、私にどのような言葉を投げかけたと思う? かつて私が助けた市民や、私を慕っていた部下達もが、私を口汚く罵り、石を投げた。与えられた情報を疑う事もなく、鵜呑みにしてな。それを目にした時、私は気付いたのだ。人とはこれほどまでに愚かしく、醜い存在なのだと。お前の言う、罪の無い普通の人々とやらこそが、無自覚に人を貶め傷つける、この世で最も度し難い存在だ。そんな者達に生きる価値など無い」


「それは違う! 貴方の死を悲しんでいた者は確かに居たんだ! それに、確かに人は道を間違えたり、互いに傷付けあったりもする! それでも、過ちを正し、手を取り合ってより良い方向へと進んでいく事だって出来る筈だ! 俺はアルティリア様と出会って、それを教えられた! 誰だって、何度だってやり直せるのだと!」


「私もかつては、そのように思っていた……いや、或いは私が間違っていて、お前の言う事が正しいのかもしれぬ。だが私はもう、人を信じる事が出来ないのだ」


 真っ直ぐな視線と言葉を向けてくる息子を眩しそうに見て、一瞬だけかつての彼を思わせる、穏やかで優しげな表情を見せるジョシュアだったが……


「もはや言葉で我が憤怒、我が憎悪を止める事は出来ん! お前が己の信念を貫こうというのなら、その剣で私を止めてみるがいい!」


 再び鬼の貌を浮かべ、ジョシュアがサーベルを構える。最早言葉は出尽くした。ここから先は剣で語れと促す父に対し、ロイドは頷き、刀を抜いた。


「いいだろう。言葉を交わしても止められないと言うならば、俺が貴方を止めてみせる……!」


 明鏡止水。一切の雑念を捨て去った、澄み切った心で静かなる闘気を纏って、ロイドは次の一撃に全神経を集中させる。

 それに対し、ジョシュアは荒れ狂う嵐のような、凶暴な鬼気を漲らせる。


「ゆくぞ……秘剣・百鬼哭ッ!」


 再び放たれる、戦鬼と呼ばれた男の奥義。闇属性の闘気と共に、幾重にも連なった黒き衝撃波が、ロイドに襲い掛かる。

 それを目の前にしても、ロイドの心は凪いでいた。恐怖も、悲しみも、怒りも、迷いも、全てを振り切って。ただ次に放つ一撃だけに集中し、剣に全てを委ねる。明鏡止水を超えた無念無想の境地に、この土壇場でロイドは足を踏み入れた。


「無想海破斬!」


 どこまでも澄み切った水の刃が、一直線に放たれた。両者の奥義がぶつかり合い、中間地点で拮抗する。


「くっ……! これでも、まだ届かないのか……!」


 その攻防は最初は互角だったが、徐々にロイドが押され始める。本人の力量、そして技の熟練度共に、ジョシュアのほうがロイドよりも一歩先を行く。ゆえにその結果は必然であった。


「所詮は付け焼き刃よ! お前の力、お前の信念など、これくらいで折れる程度のものに過ぎんというのか!」


 ジョシュアが言葉でロイドを責めたて、同時に追加で放たれる衝撃波がロイドの無想海破斬を押し返し、追い詰めていく。

 通路全体をズタズタに傷つけ、王宮全体を軋ませる程の衝撃波が、ロイドの身体を傷つけ、その体力と生命力を容赦なく奪う。

 足が震え、たまらず膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えるロイドに向かって、ジョシュアは更に言葉を重ねる。


「どうした、もう諦めたか! そんな無様な恰好で、よくもこの私を止めようなどと思い上がったものだ!」


「諦める、だと……! 絶対に諦めるものか……! 諦めたのは……人を信じる事を諦め、人である事すら諦めたのは、貴方のほうだ……!」


 ロイドが限界を超えて力を振り絞り、押し返す。ジョシュアが目を見開く。


「アルティリア様は、たった一人で魔神将に絶望的な戦いを挑んだ時も諦めなかった! 俺の仲間達や王都の民も、誰一人として諦める事なく、生きる為に戦っている! だから俺だって、貴方に負けるわけにはいかない! 今ここで、貴方を超えてみせる!」


 更に押し返す。信奉する女神や、これまで共に戦ってきた仲間達の手に背中を押される感覚を覚えながら、ロイドは渾身の力で、最後の一押しを放った。

 その瞬間、彼の視線の先で……ジョシュアが憑き物が落ちたような微笑を浮かべた。


「ああ……それでいい。それでこそ私の……自慢の息子だ」


 そう呟いて脱力したジョシュアに、ロイドの奥義が直撃する。


「ち……父上ええええええっ!!」


 邪悪な力によって蘇生させられた体が消滅し、後にはジョシュアの頭部と、彼が手にしていたサーベルだけが残っていた。駆け寄ったロイドが、ジョシュアの頭部を抱え上げる。


「父上、正気に戻られたのですか……!」


「ふっ……私は最初から正気だったとも……。今でも人間に対する怒りや憎しみは、全て消えたわけではない……。だがな……逞しく成長した、私を超えた今のお前の姿を見て、思ってしまったのだ……。人間も、捨てたものではないのかもしれんと……な……」


「父上……ッ!」


「あの日、死を迎えた時……私の中には怒りと憎しみ、後悔しか無かった……。だが今は……悪くない気分だ……。私を超えるほどに、立派に成長した息子の胸の中で……逝けるのだから……」


 そう呟いて、瞳を閉じるジョシュア。偉大な父の二度目の死を、ロイドは彼の頭を抱きしめ、涙を流しながら見送る。

 しかしその時、父子の別れに水を差す、無粋な輩がその場に割り込んできた。


「実に感動的だな。しかしそれが赦されると思うたか、ジョシュアよ」


 地獄の底から響いてくるように低く、聞いているだけで吐き気を催し、背筋が凍るような恐ろしい声。それを発したのは、虚空に浮かぶ巨大な骸骨の頭部であった。


「貴様は……! 貴様が父上を蘇らせた魔神将か!」


「その通りだ、ジョシュアの息子よ。我こそが魔神将ビフロンスなり」


 現れたのは、人知を超えた死霊術の使い手である、魔神将ビフロンス。ただし本体ではなく、あくまで化身アバターでの現界だ。


「我と契約し、魂を売り渡した貴様に人間らしい最期など、赦されると思うたか。敗北して計画に失敗した挙げ句、人間ごときに絆された貴様には、ほとほと失望したぞ。ゆえに貴様には死すら赦さん。貴様の魂を回収し、永劫の苦痛を味わわせてやろう」


 骸骨の手が現れ、ジョシュアへと伸びる。


「やめろおおおおおッ!」


 ロイドが叫びを上げ、それを止めようとする。しかし彼の体力は先程の激闘によって、とっくに限界を超えており、それを阻む力は最早残っていない。万事休すかと思われたが……突然、その手が見えない障壁に弾かれる。


「させん。死は冥王の領域であり、死者の魂は須らく冥王の物。誰であろうと、それを侵す事は赦されない」


 そう告げて、ビフロンスを阻んだのは冥戒騎士アビスナイトフェイトだった。その隣には、アステリオスとオルフェウスも臨戦態勢で控えている。


「冥戒騎士か……! おのれ……ッ!」


「失せろ魔神将! この者の魂は冥戒騎士の名に於いて、冥王プルート陛下の下に送らせて貰う!」


 フェイトが手にした鎌の先端を、ロイドに抱えられたジョシュアへと向ける。すると、鎌の刃部分が優しい光を放ち、ジョシュアの頭部がその光に包まれた。


「そうか、私は人として逝けるのか……感謝します、冥王の騎士よ……」


「それが私の使命ゆえ、礼には及ばない。それに死んだからといって安心は出来んぞ。冥界に行ったら冥王様が直々に裁きを下されるから、覚悟しておく事だ」


「ふっ……それは恐ろしい……。ではロイド、さらばだ……。最期にお前の成長した姿を見る事ができて、悔いはない……」


 そう言い遺して、ジョシュアの姿が消え去った。彼の魂はフェイトによって冥界へと送られ、この後は冥王の審判を受ける事になる。


「フェイト殿……父の魂の尊厳を守っていただき、何と礼を申せば良いか……!」


「先にも言ったが、それが私の仕事だ。それよりも……」


 フェイトがビフロンス・アバターに向かって、処刑鎌と鋭い視線を向ける。


「目当てのジョシュアの魂にはもう手出しが出来んが、さあどうする。本体ではない化身の状態で我々に勝てるかどうか、試してみるか」


「おのれ、冥王の犬め……! まあ良い、ここは引き下がろう。これで終わったと思うなよ……。我が計画の駒は、ジョシュアだけではない……! 我が復活は最早秒読みの段階よ……! 復活が成れば、貴様らは真っ先にひねり潰してくれるわ!」


 負け惜しみを言いながら、ビフロンス・アバターは退散した。それを見送った直後に、ロイドが力尽きてその場に倒れた。


「限界か……。オルフェウス、治療を頼む。俺はアルティリア様のもとに行かねばならない。アステリオスは敵の掃討をしてくれ」


 仲間の二人に指示を出して、フェイトは城を出てアルティリアの処に向かった。


 こうして敵の幹部は倒れ、海神騎士団の活躍によって城内の敵の大部分は倒され、また一方、城下町ではアルティリアと、彼女に率いられた守備隊や住人達による奮戦によって、魔物の大軍による襲撃を防ぎ、逆に殲滅しつつあった。

 人間達の勝利による、戦いの決着は近い。しかしその裏では、恐るべき陰謀が繰り広げられているのだった。



 <ミッションリザルト:ロイド=アストレア>


 ・メインクラス、クラスチェンジ。

  神殿騎士テンプルナイトLv20→聖騎士パラディンLv1


 ・サブクラス、クラスチェンジ。

  侍Lv15→剣鬼Lv1

  騎士団長ナイトリーダーLv15→騎士王ナイトロードLv1


 ・新規技能習得。

  『無念無想』『不撓不屈』


 ・新規戦技習得。

  『無想海破斬』『鬼鳴剣』『秘剣・百鬼哭(未完成)』

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